|
いやー、2008年の新年も明けましたね。寒波の影響で、寒い寒い。 みなさま、いかがおすごしでしょうか。 ウチら農家には、作物が日々生育する関係上、盆も正月も日曜も祭日もございません。 しかし、正月くらいはちょっと休もじゃないかということで、今日はお休みしています。やほー♪ だからきょうはブログ更新する余裕があるのよー。 とゆーわけで、最近読んで一番面白かった本。 ジャレド・ダイヤモンドの= 『銃・病原菌・鉄』 =(倉骨 彰訳、草思社、2000年)だ!!! (二番目は『日本の戦時下ジョーク集』(早坂 隆著、中公新書ラクレ、2007年)です) 内容をはしょると、こうであります。 そもそも人間は、狩猟採集生活を行い、食料を求めて各地を旅していた。 しかしそのうち、食物を自分で生産できることを発見し、農耕や牧畜が始まった。 田畑作ってりゃこんどは移動ができませんので、定住生活になっていきます。 ところで定住すると、今までは移動にじゃまだったいろんなものが持てるようになる。 子供だってたくさん作れるし、道具も、家だって建てられる。 そんで農耕だと狩猟採集よりも人数が少なくて食料が得られるので、人手に余裕が出る。 つまり人口が増え、人手が増え、いろんなモノの需要が増えるってわけです。 ここに、職人ができ、作った武器によって戦える職業軍人ができる。 食料を分配する役目の役人ができ、争いごとの審判者ができる。 これが複雑な社会のはじまり、つまり食糧生産は社会の基盤なんだ、お立会い。 とゆーことを前提で、つらつら愚考するは、現在の日本の不景気である。 わが日本では穀物自給率がすでに30%を切っているのだが、 こんなことは本来ならば、社会として有り得ない。 だいたいアナタ考えても御覧なさいな。 生きている以上止められっこないので、みんな三度三度のお食事いただいているわけでしょ? その3分の2の食料費が、日本国内でなく外国に、ついには厠に流れていくんですのよー。 さらに、消費税を上げるの上げないのという議論もかまびすしいようだが、 たとえ消費税アップ推進派の方々だって、 これが根本的な財政赤字の解決策になると思っていらっしゃるわけではありますまい。 国民の所得のうちの幾パーセントかが財源である以上、 その所得を上げんことにゃ、結局どうにもならんのじゃないかい。 都知事や都民の方々にはいろいろご意見もございましょうが、 皆様が召し上がる食糧の生産は、やはり地方でしかできないのでございます。 (今の農業労働賃金は非常に低いので、会社制度では採算が取れないかと存じます) 地方に人がいなくなれば、食糧自給はさらに落ち込みます。 加えてこの世界的な穀物不足、地球温暖化、この先食料がどうなるかわかりません。 てなわけで…
もうお風呂沸かす時間になってしまいました。 薪のお風呂なので、火を起こすのに時間がかかるのですわ。 みなさまのご多幸を心よりお祈り申し上げます。 |
日本
[ リスト | 詳細 ]
日本って、どんな国でしょう?
|
お久しぶりでございます。 こんなにも長ぁーい間にわたってご無沙汰しておりますのに、 ご訪問くださった方、眞にありがたくかたじけない。 こんな私で申し訳なく、感謝のしるしに、おずおずとバラを差し出す次第でございます。 ところで。 このごろは、夫の赤目さんに付き合って、私もテレビを観るようになりました。 ニュースによると、各地の学校で、いじめ自殺が増えているらしい。 そんで、先生が悪いとか教育委員会が悪いとかいろいろ言われているようだ。 私は学校には全くの部外者なので、ああせいこうせいとは言えんのだが、 私がいじめにあったときの、ささやかな対抗策を書いてみます。 私がいじめにあったのは、学校でではありません。 大人になってから、職場でのことでございます。 わたしは、A社という、人材派遣の会社から、とあるレストランに派遣されました。 すると、そこには先に、やはり人材派遣会社のB社から、4人の派遣社員が来ておりました。 それに対して、私はA社から、1人だけです。 賢明な皆様は既にお気づきでしょうが、こういう場合、えてしていじめが起こるものなんです。 つまり、B社の方々としては、もともとはここは自分たちの縄張りである。 そこに他社からの派遣員が増えれば、自分たちの仕事が減る。 そして仕事が減れば、必然的に収入が減ってしまう。 ですから、B社の方々としては、A社の派遣員(つまり私)を辞めさせたほうがいいんです。 なにせ生活がかかっておりますから、あちら様も真剣なのでございます。 ま、子供じゃありませんから、持ち物を隠すとか、そんなことはサスガにしません。 が、シカトとか、悪口とか、怒鳴るとか、仕事を回さないようにするとか、そういうことがございます。 大人は職場に友達を作りに来るわけじゃないので、シカトなんかはどうでもいいとしても、 仕事をさせないようにする、ということをされると、困るわけです。 だってそうなると、使えない奴として、店長にクビにされるかもしれんからです。 こっちも生活がかかってますので、こっちもこのままじゃ済ませられない。 ですが、こういう場合、いきなり店長に話すというのは、得策ではない。 B社の方々は仕事に慣れており、店長にとっては、いないと困る人たちです。 それに対して私は、まだそんなに役に立たないし、いなくても別に困らない。 ソレでなくても店長は、売り上げとか考えるのに忙しくて 店員の仲がいいかどうかなんてことまで、考えてるヒマはないんでございます。 話したとたん「じゃあ君、明日からもう来なくていいよ」と言われる可能性だってあります。 さらに困るのは、店長が「居さんがこんなことを言っていたが、真実であるか」と B社の方々に直接アタックしてしまう場合です。 なぜなら、そうなればさらに状況が悪化すること間違いなしであるからです。 ところが、こうすればきっと皆が仲良くなるはずと、本気で思ってる人も意外といるんだねえ。 だからまず、店長がどんな人かを観察し、ある程度仲良くなっておかねばなりません。 お話しするとしたら、それからがよいです。 さらに「いじめを見過ごすのも悪いこと」だそうですが、 世間様は、まあ、そんなに親切なもんじゃありません。 愚痴くらいは「可哀想に」って聞いてくれるかもしれませんが、 同じ職場の人がかばってくれるということは、まずありえません。 脱落すれば脱落したで「自分にはどうにもできないし、仕方がない」と思うくらいが、普通です。 そういうとき、人ができない特技を持っている、というのはいい手です。 たとえば、英語しか喋れないアメリカ人のお客さんが来たとします。 この場合、英語でオーダーが取れるということは、大きなアドバンテージで、一目おかれます。 客席でキレイにワインの栓抜きができる、とか、 ヤクザのお客さんに、いい接客ができるとか。 大きなチャンスは、店長が移動になったとき。 新しく来た店長というのは、常に、今までのやり方を「改革」したがるものです。 こういうとき、店長よりも前から職場に慣れている人は、むしろジャマにされます。 それで古い派遣社員がクビになることも、まれではない。 私の場合は、これでB社の社員が3人辞めさせられ、 かわりにA社の人が入って、力関係は完全に逆転しました。 大人の世界にだっていじめがあるんですから、子供がしても、不思議ではない。
しかし子供は大人と違って歯止めが利かないから、エスカレートしちゃうんだろうか。 まして子供には、先生がどんな人か観察する、なんて芸当はできっこないから、 そこらへんは、なんとか親がカバーしてやるしかないんじゃないでしょうかねえ。 先生にお歳暮でもして、仲良くなるとかさあ。そしたら子供にも、一応気は遣ってくれないか? だが、やっぱり何でも命あっての物だね、自殺なんかしちゃならんと思うのです。 自殺以外にも、逆転のチャンスが、どっかにあると思うんだけどねえ… 第一、死ぬくらいなら、いっそ転校したほうが、まだしもいいんではないだろうか? |
|
明治維新まではあったはずの日本人の規範、 それが開国だの戦争だの占領だので、二転三転したあげく、 現代の日本人は、統一した規範を失っている、のだそうだ。 思想のほとんどは海外からの輸入品で、日本ではいまいちしっくりこず、 今では、国内では喧々諤々、何がいいんだか悪いんだかわからない。 日本にせよ、いかなる国家にせよ、何らかの体制と、それを支える思想は必要。 しかし、日本は近代以前の体制にも明治体制にも戻ることはできないし、 かといって、戦後体制もぐらぐらしている。 それなら、新しい思想を考え、新しい体制を築くしかないであろう。 無からは何も作れないので、そのためには、自由や民主主義の思想のほかに、 これまで我々が否定し破壊し、解体しようとしてきたいろいろな思想、 (仏教、儒教、天皇制、家、義理、人情など) の諸要素を含めて再検討し、組み直して、新たに体系化するしかないであろう。 このような岸田秀氏の示唆により、 天皇制なんか、意外といいんじゃないかなー、と思ったところでした。 んで、上にはあがってないけども、共産制などは、どうなんでしょうか。 ソ連崩壊後、共産制はトドメを刺され、中国もヤバイと思われてるようですが、 ひとさまのブログを読むと、これがいいと思ってる人や国も、案外たくさん居るらしい。 私、人がイイって言うものは何でも「イイのかも…」と思う、ふらふらしたヤツです。 考えてみると、共産主義はもうダメだろー、と思う一方で、 それでは資本主義社会は、ホンマにこのままでイケるんかい?と不安な気もします。 お金のために戦争やら不正も起こるし、貧乏な人はますます貧乏になるらしいし、 森林は伐採されて、種はF1で、経済は混乱するし。 それどころか「今の社会は実は共産制(的)」と言う方もいらっしゃいます。
どうも、共産制にも、意味がないわけじゃなさそう。 「皆が物質的に平等な社会を作る」という理想自体は悪くないし、 やり方によっては、全否定するより、良くなりゃしないかな。 検討の余地はあるな、と、思ったのでした。よくしらんけど。 |
|
今夜は、蛍の群生を見に行きました。 写真を載せたいけど、私のデジカメでは、撮れませんでした…ちぇっ。 お見せできなくて、残念です。夢のようだよ。 「すべての思想は危険である」という話であります。 『続・ものぐさ精神分析』より「集団と狂気」(岸田 秀、中公文庫、1982年) ごめんね、また受け売りで。 他では決して通用しそうにないことが、常識とか慣例として通用している。 どうしてそんな馬鹿げた、ひどい、とんでもないことがまかり通っているのだろう、 馬鹿ばかりそろっているわけでもあるまいに、押しとどめる人は居なかったのだろうかと、 はたの者には不思議だが、集団の中にいる者にはわからない。 というと、北朝鮮の話かと思うが、そうではない。 このほかにも、スターリンとか、ヒトラーなど、 「偉大な指導者」のいた時期は、その集団が最も破滅的な行動をしているときだった。 なぜかというと、 人間は動物的な本能によってのみ生きているわけではなく、 集団をまとめるには、何かの思想(民主主義とか、共産主義とか)が必要である。 しかし、思想というのは人工的なものだから、どうしても現実から、ずれてしまう。 そのため、人間は思想的になればなるほど、どんどん現実から外れてゆく。 そして、ある思想集団の中でもっとも思想的な人が指導者になるとすると、 最も現実からずれた人が、常に指導者になり、 最も現実的な人は、指導者に選ばれるどころか、逆に排除されてしまうことになる。 つまり、たまたま不運にも悪い指導者を持ったということではなく、 もっとも現実からずれた者だけが「偉大な指導者」になり得るのだ。 そして集団は、自分たちもその文化にとらわれているものだから、 内部で押しとどめようとする人を、自分たちからすすんで排斥する。 なにも北朝鮮だけに、限った話ではない。
ひとつの思想にこだわっていると、どうしてもそうなっちゃうのである。 かといって、思想無しで済ますというわけにはいかないけれども、 このことを踏まえたうえでなら、 思想のある人は反対意見にも耳を傾けないと、自分が危険なだけだと思うんだけども、どうでしょうか。 |
|
『闇の中の子供』小松左京著、新潮文庫、昭和50年 いやー、今日はお見合いだったんですよ。 ところが、世間はほんとに狭いものでございました。 料亭に勤めてた頃に、口説かれたけどフッた人の、お友達だったのよー。 料亭なんかじゃよくあることなんですが、いや、こりゃ、あかんわ… 農家の方だったので、地球温暖化が進んでも飢え死にしたくない私は、いいなーと思ったんだけどぉ。 小松左京氏は「日本では、外交とは常に内政のことである」と言っています。 この方は、第二次世界大戦時に多感な中学生で、いろいろ印象が深いらしく、 そのことについての暗い面、ウラミツラミを背後にするとき、異様にコワイ小説を書く。 この本ではないが、有名な『くだんのはは』は、私はあんまり怖くて10年間再読できませんでした。 が、現代を背景にした風刺ものは、その反対にとても喜劇的。 例えば短編『養子大作戦』は、こんな話。 パンヤ共和国は、共和国なのに、なぜか国王がいる。 それは、ヨーロッパ人に植民地化されそうになった時、 「志士」たちが活躍して、内治のために王家をまつりあげたから。 つまり、これは日本国のパロディ版である、と、賢明な読者はすでにお気づきであろう。 これは、南洋の小国パンヤ共和国の国王が、世界各国の国家代表を次々に養子にして、 つまり、自分が父親になって各国をみんな兄弟にしてしまい、 結局は自国の安定と世界平和を達成してしまう、という話です。 そしてこのときに出てくるのが、日本軍が戦時中にパンヤ国民に教えたという「教育勅語」。 国王は「兄弟(けいてい)に友(ゆう)に…」と言いながら、各国首脳に三種の神器を与える。 けっこう笑えます。 が、ふと思い出したことがある。 昔『文明崩壊』(ジャレド・ダイアモンド)を読んだときの、 国政には「トップダウン方式」と「ボトムアップ方式」がある という一説。 面積のごく小さな国では、災害でも何でも、全員がいつも同じ危機や問題にさらされているので、 国民全員が自分たちの問題は何かを知っており、首長の果たす役割は弱い。 これが、下から上への「ボトムアップ方式」。 反対にある程度大きな国では、全員が問題を知っているというわけには行かないので、 各地の情報を取りまとめて判断や指示を下す首長の存在が大きい。 これが、上から下への「トップダウン方式」。 考えてみると、日本の統一が取れていたときは、 江戸時代でも第二次世界大戦中でも、この「トップダウン方式」のときらしい。 例えば、将軍は、各藩の情報を取りまとめて、皆がどうするべきかの判断を下し、 森林政策では、徳川家のおかげで日本は今に到るまで、世界有数の森林保有率を誇っている。 つまり、最高権力者っていうのは今の日本じゃ総理大臣だろうが、
この上に天皇がいて権威があれば、 そのほうが「内政」は分裂せずにうまくいくんじゃないだろうか? と、思いました。 天皇制って、意外とイイんじゃ? |



