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教師の資質についてのお話の続きです。
この半年でイジメによる自殺やクラブ顧問の不祥事など、教師の資質を問われる事件が相次いでいます。 しかし、この「教師の資質」というものをきちんと定義し理解しない限り、その資質を持たない教師を見分けることは困難だと思うからです。 今日は教師の人間的魅力について述べてみようと思います。 入学したときには、中学生であれ高校生であれ期待と不安で胸をいっぱいにしながら正門をくぐります。 そして先生たちの指示するままに教室に入り、プリントを受け取り、 やがては勉強したりクラブをしたりすることになります。 たいていの生徒さんは先生方にあえて逆らおうとはしません。 何の得もないし、逆に内申書に悪く書かれたりするかもしれないからです。 利口な生徒さんほど表面は従順で、その実内面に不満と反感がたまってゆくわけです。 そして卒業したあと、彼らは口をそろえて言います。 「あの先生は大嫌いだった」と。 教師と言うのは生徒を先導しなければなりません。 そのためには、さまざまな技術や能力を使う必要があるのです。 なぜなら、教師も生徒もともに人間であり、人間であるからには意思があるからです。 その意思を操ることはとても難しいし、操るのではなく自分から動いてもらうのはさらに難しい。 例えば、勉強ひとつとってもそうですね。 がんばれば、成績は上がる。 誰でも知っていることなのに、努力しない子もいる。 それは、がんばれないからです。 理由はさまざまですね。 生まれつきつらいことがいやな子や、どれだけ努力すればわからないから動かない子、努力に見合った成績が手に入らないからやらない子。 では、どうやってやる気にさせればいいのか? そこで必要になるのが人間的魅力なのです。 別にイケメンでスポーツ万能、頭脳明晰でなくてもいいんです。 絶世の美女でナイスボディ、教え方も知識も抜群、でなくともいいんです。 モテなくてもいいし、好かれなくてもいい。 教師に必要な人間的魅力とはただひとつ。 「どれだけ、その子のために何かをしてあげられるか」 これにつきると私は思います。 私は別に正義と熱血の人ではないので、金八先生やGTOがいいとはいいません。 生徒を前にしてその子のために何が必要かをまじめに考え、嫌われてもいいから生徒にありのままを伝える。 これだけでいいのではないかと。 1クラス40人の生徒を預かる担任の先生は、全員を見守ってあげなければいけません。 きれいごとでは運営は難しいでしょうし、全員のことを考えてあげれる時間はないかもしれません。 それでも私は、そうしてあげることが先生の持てる最大の魅力ではないのか?と思っています。 昨今の学校では、教師の雑用が増えてとても生徒にまで気が回らないような状況になっているのは知っています。 これは、公立も私立も変わらないようです。 教師とて人間、生活もあるし自分の人生も家族もある。 生徒にすべてをかけることなどできないでしょう。 それでも、生徒をしっかりと見据えましょう。 また、学校の管理職の方々は、先生方が生徒と向き合えるような環境を作ってあげなければいけません。 どんなに仕事の処理能力が高くても、他の仕事を割り当てられたら生徒さんと向き合う時間が少なくなる。 それを「プロなんだからなんとかしろ!」などとは言えないはず。 卒業生が笑ってたずねてきてくれる先生。 壁にぶち当たったとき、生徒が必ず思い浮かべる先生。 魅力のある先生とは、そういう人のことではないでしょうか? 卒業生が毎日遊びにきてくれる学校は、急に生徒数が伸びることはないかわりに、絶対入学生が減少しません。 まずはそういう先生方を育てあげること。 それが学校の教師力をあげることだと私は思います。 |

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