居 ミカの田中模索

なかなかお返事書けなくてごめんなさい。ちょっとずつお伺いいたします。

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U2は、来るんだろうか?

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人間の声には、距離感というものがある。
10メートル先の人と話しているときと、顔をつき合わせて話しているときでは、
声の出し方や発音の仕方が違ってくる。
ラップの人の歌を聴いていると、この人たちは狭い所で暮らしているんだろうな、と思うし、
ライヴ盤なんかでも、そこがどのくらいの広さの会場か、ヴォーカルの声で、何となく分る。

「U2」はアイルランド出身のバンドだが、
私は最初にここのヴォーカルのボノの歌を聴いたとき、
アイルランドという所は、さぞや広くて、人口密度の低いところであろうと思ったものだ。
何だか、山の中腹から、フモトにいる人に向かって呼びかけるような感じだったんである。
鐘のように遠くまで響くギターとあいまって、のどかな緑濃い所を想像した。

ボノは、声の良さと歌のうまさでは、業界屈指の人である。
先達たるスーパースター、デヴィッド・ボウイも、わがミック・ジャガーも、
他の点ではともかく、シンガーとしては、この人に遠く及ばない。
比べちゃ悪いが、もう、楽器としての素質が違う。
その上、とても清らかで、上品なのだから、これで世界は貰ったも同然なんである。

例えば「バットマン・フォーエヴァー」という映画のテーマソング。
この時はボノが色キチガイのオカマになりきって、別人のようにエグく歌っているのだけど、
ボノはあまりにもウマイので、そんな曲でも、全く下品にならない。
ミックのソロアルバムの中に、ボノとミックがデュエットしている夢のような曲があるのだが、
ボノのパートが始まった瞬間、眼前にもう、悠久の大地がはるばると広がってしまうんである。

なんで急に「U2」かというと、実は私は知らなかったのだが、
今年の四月にあるはずだった「U2」の来日公演、キャンセルされていたんですね。
コンサートの公演日が近かったんで、私は、迷ったあげくストーンズを選んだんだけど、
じゃあ、また来る可能性あるのだろうか?
えー、そんなら私も行きたい!と、ひそかにもくろんでいるのであった。

花菖蒲の季節です

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県立図書館の公園に、菖蒲が咲きました。
幼稚園の遠足とか、老人ホームのおばあちゃんたちもきています。
ジグザグの橋も作って、緒方光琳状態。
ああ、お昼寝がしたい。
今夜は、蛍の群生を見に行きました。
写真を載せたいけど、私のデジカメでは、撮れませんでした…ちぇっ。
お見せできなくて、残念です。夢のようだよ。

「すべての思想は危険である」という話であります。
『続・ものぐさ精神分析』より「集団と狂気」(岸田 秀、中公文庫、1982年)
ごめんね、また受け売りで。

他では決して通用しそうにないことが、常識とか慣例として通用している。
どうしてそんな馬鹿げた、ひどい、とんでもないことがまかり通っているのだろう、
馬鹿ばかりそろっているわけでもあるまいに、押しとどめる人は居なかったのだろうかと、
はたの者には不思議だが、集団の中にいる者にはわからない。

というと、北朝鮮の話かと思うが、そうではない。
このほかにも、スターリンとか、ヒトラーなど、
「偉大な指導者」のいた時期は、その集団が最も破滅的な行動をしているときだった。
なぜかというと、

人間は動物的な本能によってのみ生きているわけではなく、
集団をまとめるには、何かの思想(民主主義とか、共産主義とか)が必要である。
しかし、思想というのは人工的なものだから、どうしても現実から、ずれてしまう。
そのため、人間は思想的になればなるほど、どんどん現実から外れてゆく。
そして、ある思想集団の中でもっとも思想的な人が指導者になるとすると、
最も現実からずれた人が、常に指導者になり、
最も現実的な人は、指導者に選ばれるどころか、逆に排除されてしまうことになる。

つまり、たまたま不運にも悪い指導者を持ったということではなく、
もっとも現実からずれた者だけが「偉大な指導者」になり得るのだ。
そして集団は、自分たちもその文化にとらわれているものだから、
内部で押しとどめようとする人を、自分たちからすすんで排斥する。

なにも北朝鮮だけに、限った話ではない。
ひとつの思想にこだわっていると、どうしてもそうなっちゃうのである。
かといって、思想無しで済ますというわけにはいかないけれども、
このことを踏まえたうえでなら、
思想のある人は反対意見にも耳を傾けないと、自分が危険なだけだと思うんだけども、どうでしょうか。

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お散歩をしていたら、
四葉のクローバーを見つけました。
かえちゃんにあげる。

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ウチのお母ちゃんが撮ってきた写真。

ゲートボールは平和なスポーツと、あなどってはいけない。
これは、なかなかエキサイティングなゲームなのである。

一番から5番まで(だったかな)の人は、順番にボールを打って、ゲートをくぐらせる。
その際、自分の進路にある他の人のボールは、蹴散らしてもよい。
こういうルールだから、まず、前の人がヘタだと、順番が回ってこないで、いらだつ。
次に、自分のボールを他の人に蹴散らされると、腹が立つ。

人々は時に、笑うよりむしろ、怒っているようなんである。
また、チームによっては、喧嘩別れでメンバーが居つかないところもある。
だって、何もそこまでして、ゲートボールやらなくてもいいじゃないの…
とうわけで、ウチのお母ちゃんは、グラウンドゴルフに転向したのだった。

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