|
『一期一会』
昔の話しです。
小学5年の時でした。枚方市駅から次の御殿山駅までの間、我ら悪童達は車両の一角に陣取っていました。と、急行から乗りかえてきた米人が入ってきました。彼は席に着くと僕らにほほえみかけてきました。人の良さそうな白人中年おじさんでした。平服ですが軍人だろうなと思いました。額が日焼けしていました。ちょうど朝鮮半島での戦争がたけなわで休暇に日本に来る兵隊が多かったのです。後で知るのですが、朝鮮での戦闘は地獄で、休暇が日本と決まると兵達は大喜びだったそうです。 「ババ、俺達には韓国人と日本人は同じ顔に見えるんだ。しかし、全く違う。朝鮮半島が地獄なら日本は天国だった。三沢に行っても横須賀に行っても笑顔があった。日本人の顔は仏陀のよう見えた」... これはゴルフ仲間のビルがよく漏らした言葉です。 その米人の笑顔に魅きつけられた僕ら悪童はそろそろと接近します。
「このオッチャン兵隊やろか」「ちやうやろ。色白いは」 とワイワイ。そのうちぶら下げているカメラに気がつきました。「Ar(l)ugush」とカメラ名がありました。「アルガッシュ」と声に出してみました。すると米人の目が驚きに変わりました。矢継ぎ早に英語が飛び出します。きっと「英語ができるのか」と聞いているのでしょう。さっぱり分かりません。 と、隣に座る中年の日本人が米人になにやら話しかけました。普段、市役所のボンクラと噂されてるオッチャンでした。お前がなにさらす、と思いました。 「おいみんな。人を指さすなよ。失礼やぞ。それからお前、どこで英語を習ったと聞いとる。中学生か」 「小学5年や。英語、習ってへん。ローマ字読みや」 とまたオッチャンがなにやらぼそぼそ。 「この人な。アメリカのミズリー州の人やねんて。国に君らと同じくらいの子供を残してきてはる。思い出してはってん。何か聞きたいことあるか」 そう聞かれてみんな黙りました。アメリカなんか遠い遠い国のこと。それよりガムかチョコレートをくれんかなと。それまで国道をジープで行く米兵にくれと言ったことはなかったのです。子供でも日本人のプライドが物乞いを許さないのです。ところがこの時だけは甘えて見たい気持ちになっていました。不思議です。 しかし、サヨウナラです。御殿山は一駅です。一期一会、米人は去りました。でも、私の脳裏に残ったのは米人ではなく市役所のオッチャンでした。その後、会うこともありませんでしたが、彼との十分間は、私に予断と偏見を戒め、英語への強烈なパンチを食らわせていたのです。後に悪童仲間は中学へ参りますが、よく勉強しました。特に英語はみんな得意科目にしていきました。私を除いて。
下の写真は米兵のチョコレートに群がる子供達。今も心が痛みます。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2015年08月13日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




