|
今日はクリスマスイブですね。
学校行事としてクリスマスがある学校も多く、学校内の教室でミサをしたり、ボランティアで協会に行ったり、クリスマスフリーマーケットをして募金したりするところをよく聞きます。 また、神道系の学校であれば大晦日から新年にかけて耐寒登山をする学校、仏教系であれば除夜の鐘を聞きながら読経する学校なども有名ですね。 それぞれの学校が自身の信仰する宗教を通じて子供たちを教育・啓発しようとしている姿は、美しさと危うさが交差した教育の世界でしか見られない光景になっています。 もともと宗教系の学校は、母体となっている宗教を教え広める目的で作られていることが多く、教育目的とは別に布教行動も行うことが通例となっているようです。 政治に関しては政教分離の原則が守られている(公明党と創価学会については・・・まあ、しかたがないですね)のに、教育と宗教がきっちりと分けられていないのは残念なことです。 昔修道会などで学校を運営していたときには、宗教を信仰するものにはその教義を教えても、勉強をしに来ている子供には決して宗教については教えなかったそうです。 日本ではその奥ゆかしさが見られないのは残念ですが、これも日本における特殊な事情のなせる業なのでしょう。 私見ですが、宗教と教育は混在してはならず、たとえ宗教を母体として創設された学校であっても、本人が望まなければ教育のみを教えて宗教にはかかわらせないことが必要であると考えます。 神道系のN高校には宗教学の時間がありますし、M学院高校には聖書の時間があり、S女子のように校門に慈母観音がたっていて必ず拝しなければならない高校もあるけれど、ほとんどの生徒が宗教には関係なくただ成績を上げ単位をもらうためだけに宗教系の授業に参加しているのが現状でしょう。 私は宗教について否定しているわけではありません。 親が、自分の信仰している教えを子供に伝えようとするのも自然なことだと思います。 しかし、学校教育において自己を形成していない子供たちに対して宗教について教えることは、洗脳にも等しい行為であるような気がするからです。 子供を教え、その子供がひとりの人間として完成してからでも宗教の知識を与えるのは遅くないはずです。 関係者の方々は異論や批判をお持ちだと思いますが、私はお酒やタバコと同じく、宗教も成人してからがよいと思います。 ご意見のある方はいつでもご連絡ください。 |

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用



これ読んで、ちょっろ安心しました^^w
[ 桃感 ]
2015/8/22(土) 午前 5:52
> 桃感 様
それはよかったです。
宗教校といえども、無理な布教はできません。
それは憲法の信教の自由に反しますからね。
教育だけは、常に無色無臭でありたいものです。
[ こむりん先生 ]
2015/8/25(火) 午後 7:02