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昨日バレンタインカキコをさせていただいた方から、返信カキコをいただき、嬉しいです。
皆様の今後のさらなるご活躍をお祈りしております。ありがとうございました。
今日はレンタルDVDで『在日・戦後在日五十年史・人物篇』を観ました。
製作されたのは10年ほど前のようですが(オウムが出てくる)、GEOで準新作だったので、最近リリースされたんでしょうね。ドキュメンタリーです。
『きみたちと朝鮮』みたいな恨みがましいのだったらやだなあ、と思って1週間ほど借りっぱなしで放っておいたんですが、思い切って、観てみました。
企画・製作は「在日韓国青年団商工人連合会」、監督は呉徳洙。
在日1世が一人、2世が二人、3世が三人出てきて、その人たちへのインタビューが主になっています。
おそるおそる観たんですが、反日感情はほぼありませんでした。強制労働に借り出されて事故で亡くなった朝鮮人のために日本人の造った慰霊碑があるとか、出てくる日本人もいい人です。
あからさまに友好的ではないけれど、過去は過去として、自分たちは自分たちとして生きていこう、という意思が感じ取れました。
これは、一つには、作品全体の印象もあると思う。
日本人ってだいたい、あまり激情的な表現が好きではないですよね。「平常心」なんて言葉があるくらいで、むしろ落ち着いていることを美徳としています。激情的な表現をするときには、日本人だとどこかに遠慮があるものです。
ところが朝鮮の方たちっていうのは、反対に激情が通常みたいなんです。たんなる印象ですけど。
反日なら反日でいいけど、もう少しおだやかに話せないの?って思っちゃう。
外交の席で席を蹴って出て行っちゃったりすると、日本人なら即座に、こいつは無教養だって思う。
北朝鮮の激烈なプロパガンダなんかみると、こりゃギャグじゃないのかと笑っちゃう。
そういうのが、日本人の反射的な感覚だと思うんだけど、
この映画は、そういう意味で印象が日本的なんです。
それは、出てくる人も在日1世から3世となるにつれてだんだんクールになっていくせいもありますが、
作っている人がそもそもそういう視点なんだと思う。
奥のほうに、何となく残る恨みの痕跡みたいなものが全くないわけではないけど、
全体に、つとめて「平常心」を保っています。
逆に、日本人に朝鮮人のマネをして激情的になってみろっていったって、できませんからねえ。自然にそうなっているのなら、これは在日に、かなりの日本人化がすすんでいるのではないでしょうか。
大好きなボリス・ヴィアンの『赤い草』に、こんなセリフがあります。
「男の人は「女は」って考えるから何だかわかんなくなっちゃうのよ。「この女は」「あの女は」って考えればいいのに」
在日もひとくくりに「在日」じゃないということですね。
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在日もいい意味での同化が進んでいますね。韓国映画などを見ると男女とも激情タイプの民族、ひどく悲しいと”哀号”と大声で泣くし沈殿した悲しみ笑い怒りは日本人にとてもよく似ています。ソウルに短い期間旅をして大陸的な国民性は極めて中国人に似ていると感じました。在日が日本で大陸的感性を抑えるのも、日本人が穏やかさを求めるからでしょう。南米という別の大陸で育った私には「大陸人の感性」は匂いで分かります。
2006/2/16(木) 午前 7:49
コメントありがとうございます。南米からですか?ブエノスノーチェス、セニョール。日本へようこそ。uturigiさんのブログでlamerfonteneさんのお名前はかねがね拝見しておりました。大陸育ちの方は中国などに行くと同じものを感じてほっとする、とは聞いたことがあります。日本は狭いですからね。私も広いところに行ってみたいです。(居)
2006/2/16(木) 午後 9:53