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教師の能力はどのようなものが必要なのでしょうか?
教師にもさまざまな区分があります。
科目別、校務分掌別、養護教員、保険教員、補助科目教員など。
そこで、今回は教師の所属する立場・環境による必要な能力の違いを書いていこうと思います。
今回は高校教師、暗記系教師についてです。
ここでいう暗記系教師とは、理科第二分野系(つまり生物と地学)と社会の教師のことを指します。
暗記系科目の教師は、学校ではあまり重要視されません。
その理由としてはいくつかあるのですが、この2つが一番大きいと思われます。
「暗記は自分だけでもできるので、学校の授業は退屈なだけだから。」
「入試科目として不必要な場合もあるから、役に立たない生徒にとっては時間の無駄でしかない。」
うちの生徒さんに聞いても、この2つが圧倒的に多いですね。
では、本当に暗記系の授業が無駄なのでしょうか?
生徒に暗記させる授業は不可能なのでしょうか?
私の答えは、半分YESで半分NOです。
どの部分がNOかというと、暗記系科目の教師の一般的な教え方の部分がNOだと思うのです。
学校の授業の進め方は「黒板に板書」が一般的です。
暗記系科目の場合、他の科目の2倍の板書を行います。
当然書き写すのに時間がかかりますし、覚えるのにはもっと時間がかかります。
それなら、授業の時間を使って教科書の丸暗記をしている方がましというものです。
ここはNOですね。
指導力の低い教師ほど、板書量は多いようですね。
高い教師でも、ノート分をプリントにして配布するのが限界で、工夫できている先生は少ないと思います。
では、どの部分がYESなのでしょうか?
私が高校生だった頃、日本史の先生に超絶スーパーグレートティーチャーがいらっしゃいました。
その先生は、授業の初めに教科書を開くなどしません。
もちろん、生徒に読ませることも。
その先生の授業の進め方は、いつもこんな風です。
「昨日の相撲見ましたか?
いやぁ、横綱の優勝見事でしたね!
あれだけの体格があったら、横綱相撲も楽でしょうね!
横綱といえば、相撲取りの体格には雲竜型と不知火型があるのを知ってますか?
どちらも江戸時代に実在したおすもうさんの名で…」
と雑談から入ってくるんです。
(ちなみに溺死体をどざえもんと呼ぶのもこのころの力士の名前から、とこのときの授業で聞きました。)
ところが、気がつくとその相撲取りの名前が、江戸の町の街並みの話になり、上下水道が完備されていた話になり、五街道の話や廻船の話、当時の特産物の話にまでおよびます。
気がつけば教科書を開いていて、すでに5ページ分くらいの説明が終わってしまってるんですよ。
私はその先生に教わっている間は、日本史は100点しか取りませんでした。
クラス平均が90点だったのも驚きでした。
そう、この「生徒に興味を持たせ、暗記を苦痛でないようにする」ことこそ、暗記科目の教師の存在理由ではないかと。
覚えさせる授業ではなく、生徒に興味を持たせる授業を行うことが至上命令ではないかと私は考えています。
そして、少数ではあっても、興味を持ってくれる生徒さんが出てきてくれれば、暗記系教師の役割は果たせたと。
だからといって、冗談話ばかりしていては授業も進まないし暗記に対する興味も生まれません。
しかし、板書ばかりの授業で生徒の能率が上がるわけもありません。
つまりは、古典落語と同じく、綿密に計算しつくされた授業の進め方で、面白くないはずの暗記系の内容を生徒にとって興味のあるものへと変えるのが、暗記系教師の使命であると。
よく「勉強は努力するのが当たり前だし、授業が面白くないからといって覚えないのは怠慢だ。」とおっしゃる暗記系の先生がいらっしゃいますが、その論理だと「面白くない授業は時間の無駄だから、授業を無視して一生懸命必要な知識を覚えていった方がよい。」ということになるはずです。
まあ、だからこそ暗記系の授業コマ数が減らされるんでしょうけど。
暗記系教師の皆さん。
暗記系授業は無駄なものではありません。
暗記系科目こそ、授業を通じてその面白さを生徒に伝えるべきなんです。
10年1日のような授業を行わず、常に工夫して生徒さん達の目を教える科目へと向けましょう。
それこそが、暗記系教師の生きる道だと思います。
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