居 ミカの田中模索

なかなかお返事書けなくてごめんなさい。ちょっとずつお伺いいたします。

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タカシさんからコメントを頂き、なるほど、と思いましたので、日本の女性をほめるシリーズをつくることにしました。
といっても、私のブログって、コメント、ゲストブック、全員男性です。皆さんは、若くて美しい女性がお好きかも知れません。好みによっては、メイドさんとか。
たとえブサイクでも心が美しければ…って言ったって、キレイな人はやっぱりいいですよね。ま、気持はわかります。でも、そうじゃなくても、女性はいいもんですよ。
で、最初に、大好きなローリング・ストーンズの歌をかかげたいと思います。
曲は『愚か者の涙』。大体こんな意味です。

 一晩中働いて、俺は家に帰った。
 家にはまだ小さい娘が居て、俺はその子を膝に乗せてぼんやりしてたんだ。
 そしたら、その子が俺にやさしく囁いた。
 「パパ、どうしたの?泣くなんておばかさんよ。どうしてなの?」

 俺には女が居て、その子は町の貧しい地域に住んでる。
 俺たちは愛し合った、とてもすてきだった。
 そしたら、その子が俺に言うんだよ。
 「何かあったのなら、みんな話してみて」

 だって、時には友達だって敵になることがある。
 それに、もっとさ、いろんなことがあるだろ?
 だから俺はね…

 女たちは言う。
 どうしたの?泣くなんておばかさんよ。どうしてなの?

作詩はミック・ジャガーだと思いますが、異人さんも、人情変わりませんね。キース・リチャーズには「君がいない部屋は、空っぽみたいなんだ」という歌もあります。
だいたい、ゲイの方々と、「流れ者にゃあ女はいらねえ!」と決意する方以外、ほとんどの男性は女がいないと生きていけないと思われます。というわけで、明日から、シリーズ開始です。

ウチの常務をほめる

今日は雨です。
ゆえに、昨日自分の車を洗ったお母ちゃんは、私の車でお出かけしてしています。
はは…私はお家で、ネットします。

今日は、ウチの常務をほめる。

常務は、社長の息子さんです。
一見やわそうですが、やり手です。ネット商売で何百万も稼いで、会社に軽トラックを買ってくれたこともあります。パチンコもうまくて、よく稼いでます。ドル箱を積み上げるのが、快感だそうです。
営業には自信があって、どこに行っても食べていけるような感じです。
私は、社長は理想を追う人で、常務は商売上手という感じがします。

社長と常務は、ときどきケンカします。
たいていは常務のほうが折れますが、見てるとどきどきします。
そういう時、他人なら会社を辞めちゃえばエンドなんですが、親子だとそうもいきません。
そこが常務のつらいところです。社長も息子だからといって、かばったりしない。
でも、社長は本当は、嬉しいんじゃないかなと思うんです。
世の中には、親の仕事に見向きもしない子供って、けっこう居るじゃないですか。
子供は子供の考えがあるから、って認めていたって、そういう父親には何か寂しさみたいなものがある。
息子が自分と同じ仕事をして跡を継いでくれるって、父親にとって、うれしいことですよね。
実際は、大企業でなきゃ、けっこうなさそうだけど。
中小企業の社長さんは本当に忙しいし、奥さんも一緒に働いているので、
「俺が物心ついたときは、もう家に親はおらんかった」と常務は言います。
子供って、そういうとき、忙しい親に意外と気を遣ってるんです。ほんとにやだったら、同じ仕事しようと思わないです。

常務がこの前買ってきてくれたオミヤゲのチョコ、おいしかったです。
ごちそうさま。また買ってきてね。

今日は『昭和精神史』(桶谷秀昭著、文春文庫、1996年)を読んでいます。
歴史とともに、文学者もたくさん出てくる。今、盧溝橋事件が終わったところまで読みました。

先日の石原莞爾『最終戦総論』で、中国と協調を望みながら戦争をしかけるなんてあるのか、と書きましたが、それは私の誤解だったみたい。
石原は、最初は中国人に政治能力がないと思っていたから強硬手段をとったけど、実際に中国に渡って中国人の賢さに接してのち、考えを改めて協調路線に変えた、ということだったんですね。
彼は中国に対してより以上の侵略はいけないと考えたため、新たに関東軍に赴任してきた東条英機と衝突して、陸軍をクビになった。石原は怒って日本に帰ってしまいます。けれど石原の後任の影佐禎昭だって、「このように諸外国から侵略されていれば、中国人が反発するのは当然のこと」と考えていました。中国に居た関東軍の人は、だいたいそうだったみたい。
でも、日本から来たばかりの人は、違った。日本は戦勝に酔っていたし、日露戦争で勝ち取った満州に進出することは、日本にとっては当然のことと思われていた。
続く不況でどん底生活になっていた人たちが日本にはたくさんいた。考えてみれば、明治維新からこっち、日本人はずっとウソみたいに貧乏だったんです。共産主義者が社会問題になるくらい多かったっていうことは、そうだよね。だって、あんなもの、金持ちの国じゃはやらないはずだもの。結局、共産主義は治安維持法で弾圧されちゃったけど、みんな、もうどうにもならなくて、なんとか道は無いのかと必死だった。
日本は満州を得たじゃないか、どうしてそこから利益を出してはいけないのか?
一方中国では、なぜ外国人と戦って追い出してしまわないのか?
そう思ったのは、政治家や軍人よりも、どうやら一般民衆の方だったらしい。

私は漠然と、戦争を起こしたのは政治家や軍人の暴走だったんじゃないか、と思っていたんです。
でも、そうじゃなかったみたい。むしろ、中国でも日本でも、上の人はいろいろ考えていい方向に進めようと思っていた。彼ら、頭がいいからね。
でも、中国民衆の反日感情や、日本民衆の進出欲求は、もうどうにも止められなかった。理論で感情は救えない。明日食べるものもなかったら、考える余裕なんかない。
満州国境で起こった盧溝橋事件は、結局、日本の中国進出を決定的なものにしたけど、このころだって石原は戦争に反対している。わかっているのは、国境でにらみ合っていた中国軍か日本軍かのどちらかが発砲したのがきっかけになって、いきなり戦争が始まったこと。そして、宣戦布告は当時もその後もとうとうなかった。つまり、なしくずしに戦争になってしまった。いかにカリスマ石原でも、この流れは、止められなかった。
こうなったのは「官」でなく「民」のせいだったのかと思うと、苦しい。
だって、軍人とか政治家なんて知らないけど、「民」なら私らのことだもん。

このあとは「南京大虐殺」に続くんです。あああ…
くすん。今日は、もう寝よう…

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