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とある修復士とのこと
書いておこうと思っていたことがあって・・・ ここでは何度となくぶちまけているんだけれど やっぱりこれもそのひとつで つまりは、腹立たしいことのひとつで 昨年7月。 私は修復専門学校時代のクラスメート、友人クラからの依頼を受けてフレスコなどの現場仕事をすることとなった。 彼女は現場仕事のキャリアを積み続けていたものの、結婚から5年を経てそろそろ子供を持つことも考えたいと。 もし、今時分が引き受けて間もない現場仕事がそのために続けられなくなった場合はあなた、つまり私に引き継いでもらえないか・・・という。そんな経緯があって。 その現場仕事は二つ。 7月一杯で終わる、ローマ近郊の小さなまち‘カプラローラ’にある小さな教会の礼拝堂のフレスコ画とスタッコ装飾の修復。 それ以降は10月までを予定している、ローマ、チェントロにある教会の壁画修復。 クラは 「どちらもとっても素晴らしい仕事よ」 自信を持って「だから是非!」と。 「この仕事は、DITTA(ディッタ)から“誰かいい人材を紹介してほしい”って頼まれたBからきたの。SHINIだったらBもよく知ってるし、私自身も安心して引き継げるし・・・。どう?引き受けてくれる?」 DITTAとは、仕事をとるひと。個人経営者であろうが大きな株式会社であろうが、こうした大きなプロジェクトをとる人のことも総称してDITTAと呼ぶ。 クラはこんなことも言っていた。 「DITTAはリタっていう女性なんだけど。うちの学校の出身なの。とっても気さくでステキな人よ。優秀だし。 私は大好き。あなたがどう見るか、すごく興味あるわ」 Bとはは、専門学校時代の現場実習で私たちに指導してくださった教授で、当時はバチカン美術館の修復士としても現役だった方。現在は定年退職をして、のんびり‘釣り吉三平’生活を満喫。卒業後もたまにばったり顔を合わせることもある私には、親しいといえば親しい人物の一人で・・・。 リタ・・・。Bから紹介された人か。 昔の生徒なんだろうか。間違いないだろう。 それにしても、二つの現場を平行させるなんて、それも個人で(二つのプロジェクトを)とっちゃうなんて・・・凄いわぁ・・・。うらやましいぃ・・・。 私はそのリタという女性から、どんだけのことを学べるのか リタという女性と働くなかで、どんだけ成長できるのか 凄い!って思って疑わなかった。 また違う技法を身につけられるって チャ−ンス!って心躍らせて・・・ なんだけど・・・ クラがリタと面識をもたせるため、私はリタの家へと呼び出された。 リタにとっては面接である。 その日、クラはリタが教会から頼まれた二つの木像を手伝っていて、私はその作業を見学することにもなった。 面接がすんでクラは私を見送りに外へ。 「どう?リタのことどう思った?」 『んー、まぁ・・・。まぁ、リタはああいうのは専門じゃないでしょ。あの木像の修復とか。だからよくわかんない。気さくなのはわかったけど、どれだけできる人なのかはまだ現場をみてみないとなぁ』 「そうだよね、でも保証する!絶対面白いから」 私はリタに気に入られたらしく、現場仕事を引き受けることとなった。 まずは7月下旬。(ローマ近郊の小さなまち)カプラローラ。 その教会は、小さくてボロボロ。 小さな礼拝堂が6つ・・・だったかな?掛けてある絵画もまたボロッボロで、 『あぁー、これっ。修復したい!』 あまりの醜い姿に、またアツくなったりして。 足場の組まれてある礼拝堂に入り、リタ後ろについて梯子を上っていって・・・ 『・・・』 「どう?これが私たちの現場よ」 こ、これは・・・!!! こりゃまずいっしょ。 クラぁ・・・本気でこれでいいと思ってた? ローマにいるクラに、今度訊いてみようと思った。強く思った。 冗談抜きで、アタシは言葉を失った。固まってしまった。 それがあとひと月半後に足場を外す。つまり、完成!というのなら別にいい。 ひと月でも、まぁいい。 でも、あと一週間。 『はぁ???いっ、いっ、一週間で終わらせられるつもりですとぉ???』 ありえない。 どんなに頑張ったって、ありえない。 リタは私と二人で一週間で「完了できる」と思ってる。 ありえない。 誰か呼んで3人にしたって、申し訳ないが不可能だ。 なのになんで、リタはこんなにも余裕の素振りなのだろうか。 リタはそんなにも凄い人なのか? ・・・いや、そんなわけはない。絶対にないと言い切れる。 ラストスパートの補彩の最中にあるとはいえ、その補彩が酷すぎる。荒すぎる。醜すぎる。 彼女の家で木像の補彩を見せられたけれど、そのときに受けた予感はそのまんま。本当にそのまんまだった。 恐らくは、根本的なセンスに問題があるのだろうと思うが。 これだったら、専門学校の現場実習の方が何倍も・・・いや、何十倍もいい。 でも、来たからにはベストを尽くさないと。 気を取り直して頑張ってみる。 けれど・・・ もともとは金箔で装飾されていた部分もあるのだけれど、その金は遠い昔になくなってしまい、黄土色っぽい色だけで補われていたらしく・・・ どうなんだろ・・・ 私だったら、せめて下から見える部分だけ金箔を貼ってやりたいけど でもまぁ、(州から払われる)コストが低すぎて金箔を買えないっていうのなら・・・ ・・・!にしたって、これはやっぱり酷すぎる。 色がおかしい。 彼女と私で、向かい合う二つの方向をやるように言われて・・・の作業中。二人とも、水彩絵の具での補彩である。 向こう側からリタが言った 「あ、その装飾部分。色がのらないわよ」 『あ、そうなんですか?』 私は黙々と補彩を続けている。 「あなたにひとつ教えてあげるわっ。そういうときには、このグリーンを使えばいいの!」 私にひとつウィンクをして、「やってごらんなさい!」と。そしてその絵の具を私のほうに転がしてよこした。 私はまったく体勢を変えない。絵の具を取ろうと動かない。 少しして、リタが訊いた 「頑張ってるみたいだけど・・・。ね、つかないでしょ?・・・ね、どう?」 『・・・えっと、んー・・・アタシ、運がよかったみたいです。だから、このまま続けていいですか?』 「・・・」 怒ったかなぁ。んー・・・まずいかなぁ。 ・・・でも、それぞれがそれぞれのやり方をもっていてこそ!の職人なわけで 今までも、こんなことはしょっちゅうで 私には、そこでそんなグリーンは極力使いたくない色でしかなく 金を水彩で補えとといわれたら・・・で、もうアタシの色の組み合わせパターンは大体決まっていて 逆に使い慣れない色を、今まさに超特急で仕上げなくちゃならない仕事で無理して使う必要はない筈で。 だって、何でもいいから仕上げるんだ!って時でしょう? それになにより・・・別に不都合はないし。色のっかってくれるし。 ずっと悶々と、嫌なものを感じつつの一週間を送ったのでありました。 一週間ということは、実質5日間しかないわけで。 なのに・・・ 週の真ん中。水曜日はどうしてもローマにいなくてはならないのだという。用事があるからという。 それはどうでもいいけれど その前日の火曜日は、まだ日も高いうち。午後4時くらいに現場を閉めてローマに戻りましょう!と。 ふーん・・・ で、なんで早締めしてパルッキエレ(美容室)なんだよ! 今、そういう時? あと二日ちょっとしかないの、足場外されるの。その後はもう二度と手直しできないの。そのまま残るの、あなたの仕事。わかってる?いいの、それで? 頼むよ・・・ アタシのテンションは下がる一方。 アタシのドン引きは、様々な会話のやり取りやリアクションで悟っていたのかもしれないし もしくは自分自身でも、どれだけお粗末な有様なのかを自覚していたのかもしれないし よくわからないけれど でも、後半の二日間 最初は、繰り返し「どう?」「いい(綺麗)かしら?」って彼女がやったものにコメントするように問われた私は返す言葉につまるばかり。 そしてその日は、足場を作ってくれた人をアペリティーヴォ(食前酒)に招待したいから、と早締め。 ・・・いいのかねぇ・・・。 そして最終日。 彼女にとっては完了の状態。彼女に促されるまま、足場の上に座って全体を見る。 「どう?」 『・・・ん・・・』 すると、「フォト、フォト!!!」と、突然立ち上がって足場を降りて 凄い勢いで戻ってきて 写真を撮るためにカメラを取りに戻ったのかと思いきや、数枚の写真を手にして私に差し出した。 見て、と。 「最初はこんなにボロボロだったのよ」 『・・・ん、わかる。でも・・・ん・・・』 明らかにリタはご立腹。アタシの様子にご立腹だった。 でもアタシも内心腹立たしくて仕方なかった。 何度となく「私の20年にもなる経験上・・・」だとか、「この長い経験で培った・・・」だとか、ウンチク並べられた毎日。 けど、何一つなかったんだ。アタシが“流石!”って思えること。だからお世辞も言えなかった。 で、しまいには八つ当たりなのかなんなのか、かなり冷たい(意地悪な)応対をされたのだった・・・。 仕方ないけど。 でも アタシがこれまで見てきた現場は、桁外れに違っていたから。私の仲間たちは皆、誰しもが凄かった。本当にそう、この仕事で痛感した。 それに これはクラにも後から話して聞かせたこと。彼女自身も「確かに!」とうなずいてくれたこと。 “修復前はこんなにボロボロだった”なんて、明らかにただの言い訳でしかなく、そこにやってくる人たちには、そんなのどうでもいいことで、誰にもわからないことで。 古い古い教会だから遺さなければならない。そのためにお金を掛けて修復することになった。その仕事を請け負った。それでこれですか?これでいいんですか?という話。 芸術品を修復するとき 特に補彩では何に気をつけるか。また、どう目を使うか。どういうところに注意を払って進めていくか。 それを・・・何か言えって言われたって、言いたくたってそりゃ言えないさぁ。20年以上の経験とかって繰り返されたりしたら・・・。 まぁ、その後もリタとはいろいろありまして・・・ だからこそ、ここに書いたわけで というで、これはまぁ・・・言い換えるとプロローグ的なもの。 次回に続けたいと思います。 |
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