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本日は、曇りから雨予報のなか勤務です。
この雨があがれば桜も開き始めるでしょう。
『市場原理が医療を亡ぼす』より、続けます。
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●日本の医療は守れるか?
第一線で活躍する医師との対話
対談者:本田 宏(埼玉県済生会栗橋病院副院長・外科部長)
本田: 私は、地域の中核病院で外科部長をしておりますが、年々、医療をめぐる情勢が厳しくなってきていると感じています。より質の高い医療を提供することをめざして、若手の医師たちにはインフォームド・コンセントや安全対策を含めた指導をしています。しかし実際には、マンパワー不足から現場に余裕がなく、それを適切に行なえているかというと難しいと思います。「これでは本当に患者さんが安心できる医療は提供できない」、そんな思いを日々強くしています。
一方で近年、現在の医療の状況に対し、例えば、株式会社や混合診療を導入すれば日本の医療問題は解決するというようなことが、政府機関やマスコミからも喧伝されるようになり、医療に関する新たな問題が突き付けられています。
そこで、本日は著作や講演活動を通して、日本の医療に警鐘を嶋らし続けている李啓充先生に、日本の医療はどうしたらよいのか、お話をいただきたいと思います。
●筋違いの改革議論
李: いま本田先生がおっしゃったことの中には、医療の質の問題、コストとマンパワーの問題、そして医療制度改革におけるアメリカ型医療導入の問題、さらにその中に株式会社や混合診療の導入という、複数の問題があるわけです。しかし、これらの中には、関連しているようで関連していないものがあります。例えば、株式会社や混合診療を入れたところで、日本の医療が抱えている問題が解決されるとは思えず、むしろ、まったく筋違いの方向から問題が降りかけられていると言えます。
〇規制改革と利害の抵触
李: はじめに株式会社の医療への参入の問題ですが、これを一番強く主張しているのは規制改革・民間開放推進会議です。ここはビジネスチャンスの創出という観点からものを言っています。
混合診療についても同様です。同会議の議長は前身の総合規制改革会議の時代から、★宮内義彦氏(オリックス会長)が務めています。オリックスは医療分野に積極的に進出している企業であり、今後、医療におけるビジネスを拡大することをめざしています。保険業にも進出していますので、
混合診療が解禁されて民間保険のマーケットが拡大すればそこでも事業の拡大が見込めます。また、統合規制改革会議の前議長代理は飯田亨(セコム最高顧問)でしたが、株式会社による病院経営の解禁を長年主張されていて、医療機関の買収や経営参加を行なっています。
そうした直接の利害関係を持った方が国の政策を動かそうとしている。これは大きな問題です。「conflict of interest(利害の抵触)」(51
頁参照)ということを考えた場合に、本来利害関係を考えれば公に主張する立場にあるべきでない人が、自分を儲けさせろと主張しているのです。総合規制改革会議時代には、「勧告権」というような言葉まで振り回して、自分たちが潤うような政策を権力を使って実現しようとしました。ところが、★大新聞の社説は、総合規制改革会議の政策があたかも正義であるかのように扱ったのです。日本の医療の問題が、特定企業のビジネスチャンスを拡大することで解決されるかのように唱えられている現状は、非常に嘆かわしく思います。
●株式会社を入れた時に何か起こるか?
李: 株式会社の病院経営を大々的に展開しているのは、世界で米国だけです。米国で、株式会社の病院チェーンが何をしているか、してきたかということについては、これまで何度も書いてきましたが、はっきり言って、株式会社病院のほうが非営利の病院よりもコストが高くて質が劣ります。しかも、大チェーンの株式会社病院の多くには、その過去に「組織ぐるみの診療報酬不正請求」などの犯罪歴があり、中には凶悪な犯罪もあります。
〇株式会社病院はなぜ危険か?
李: テネット社のレディング医療センターでは、必要もない心臓外科手術を患者さんに施していて、その地域の心臓外科手術の施行率は飛び抜けて高くなっています。また、テネット社の前身であるナショナル・メディカル・エンタープライズ社は、本来精神科医療の必要のない方を強制収容に近い形で入院させて、医療保険の限度いっぱいまでお金をちょうだいするというあこぎな犯罪を行なっていました。
また、株式会社というのは、毎年、利益を上げることはもちろんですが、同時に株価も維持し、バランスシートをバラ色に見せることが非常に重要です。そのことから、時として無理が生じ、いろいろなスキャンダルが出てくるわけです。
日本の企業がどこまでやる気かは存じませんが、基本的には医療とは利益がべらぼうに上がるようなビジネスではないわけで、そこへ、利益を上げなければいけないというインセンティブを持った方が入ってきた場合に、間違ったことが起こる危険性があります。そして米国では実際にそれが起こっているのです。
〇もっと他にやるべきことがある
李: 第2には、日本で株式会社による病院経営が認められた場合、米国の大病院チェーンが参入してきたらどうするのか。おいしいマーケットを米国の病院チェーンが寡占化する、したい放題をするということが起こるやもしれない。それをどう防ぐのか。その心配をしなければいけません。
翻って、株式会社の導入が医療にとって本当に必要かどうかを考えた時、何か切迫した理由が見当たるでしょうか? もっとやるべきことがあるのに、なぜ株式会社が最優先で議論されなければならないのか? 非常に疑問であり、危険だと思っています。もし株式会社の問題を議論したいというのであれば、公正な立場の方がすべきであって、自分のビジネスチャンスを増やすことをめざしている方が、「勧告権」など公権力を付与された立場で議論するのは間違っていると思います。
●医療を市場に任せたら社会自体が潰れる
〇本来あるべき社会保障の姿
本田: 宇沢弘文先生(東大名誉教授・経済学)は医療は「社会的共通資本」であると言っています。人間が生を全うするために必要なものが医療なのですから、株式会社の参入など、本来おかしな話です。
李: これまではお役所の規制でがんじがらめになっていて、社会が不自由だった。そこで規制を取っ払い、市場経済を入れることが正義であるという議論が勢いづいているのが、いまの日本の状況ではないかと思います。
私は、市場経済のすべてが悪だとは申しません。しかし、田中滋先生(慶大・経済学)もおっしゃっていることですが、市場経済だけで社会は運営できないわけです。市場経済からこぼれ落ちるものは必ずあり、それをカバーするために医療保険制度をはじめとする社会保障制度があるのです。もし、医療を市場経済に任せて、本来あるべき社会保障の姿から遠いものにしてしまったら、社会そのものが潰れてしまいます。
〇混合診療の導入は医療保険制度の否定
李: 市場経済が入っていない分野は遅れている、という短絡なものの見方がいま横行しています。大新聞の論説なども、医療のことを何もご存じない方が書かれているのか、医療に市場経済を入れたら自動的によくなる、と信じているような論調が少なくありません。
混合診療の問題にしても、本当に必要な医療であれば保険診療に加えるのが筋です。本当に必要な医療を混合診療でやるということは、お金を払える人だけが必要な医療にアクセスできる、ということを認めることになります。お金がない人はアクセスできない。これは、現在の医療保険制度を根底から否定するものです。
ビジネスチャンスの拡大を求め、自由化がすべていい、正義だという短絡した思考がまかりとおっているのは非常に嘆かわしい状況だと思っています。もし混合診療などを解禁したら、似非医療をやっている人が儲けるだけだと私は思うのですが・・・。
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