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藤原新也のHPより。

● 度々紹介している、藤原新也氏のHPより。
   http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php

 <6月13日>
 
 またお役人の騙しに遭っているキミたちへ

 餌につられてすぐに軸足のぶれてしまうこのマスコミのひ弱さ。
 ●なぜこの時期に厚生労働省がコムスン問題をとつぜん持ち出してきたか。

 それは年金問題がさらに炎上し、そのまま参議員選になだれ込むことを恐れる自民党と厚生労働省の合作であることは火を見るよりも明らかではないか。
 他の話題を提供し本題をかすませるいつもの手だ。その簡単な図式になぜ気づかないのかキミたちは。

 見え透いた疑似餌にすぐに食いついてしまうキミたちはカマスより程度が低い(カマスという魚は一匹が疑似餌に食いつくと俺も俺もと見境なく食いついてくる付和雷同型魚)。

 7年まえ死んだ私の兄が「コムスンはインチキだからな」と言っていたのを思い出す。
 一介の企業人がすでに8年前に知っていた詐欺的行為を厚生労働省が知らないわけはない。 
 ●むしろマスコミは年金問題とセットでコムスン問題も厚生労働省の責任として追及すべきなのである。

 決してコムスンの(ヘンな)会長のみをスケープゴートにしてはならない。

 これを読んでいるマスコミ人はそういった観点を持って今後報道にあたってほしい。

 とりあえずあまりにもお粗末なので、ひとこと。

 <6月14日>

 次にどんな手を打つか楽しみでもある。

 コムスンの次はNOVAですか。
 このNOVA問題も何年も前からくすぶっているのにまたなぜここにきて突然処分なのか。
 こそくな管直人批判のビラを作った一派の浅知恵のように思えてならないのですが。

                         13日の投稿(読者の)より。
 

藤原肇・発言 

《安倍首相に直言する》
 意味論オンチが日本の評価を大暴落させた。
「美しい国」どころか醜悪な暴政に陥る危険性


 <世界に通用する常識と教養が欠落したインスタント首相> 
  国内のメディアは安倍内閣の支持率が激減して、七月の参議院議員選挙が問題だと騒いでいるが、世界から見ると末梢事であり、日本の信用と国家の威信が損なわれ続け、日本が蔑視されている現実こそが問題だ。安倍首相が従軍慰安婦問題について「強制性を裏付ける証拠はない」と断言したことが、世界の世論の猛烈な反発を引き起こしたため、安倍晋三のせいで日本の評価は大暴落した。
中国と韓国は定番どおりで激しかったが、『ニューヨークタイムズ』や『ワシントンポスト』をはじめ、『マニラタイムズ』や香港の『明報』までが揃って、政治責任と歴史の改竄の問題に焦点を絞り、安倍政権の姿勢を非難したのは当然の反応だ。安倍にとって証拠は文書などのハードなもので、証拠を隠滅すれば事件も消えるという、幼稚で時代遅れの官僚発想が根底にあり、世界の理解とは遥かにかけ離れていた。
 日本人なら誰でも知っていることだが、安倍は閣僚になった経験がないだけでなく、政治家としての経験も至ってお粗末であり、世界に通用する常識や政治理念も持ち合わせていない。閣僚になって行政のプロセスの要諦を学び、統治のノウハウと実力を身につける判断力において、低い練度では指導者として使い物にならない。
 現場での鍛錬と実務体験のない幹部候補生に、指揮官の職務を与えないのが組織原理だが、自民党の現状は人材枯渇もあり、人気や闇取引で誰でも総裁経由で首相になれる。訓練度の劣る安倍でも首相になれた背景に、お祭り騒ぎの頭目選びで、犬や馬並みの血統の良さが高く評価され、指導性や政治理念の崇高さが忘れられていたことが、日本の政治における貧困さを証明していた。
 しかも、安倍が幹事長代理だった、2001年の時点で、NHKの慰安婦問題の報道番組に対して圧力をかけ映像の改竄を強要しており、東京高裁で違憲判決が下された時にも、安倍は開き直りに終始するだけだった。
 その程度の情報感覚では首相の器にはほど遠く、政治責任についての意識水準では21世紀の国際社会には通用しないが、日本の政界のレベルが低かったせいで、情報時代の首相がインスタントに誕生した。
 「事実を裏付ける証拠は無い」と断言した安倍晋三は、この言葉で十分に説明を果たしたと思ったのだろうが、その未熟な情報感覚を見抜かれてしまい、世界から無責任さに対して非難を集めたが、安倍には言菓のすり換えしかできなかった。彼の理解力だと、証拠は歴史の資料を指しており、それが存在しないと主張するだけで済ませ、事実が存在しなかったと言い抜けられると思ったわけである。
だが、そんな小手先の詭弁は国内用に過ぎず、世界はすでに構造主義をマスターし終わり、情報理論では脱構築の洗礼を済ませ、倫理観は直接には見えない次元において、自己の責任を取ることが常識になっている。それが分からずに鈍感な状態だった安倍なら、世界から非難されても当然であるが、彼のように閉鎖社会のエゴイズムに執着すれば、無知と錯覚を非難されてしまうのである。


 <エクリチュールの意味論も知らぬ「高学歴の文盲社会」の象徴的人物>  
 「日本の常識は世界の非常識」という言葉がある。主観と感情に塗りこまれた日本的な常識は、普遍価値と結ぶ常識と通底しない限り、発した言葉は相手に共有され得ないし、コミュニケーションは成立しない。英語が喋れる程度の会話能力が評価され、それが閣僚や首相の決め手になる国でも、見えない次元の意味を捉えられない限りは、高学歴でも情報時代には文盲に属す。安倍晋三レベルの情報感覚を放置することで、21世紀の日本は高学歴の文盲社会になる。
 生命活動を営む人間の生活空間の周辺には、文字化された歴史文書や遺物だけでなく、語り継がれた物語や文化現象の形をとった「エクリチュール」と呼ばれる情報の揚があり、その意味を読み取る能力が評価される。この能力において卓越していることが、指導者に求められる基本条件であり、意味論オンチは前世紀までの頭目の属性に過ぎないのに、それも安倍にとっては理解の埓外であった。
 情報理論の基盤を支えているものとして、言葉が示すイメージとシンボルを統合した時に、政治家に必要な意味論の理解が生まれ、そこで初めて理念や理想を語ることができ、その純化した結晶としての憲法がある。そんなことも判らない人間が、情念の赴くままに、飾り言葉に陶酔して憲法をいじれば、美しいものも醜悪なものに成り果てるし、権力者による暴政になると歴史は教えている。
 物理的な力だけで支配の永続はできないから、自らの正統性と統治責任を確立するために、理性と情動の両方に訴える手続きが、人々の納得と承認を得るためのプロセスとして、近代政治における階梯を構成している。
情動に結びついた象徴儀式の「ミランダ」は、国旗、記念日、音楽、儀式などを活用して、呪術的な威力で一体感や帰属意識をたかめる。そして、権力や集団の強化を促進する効果のために、宗教や軍事機構が昔から活用して来たし、ミランダ効果は政治運動化に結びつくことによって、暴発して最後を迎えるという性格を持っている。
 それに対し「クレデンダ」と呼ばれるものは、知的で合理性に富む象徴形式に基づく、理論や信条体系などの思考活動を通じて、正統性や信任を保証するプロセスを育てる。また、この領域の発達が近代社会を成熟させたが、時間の経過と頭脳機能の劣化現象に従った老化のために、情動と理性の均衡状態が崩れることで、私が30年前に問題提起した「ヤマトニズメーション」を発現させてしまう。
 大衆の情動を掻き立てる運動方式は、「カテコラミン過剰分泌症候群」に属しており、文明の病理現象を特徴づけている。それが最も激しく発熱と痙攣を現すのは、全体主義や宗教的メシア再来運動の高揚で、時にはクーデタや革命に繋がることもあり、世界史はその繰り返しの集大成でもある
 今の日本には怨念と屈辱感に支配されて、「一つ覚え」のように憲法改正を叫びまくり、不可欠な理念や理想の議論が脱落したまま、強引に押し切る悪しき手口が蔓延している。ホルモン分泌の不均衡は「異胎」の成長を促し、小泉内閣で政治の病理として発現してか
ら、「靖国カルト」の発熱が熱狂を生み、安倍内閣でシコリとして「異胎化」しているが、その病跡学については別の機会にゆずる。
 日露戦争後に皇軍に取りついた物語として、司馬遼太郎が嫌悪しだのが「異胎の時代」であり、彼はこの時期を作品に描かず生涯を終えた。だが、「ヤマトニズメーション」の概念を問題提起した責任と、『平成幕末のダイアグノシス』の著者としての私は、歴史の証言を次の世代に伝えるために、愉快ではないが書き残す責務を痛感している。           

●ふじわら・はじめ グルノーブル大学理学部博士課程修了。理学博士。多国籍石油会社で石油開発担当後、米国で石油会社経営。ビジネス引退後、ジャーナリストとして活動。著書は『小泉純一郎と目本の病理』『賢く生きる』等多数。
「 NEW LEADER」誌  2007.5月号

*******************

 ●ミランダとクレデンダについて。
(教えてgoo=) http://oshiete1.goo.ne.jp/qa49423.html 


 ミランダとクレデンダというのは、アメリカの政治学者C.E.メリアム(1911〜)が『政治権力』の中で提示した、政治的象徴の分類です。まずミランダとは、大衆の情緒的・非合理的側面に訴え、権力を神聖かつ壮大なものとして正当化するものです。例えば、大衆動員、儀式、記念日、記念碑、旗などがあげられます。次にクレデンダとは、大衆の知性的・合理的側面に訴え、権力を尊敬、服従、自己犠牲などの対象として正当化するものです。

 現代においても、政治権力の担い手はごく少数者に限られるのが一般的です。この権力者が支配を行うには、警察や軍隊による物理的強制の他に、被支配者が自発的に権力に服従する状況を創り出すことが重要です。その道具として用いられることが多いのが、政治的象徴です。特にマス・メディアが大いに発達した現代社会においては、これを操作することが重視されるのです。

 そしてこの政治的象徴を、被支配者の中に内面化されていく状況から分類したものが、ミランダとクレデンダです。大衆社会においてはクレデンダよりもミランダの方が効果的に利用されます。

 なお、同様の用語に若干の注意が必要です。まずM.ウェーバーの「支配の正当性原理」(被服従者が権力に正当性を与える様子を、伝統的支配、カリスマ的支配、合理的支配の3つに分類したもの)は、クレデンダに帰属するものと考えられます。また、ナチ支配下のドイツ国民の行動様式は、一見ミランダによるもののように感じますが、フロムの『自由からの逃走』によれば、自由を重荷に感じるようになったドイツ国民の多くが自発的に権威に服従したものであり、これを彼は「権威主義的パーソナリティー」と呼びました。自発的、という点でミランダとは少し違います。
  
 

宇宙巡礼・掲示板

*お薦めブログ「宇宙巡礼・掲示板」の投稿記事の紹介です。

 5 名前:斉藤義雄 投稿日: 2007/06/04(月) 17:10:44

 久しぶりですね。元気で活躍されている様子とホームページの存在をを知り、懐かしさと共に嬉しくなってお便りしました。三十年ほど前に取材して記事を書いた朝日の経済部の斉藤です。私が読んだ記事でみる昔変わらぬ鋭い発言は、今の日本にとって何よりも必要な言論の威力です。この記事は大切だと思うので再掲載しておきます。
  
 Re: 藤原肇氏の徹底的な安倍政治を批判した記事の威力
 http://www.asyura2.com/07/senkyo35/msg/772.html
 投稿者 ものぐさ太郎 日時 2007 年 6 月 04 日 15:36:17

 (回答先: 藤原肇氏(フリーランス・ジャーナリスト、在アメリカ、『小泉純一郎と日本の病理』の著者)からの手紙 (森田実の言わねばなら 投稿者 天木ファン 日時 2007 年 6 月 04 日 08:23:35)


 森田実氏が紹介して絶賛している藤原肇というは米国在住のジャーナリストは、20年位前は『文芸春秋』や『エコノミスト』などによく執筆して、現役時代のわれわれ新聞記者は国際政治とか、石油についての国際情勢について多くのことを教えてくれた。最近は日本の主流の雑誌が迫力のある記事を掲載しないので、こういう真実を語る人の記事が雑誌から消えて久しいと思っていた。われわれオールド記者にとって懐かしい名前だから、検索して探したら『宇宙巡礼』というホームページがあるのが見つかった。

そうしたら『財界にっぽん』に連載していると分かったし、古い記事はかなりダウンロードして読めるようになっていた。
 http://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/fujiwara/article/abe04.htm
 http://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/fujiwara/article/abe02.htm
 その中でも上の二つの記事は安倍内閣の無能さについて徹底的に論じており、こういう記事が日本の総合誌から消えたことが、日本の言論界の衰退の原因だと痛感した。実際問題として藤原記者が書いた『小泉純一郎と日本の病理』は、小泉政治がいかに支離滅裂であったかを暴露していた点で、これに勝る本は未だに日本には登場していないのである。
 http://www.amazon.co.jp/gp/product/4334933688/250-5330185-1699445?v=glance&n=465392
そうであれば、『財界にっぽん』に連載されている記事は、次に予想される安倍晋三という暴君の狂った政治の病理について、本として出版されるものを予告しているのではないかと考えられた。そこでサイトでは読めない最近の記事が読みたくなり、書店を探したがなかなか見つからなかったが、ようやく日本橋の丸善で最新号を買うことが出来た。

 七月号の記事は「相伝のワシントン流の謝罪術と遁走曲」という題で、この四月における安倍の支離滅裂な行動がみごとに総括されているだけでなく、ネオコンで安倍の保護者として君臨し、世界銀行の総裁のポール・ウォルフウィッツのスキャンダルについて、驚くべき詳細な分析がしてあったので驚いた。こんなすごい記事は世界の新聞を幾ら読んでも、誰も書いていないのではないかと思った。
民主党がこの記事のコピーを何百万枚か作り、参議院選挙の一週間前に駅の改札口とか、通行人に手渡せば選挙に圧勝できるかも知れない。それほど強烈で衝撃的な内容の記事だと思った。現在発売中なので記事の紹介は差し控えるが、日本の新聞記者仲間や評論家にぜひ読むことを勧めたい。念のために地方に住む場合には財界にっぽん社に連絡することで、手に入れることも可能かもしれないので電話番号を書く。
Tel;03−3257−6701
 

<宇宙巡礼>より

 *藤原肇の宇宙巡礼掲示板 http://jbbs.livedoor.jp/study/2491/より

  http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2491/1165368730/2-
 Japan's Zombie Politics誕生へのストーリー

 1 :藤原肇:2006/12/06(水) 10:32:10

 誕生のプロセスか自体が実にインチキ極まりなかったのに、小泉政権が一年ほど続いた段階でも誰もペテン政治について、調査報道に基づいた本を書こうとしなかったので、非常に不満足な気分に支配されていたのが、2002年の夏ごろの私の精神状態だった。まだ911事件の興奮のほどぼりが醒めておらず、実は私自身も他人に期待していたのであって、誰かが書くだろうと当てにしていたということで、日本のジャーナリストのほとんども同じ気分だったし、国民のほとんどは考える気力を喪失していた。
 そんな時に民主党の石井紘基議員の刺殺事件が起き、私はテロルの季節が本格化したと感じたが、ソフトなファシズムがポピュリズム結ぶ形で、小泉政治を突き動かすようになるという、私の危機感は孤立したも同然の状態だった。それは1970年に危機感を抱いて書き上げて寄稿した記事は、1971年の『文芸春秋』6月号にやっと掲載され、単行本になるまで十社以上に断られて二年が過ぎ去り、やっと1973年の春に『石油危機と日本の運命』として出版されたが、その六ヵ月後の10月に襲来した石油ショックの悪夢になる。 

  それと似たような危機感に包まれた私にとって、思いがけない情報との宿命的な出会いがあった。石井刺殺事件の直後に現場を通り合わせたタクシーがあり、数日後に乗った同じそのタクシーの運転手が、現場から逃げる犯人を目撃した状況として、新聞報道の自称右翼として自首した男とは全く異なる、緑色の作業服を着ていたという話をしたと、2002年の秋の訪日で会った読者の一人が喋った。こんな偶然はそう矢鱈にあることではないし、ふと話題にした読者は信頼できる人であったから、 この事件は全体主義への一里塚だと確信したので、小泉時代と昭和初期との相似関係に思いを馳せた。
 だが、外国に住む私が国内事件を調査できないし、当時は他にもいろんな仕事のテーマを抱えていたので、とりあえず歴史の証言を残そうと考えて、孫悟空の毛吹きと同じ分身術を使うことにした。その辺の事情は私の読者なら推察力で、どんな形での証言録になったかということと、その内容については分るだろうと思う。自分の頭を使って考えることが重要で、推理力を働かせない頭は石頭であり、答えを聞く前に自分で先ず考えることだが、「切断」の重要性が理解されなくなって、最近の日本人の頭が石頭なのが情けない。

 2 :藤原肇:2007/06/01(金) 03:36:30

 アメリカの雑誌や「NY タイムス」などの大手新聞の記事として、日本についての記事が出ると日本人は有難がる傾向が濃厚であり、少しでも日本についての分析や評価が出ていると嬉しくなって、たちまち知日派とか親日派の言論人として有難がる。逆に日本について批判的な見解を述べる人に対しては、レビジオニストとか反日言論人と決め付けて、敬遠したりするのが日本人の一般傾向だと言っていい。
だが、アメリカ人にとって日本は国としてワン・ノブ・ゼムであり、日本人がアメリカを思うほど彼らは気にしていないし、彼らの日本についての知識はそれほど大したものではない。

  ニューヨークやロスの大新聞の論説担当者でも、日本についての知識はそれほどでないことは、彼らと話をしてみればたちどころに明らかになる。また、ジャパノロジストといわれる研究者や教授も、狭い専門領域に関しては詳しい人もいるが、実態としてはそれほどでないことについては、『理は利よりも強し』の中に書いておいた通りである。
だから、私にとっては実に不出来な作品になってしまったが、日本の現代政治の資料として「KZP」を英訳し、アメリカで出版することは価値があるという気がした。
 英語化すればストレートな文体になるが、それを多少ヨーロッパスタイルに修正して、妥協の産物を作る作業を進めるためには、誰かに下訳をすることを引き受けてもらう必要がある。その英文に私がどんどん書き加えることによって、とりあえず改訂版に相当する本を作れるが、相手がアメリカの読者ならヨーロッパと日本の中間レベルのものでいいし、次のステップに踏み出すことが可能になる。
 これが「JZP」を作ろうという構想のきっかけであり、それに向けての行動がスタートすることになったわけだが、この段階で私は日本人の英語の達人を探し回っていた。
 

   次に、『理は利よりも強し』から引用しておきます。(続)

『賢く生きる』 藤原肇対談集(清流出版 2006.7.13刊)の第七章および第八章から。

 第七章 水を燃やしてエネルギーとして活用する時代の夜明け

 ゲスト 倉田大嗣(くらた たいし)


  高校生の時に渡米、大学で量子物理学を学び学者の道を選ぶ。「18歳の時にアインシュタインの「相対性理論」を読み、この理論に電磁気学が入っていないと気づき、非線形電磁場の理論を博士が入れなかったのはどうしてだろうと不思議に思いました。」という倉田氏は電磁共鳴による分子の連鎖反応を使い、常温での原子転換を試みる超発想・実行の物理学者である。
 水を常温で水素と酸素に分けて(熱解離)、水をもやすことに挑戦し、なかば成功を収めている。

 以下、<対談>を紹介する。

 
 
● 水を燃やすという夢の実現

藤原: 倉田さんはいろんな興味深い発明を実現して、科学の先端領域に挑んできた物理学者だけに、今日は過激な議論の展開を期待します。あなたは過去十数年にわたりプラスチックの油化という、製油所でやるトッピングの逆を行く装置に挑んでいたが、二年前には水を燃やす装置を作って、私は目の前で水が燃えるのを観察しました。あの時は水を燃やすためにまず油で加熱して、温度が上昇してから水を燃料として使い、触媒反応で水を燃やすプロセスだったが、最近は水から水素を分離して燃やすとか・・。

倉田: そうです。あの頃は水を燃やす上でいろんな準備して、プロセスにおいても極めて複雑でしたが、最近は単純だが大きな効果が出ています。具体的に言えば、水素と酸素にはそれぞれ原子波動があって、いくつかの分子が集まると共鳴して物性波を出すから、それで水の振動数を確定するのです。振動数というか共鳴数を見つけた上で、ある種のイオン係数を充てて共鳴させ、シンフォニーを生むような形に工夫したら、簡単に水が水素と酸素に分離するのです。

藤原: 普通の水は0℃度で潜熱を出して氷から水になるし、100℃になると水から水蒸気になって相移転をするが、磁気共鳴を使って水を水素と酸素に分けて、低温で単純な相移転を実現したわけですね。

倉田: 簡単に言えばそういうことです。水は普通に熱すると4300℃で熱解離して水素と酸素に分かれると知られています。現在の段階でわれわれがたどり着いたレベルでは、380℃で水素と酸素の熱解離を実現し、水を燃やすという夢を実現している次第です。

藤原: われわれの世代が持つフレームの問題だが、私が学校で学んだ物理や化学の教科書によると、水は水素と酸素が燃えてできた化合物で、水素と酸素の分離は2000℃     に熱した時でも、せいぜい2パーセント程度だと書いてあった。
 しかも、われわれが学んだ熱力学の法則だと、水は酸化という化学反応の最終生成物だから、水を燃やすのはエナルギー的に不可能だが、倉田さんのシステムでは380℃という低温で、水素と酸素が100パーセント熱解離するのですね。

倉田: そうです。これまでの熱力学は水は燃えないと教えたので、私は水を燃やす前段階として炭化水素を使って、炭化水素から炭素を外して水素を分離し、それを燃料源にすることから手をつけました。最初の段階でとりあえす成功した方法は、4000℃水素と酸素に分解するイオン化だったが、油のフレームが1500℃のときに水を触媒に通したら、この温度で水素を分離することが実現しました。ベンゼン環は1300℃の高熱がないと壊れないが、生体内では体温で分解された酸化が進むのでして、これは酸素が触媒として機能しているお蔭だから、酸素に相当する触媒を作ろうと考えた。でも、炭化水素から水素を分離しても炭素が残ってしまい、炭酸ガスが出る問題は解決しないから、これは、単なるステップだと気づきました。そこで、水は水素と酸素からできているから、原点に立ち戻り小さなエネルギーを使って、水を低温で熱解離させることに挑戦しました。そして、量子力学の非線形電磁気学と触媒を組み合わせたら、380℃で水を燃やすことができたのです。

藤原: それにしても、そんな低温で水素と酸素に分けて、水を燃やすのに成功したのは素晴らしいことです。

● 仮説作りと実証に挑むサイエンスの使命

倉田: われわれの仕事は装置を作りデータを集め、仮説が実験的に成り立つことを証明することであり、改良の結果、より良い修正理論が生まれ、一段と優れた実験装置ができあがるのです。また、この苦労の積み重ねで新発見や新発明が生まれ、理論を技術に移して世間の役に立つのだが、技術として完成しない限りは評価されません。従来の学問体系で計算して答えが合わなければ、それはダメだと否定されることが多く、せっかくの良いアイディアが葬り去られます。

藤原: 科学は不思議な現象を説明する営みだから、オカルトや摩訶不思議と呼ばれる世界に挑戦して、説明になる理論を仮説として作るのです。文明の歴史は旧仮説と新仮説の闘いであり、論争と実証を通じて学問が進歩したし、それが人類の遺産として文明を発展させてきた。だから、論証のために作った装置が実際に役立つならば、それ自体が輝かしい科学の勝利になります。

倉田: 私もそう思って30年以上も頑張りました。だから、後はこの装置をより良いものに改良していき380℃より低い温度で熱解離を実現して、水を水素と酸素に分けて利用することです。現在は石炭や石油がエネルギー源だが、その代わりに水を利用する時代が始まれば、環境問題の解決を手に入れることができるのです。京都会議で地球の温暖化が問題になり、CO2の排出を制限することが決まったのに、日米ともに諸手を挙げて賛成できなかったが、水をエネルギー源にすることで解決でき、今よりひどい環境汚染はなくなります。

藤原: 現在は経済活動が価値の中心だから、環境保全より経済発展を優先にしているので、生態環境としての地球は汚れています。二〇世紀のことを別名で石油の世紀と呼ぶように、国際政治は石油と天然ガスをめぐって動き、石油ビジネスは地上最大の産業として君臨するが、水素をエネルギー源にするに至っていません。でも、倉田さんが水を燃やす技術を完成して、エネルギー問題の解決の道を開いただけでなく、環境問題の悪化も阻止するわけだから、これは地球の未来にとって実に素晴らしいことです。

倉田: 経済と環境は文明を前進させる両輪だから、経済性を持たせることが必要だと考えて、エネルギー問題に私は全力を傾けました。だが、従来は炭化水素がエネルギーの主体だったし、今は燃料電池が脚光を浴びていて、一気に水素エネルギーに向かわないけれど、熱解離で水素を燃やせば解決になります。

藤原: アメリカがイラクを侵略した背景には、カスピ海周辺からペルシア湾地域の石油資源を押さえて、エネルギー源を支配する意図があります。こうして米国は炭化水素を確保するために、相変わらず侵略戦争を繰り返しているが、水の惑星の地球上には水が無限にある。だから、水を燃やしてエネルギーを確保できるということで、アメリカの野望は破綻してしまうでしょう。ところで、水の熱解離で水素を取り出すアイディアは、最終的に水を燃やす技術の実現に結びついたが、背後にある科学理論に相当するものとして、どんな発想があったかを知りたいですね。

 

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