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私立高校の落陽 前編

 2011年度に大阪府で私立高校授業料無償化制度が開始されて以来、大阪府の私学さんは我が世の春をうたってこられました。
それは当たり前で、「公立も私立も無料、好きなほうを選びなさい。」と言われたら、たいていは私学さんの方へ行くでしょう。
なぜなら、大阪の人たちは値段が高いほど値打ちがあると思っているからです。
そのおかげで私学高校は史上最高数の在校生を獲得することとなり、ほとんどすべての学校さんが新校舎を建設することとなりました。

 しかし、当初より「5年もすれば無償化制度の財源がなくなる」といわれていたように、大阪府の財源はもう限界です。
そこで、公務員の給料の削減や高齢者医療と福祉の削減以外にも、無償化制度の厳格化(収入によっては補助されない)などにより、すこしずつ無償化にも陰りが見えてきました。

 そしてもう一つ、公立高校のブランド力を上げるため、無償化と時を同じくして文理科が設立されたことも私学の勢いを衰えさせた一因でしょう。
最初は無償化に飛びついたご父兄たちも、決してバカではありません。
無償無償といいながら、制服代や教科書代、修学旅行費などの授業料以外の出費が私学の場合は大きいことも次第に浸透し始めました。

 また私学の中には、授業料以外に「年間教材費」と称して10万円以上の金銭を収めさせ、使わない分は年末に返すという「無利子の資金」を作り出すグレーな私学も出現し始めました。
放課後補習代、特別講習代、合宿学習代…
理由を付けようと思えばいくらでもつけることができる教材費に目を付け、枠外費用を要求し続けたことは、私学の経営そのものに打撃を与えることになりました。
これに反発する父兄の数が次第に増えていき、「やっぱり公立へ」という流れを作ってしまったからです。

 私見ですが、校外模試も含めて、補修や講習・勉強合宿の費用は授業料に含めるべきです。
英検などの受験料も同じ。
なので、決められた授業料以外に費用を請求する今の私学の在り方は、法律違反であるとも私は思っています。
(クラブ費、PTA費、雑費、修学旅行費は別です。あれは自由意志ですから。)

 このように、自らの行為(全部の学校さんではないものの)で次第に人気を落とし始めた私学は、次第に入学者が減りつつあるのです。

 「そんなことを言っても、半分以上の私学が定員以上の生徒を集めているじゃないか!」
そうおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。
しかしそれは、すでに砂上の楼蘭なのです。

 その証拠一つお示ししましょう。
今年度の大阪府の私学さんで、一番定員数を超過した学校さんでは、なんと241名の入学生超過がありました。
募集定員が440名ですから、155%の入学生があったわけです。
しかし、私はそれほどすごい数字だったとは思いません。
なぜなら、入試にはいくつかの数値があり、その中でも特に超過率などはその年だけのものだと私は考えているからです。

 この学校さんを別の数値から見てみましょう
私は各学校さんのデータをいくつかの数値に置き換えています。
そのデータ数値の一つに、「募集専願率」があります。
募集専願率とは、専願者を募集定員で割った数で、募集のうちの何%が専願受験者で埋まったかを示す数値なのです。
この学校さんの場合、募集定員が440名で専願者が404名でしたから、募集専願率は92%。
この数値は私学さんの中ではベスト10にも入っていません。
つまり、たまたま戻り率がよかったから入学者が増えたという判断をせざるを得ないわけです。

 この募集専願率が低い学校さんは、これからどんどん入学者の確保が厳しくなってくると思います。
特に無償化制度がなくなれば、併願者は公立になんとしてでも行こうとするでしょうから、戻り率が激減する。
つまり、募集専願率がそのままその学校の潜在的人気に直結しているわけですね。

 はっきり言いますと、私は70%のラインで私学さんを分けています。
100%以上の私学高校さんは無償化がなくなっても安泰で、80%以上あれば努力次第で楽に維持できる。
70%がボーダーラインでよほどの努力をしないと厳しくなる。
70%未満は、数年で学校として維持できなくなってくるだろうと。
当然この数値を使って教育相談でも説明しておりますし、他の塾さんも似たような進路指導をされているだろうと確信しております。
(まあ、この数値だけで判断しているわけではないですが)

 今、私学への人気は頂上を超えました。
ここからは次第に下がっていき、2020年以降にはいきなり下がると私は読んでいます。
その推移と論拠については、後編にて述べましょう。
高校入試が始まる前に、少しお話しておきたいことがあるんです。
それは、大阪府がここ数年行っている教育改革についてです。
私学助成金以外、維新の会(というよりは橋下氏と中原氏)が行った教育改革は、どれも思ったほどの効果を上げていません。
そのいくつかを具体的にあげ、なにが悪かったかを検証しようと思います。
もちろん、私の独断と偏見を交えた意見ですから、ご意見ご批判いつでも大歓迎です。
 
 大阪の行っている教育改革に、「英語教育の見直し」というものがあります。
これは、小学生から英語に慣れ親しませ、中高の6年間勉強しても英会話さえ満足にできない今の英語教育を見直そうというものなのです。
これについては、方針を打ち出したのが文部省(つまり国・政府)であるため、大阪府・市が独断的に行った改革とは言えません。
しかし、この件についても大阪府らしい甘い改革路線が目立っているのです。

 大阪府にインターナショナルバカロレア校を作ろうとする動きがあることは以前に申し上げました。
国際的リーダーを作り上げるべく、他国の高校と交流できる学校を作り上げる。
とてもいいことだと思いますし、完成すれば外国語の授業に好影響を与えるだろうと私も思っています。
そこで、大阪府はこれらの制度に対応する教員を集めるべく、スーパー・イングリッシュ・ティーチャーなる採用制度を作りました。
このことは私学さんや塾さんの中でも知っておられる方は少ないでしょうね。
そして、中原教育長の説明がこれです。


 原文をそのままお読みになっていただければわかりますが、制度的には先進的で、なぜ今までにこの制度を作らなかったのか?というくらいいいものだと思います。
ところが、ここからが大阪府(というか橋下氏と中原氏)の甘いところ。
こちらに平成27年度のスーパー・イングリッシュ・ティーチャーの合格発表がありますので、ご覧になった方が話が早いと思います。


 たった4人雇ったくらいで、何の役に立つ?
そう思われた方がほとんどではないでしょうか。
26年度の大阪府の中学生人口は約24万人。
これも大阪府のオフィシャルページに乗っている数字です。
その24万人をたった4人の先生がなんとかできると思いますか?

 資金の面や準備期間などの問題があることは重々承知しているのですが、このスピードで改革を進めていっても21世紀中に英語教育を改革することなどできないと私は考えてしまいます。
もっと根本的な授業の形態の変更などを話し合うべきだろうと。

 英語教育については、公立だけではなく私学さんもまだまだ不十分だと私は考えています。
なぜなら、英語教育を入試面からしか考慮せず、会話や将来の必要性からアプローチしている私学さんがほとんどないからです。
結局単語や連語の暗記、長文読解の練習など、英語で話せるようになるとは思えない暗記教育ばかりが残ってしまうと。

 短期間外国留学を行っていらっしゃる私学さんもありますが、失礼ながらその程度で英語が話せるようになるとは到底思えません。
ならば、その短期留学を開始点として、そこからどのような英会話教育を進めていくのか。
これをきちんと構築しない限り、「うちは英語を詳しく教える学校です。」とは言えないだろうと。

 長期留学で完全に話せるように指導する私学さんもあります。
学校さんの長年の努力でそこまでの教育システムを作り上げたことは、とても素晴らしいと私は思うのですが、それでも不満点はあるのです。
それは、「英語がペラペラになった生徒さん達が、将来その英語を役立てることができているのか?」ということです。
確かに英語を話せることは、同年代の他者に対して大きなアドバンテージになります。
しかし、そのスキルが大学入試にしか使えないのなら、多額の費用と1年の期間はほとんど無駄だったのではないかと私などは思うのです。
なぜなら、留学なしで同じ大学に合格する子もいるからです。

 公立・私立とは関係なく、英語を会話できるまで教えるからには、将来それを役立てることができるような道をちゃんと生徒に示してあげる。
そして、多くの生徒がその将来像に興味を持ち、夢を抱き、努力するような環境を作ってあげる。
これこそが英語教育の改革だと思うのです。
いかがでしょうか?
 しばらく間があいてしまいました。
読者の皆さんはその事情をご存じだと思いますので、あえて申し上げませんが。(笑)
 
 中学入試が終わったところで、少しお話しておきたいことがあるんです。
それは、大阪府がここ数年行っている教育改革についてです。
私学助成金以外、維新の会(というよりは橋下氏と中原氏)が行った教育改革は、どれも思ったほどの効果を上げていません。
そのいくつかを具体的にあげ、なにが悪かったかを検証しようと思います。
もちろん、私の独断と偏見を交えた意見ですから、ご意見ご批判いつでも大歓迎です。
 
 大阪の行った教育改革に、「食育の見直し」というものがあります。
これは、小学生が給食を残していたり、中学生が朝ごはんを抜いていたりすることが多いので、教育の立場から食を指導しようというものです。
とてもいいことだと思います。
ところが、いつも言っていることなんですが、いまの大阪が行う教育改革は「総論賛成、各論反対」のものが多いんでですよ。
この食育の見直しもその一つです。
 
 中学1年生のお子様をお持ちのご父兄はご存じでしょうが、去年4月より市立中1年生を対象に仕出し弁当を配る方式での給食が始まりました。
これは、国内最低だった大阪府内の公立中給食実施率を改善しようと、橋下徹市長が府知事時代から掲げていた肝煎り政策なんです。
とてもいいことです。
しかし、まだ1年を終えないうちから批判が集中しています。
なぜなら、7割以上の生徒が食べ残しているからなんです。
 
 理由は様々ありますが、いちばん多い理由は「おかずが冷たくておいしくないから」。
嫌いなものが入っているからではないんですよ。
このことについて質問された橋元氏は、深く考えもせずにすぐにこうおっしゃいました。
 
「ふりかけでも使えばいいんじゃないのか?」
 
これが今の大阪の教育改革のいちばんのいけないところです。
 
 改革というのは、確かにスピード感が必要です。
何年もかけて変化していっても、世間はそれを改革ではなく変化ととらえるからです。
だから、自分のアイディアをそのまますぐに口から出すこともたまには必要かもしれません。
しかし、アイディアというものには、必ずメリットとデメリットがあるんです。
そこえをきちんと話し合い、考えを出し合って、熟成させて初めてアイディアはものになると思うんですよ。
一人で長いこと考えていてもダメ。
すぐにやってみるのもダメ。
話し合いの末にいちばんいいものを作り上げるのが民主主義のいいところだと私は思っています。
 
 今回のこの「冷たいおかず」批判も、最初から各中学校に保温機などを備え付けておけば何の問題もなかったはずです。
しかし、急に実施が決まったものだから、業者の選定・決定に時間がとられすぎて、肝心の実施後の問題点については全く話し合うことができなかった。
ふりかけがあるなしの話ではないんですよ。
 
 クローズアップされたばかりの橋下氏には、大勢のブレーンがいらっしゃいました。
しかし、重なる失態と独断専行のため、その半分が彼のもとを去ったと新聞では報じられていました。
その頭脳集団の減少が、いまの橋下氏の詰めの甘さにつながっているのではないかと私は考えています。
 
 勘違いしないでください。
ただ批判しているわけではないんですよ。
問題点を指摘し、こうすべきだという代案を提示し、みなさんに考えてほしいとお願いしているだけなんです。
などと言い訳を書いている時点で、私の表現の自由はかなり制限されるようになったなと思いますが。(苦笑)
 
 食育は大切です。
大阪の私学さんでも、朝食の提供や栄養バランスを考えたおいしいデイランチの提供など、食事の面からのアピールが増えてきました。
今や普通の食堂運営しかしていない私学さんは人気も下がり気味になっているようにも思います。
しかし、衣食住と言われる人間の必要3要素には必ず各人の好みがあるので、統一するのはなかなか難しいと思うんです。
ならばどうするか。
選択肢を増やすのか、それとも最大公約数を正解として提供するのか。
大阪の公立校だけではなく、私学さんの手腕も問われる問題だと思います。
 教師の能力はどのようなものが必要なのでしょうか?
 
 教師にもさまざまな区分があります。
科目別、校務分掌別、養護教員、保険教員、補助科目教員など。
そこで、今回は教師の所属する立場・環境による必要な能力の違いを書いていこうと思います。
 
今回は高校教師、暗記系教師についてです。
 
 ここでいう暗記系教師とは、理科第二分野系(つまり生物と地学)と社会の教師のことを指します。
暗記系科目の教師は、学校ではあまり重要視されません。
その理由としてはいくつかあるのですが、この2つが一番大きいと思われます。
「暗記は自分だけでもできるので、学校の授業は退屈なだけだから。」
「入試科目として不必要な場合もあるから、役に立たない生徒にとっては時間の無駄でしかない。」
うちの生徒さんに聞いても、この2つが圧倒的に多いですね。
 
 では、本当に暗記系の授業が無駄なのでしょうか?
生徒に暗記させる授業は不可能なのでしょうか?
私の答えは、半分YESで半分NOです。
 
 どの部分がNOかというと、暗記系科目の教師の一般的な教え方の部分がNOだと思うのです。
学校の授業の進め方は「黒板に板書」が一般的です。
暗記系科目の場合、他の科目の2倍の板書を行います。
当然書き写すのに時間がかかりますし、覚えるのにはもっと時間がかかります。
それなら、授業の時間を使って教科書の丸暗記をしている方がましというものです。
ここはNOですね。
指導力の低い教師ほど、板書量は多いようですね。
高い教師でも、ノート分をプリントにして配布するのが限界で、工夫できている先生は少ないと思います。
 
では、どの部分がYESなのでしょうか?
 
 私が高校生だった頃、日本史の先生に超絶スーパーグレートティーチャーがいらっしゃいました。
その先生は、授業の初めに教科書を開くなどしません。
もちろん、生徒に読ませることも。
その先生の授業の進め方は、いつもこんな風です。
 
「昨日の相撲見ましたか?
いやぁ、横綱の優勝見事でしたね!
あれだけの体格があったら、横綱相撲も楽でしょうね!
横綱といえば、相撲取りの体格には雲竜型と不知火型があるのを知ってますか?
どちらも江戸時代に実在したおすもうさんの名で…」
 
 と雑談から入ってくるんです。
(ちなみに溺死体をどざえもんと呼ぶのもこのころの力士の名前から、とこのときの授業で聞きました。)
ところが、気がつくとその相撲取りの名前が、江戸の町の街並みの話になり、上下水道が完備されていた話になり、五街道の話や廻船の話、当時の特産物の話にまでおよびます。
気がつけば教科書を開いていて、すでに5ページ分くらいの説明が終わってしまってるんですよ。
私はその先生に教わっている間は、日本史は100点しか取りませんでした。
クラス平均が90点だったのも驚きでした。
 
 そう、この「生徒に興味を持たせ、暗記を苦痛でないようにする」ことこそ、暗記科目の教師の存在理由ではないかと。
覚えさせる授業ではなく、生徒に興味を持たせる授業を行うことが至上命令ではないかと私は考えています。
そして、少数ではあっても、興味を持ってくれる生徒さんが出てきてくれれば、暗記系教師の役割は果たせたと。
 
 だからといって、冗談話ばかりしていては授業も進まないし暗記に対する興味も生まれません。
しかし、板書ばかりの授業で生徒の能率が上がるわけもありません。
つまりは、古典落語と同じく、綿密に計算しつくされた授業の進め方で、面白くないはずの暗記系の内容を生徒にとって興味のあるものへと変えるのが、暗記系教師の使命であると。
 
 よく「勉強は努力するのが当たり前だし、授業が面白くないからといって覚えないのは怠慢だ。」とおっしゃる暗記系の先生がいらっしゃいますが、その論理だと「面白くない授業は時間の無駄だから、授業を無視して一生懸命必要な知識を覚えていった方がよい。」ということになるはずです。
まあ、だからこそ暗記系の授業コマ数が減らされるんでしょうけど。
 
 暗記系教師の皆さん。
暗記系授業は無駄なものではありません。
暗記系科目こそ、授業を通じてその面白さを生徒に伝えるべきなんです。
10年1日のような授業を行わず、常に工夫して生徒さん達の目を教える科目へと向けましょう。
それこそが、暗記系教師の生きる道だと思います。
 教師の能力はどのようなものが必要なのでしょうか?
 
 教師にもさまざまな区分があります。
科目別、校務分掌別、養護教員、保険教員、補助科目教員など。
そこで、今回は教師の所属する立場・環境による必要な能力の違いを書いていこうと思います。
 
今回は高校教師、理論系教師についてです。
 
 ここでいう理論系教師とは、理科第一分野系(つまり科学と物理)と数学の教師のことを指します。
そして理論系教師には、絶対必要な能力が一つあります。
それは、「会話力」です。
「説明力」といってもいいかもしれません。
 
 もともと理論系科目は、必ず元になる公式や理論があります。
これらは暗記するしかなく、その使い方は計算練習を繰り返すしか熟練できる道はありません。
ところが、ここに大きな落とし穴があるのです。
理論系とは、言いかえれば理解系。
「どうしてそうなるのか。」という大前提をしっかりと理解していなければ、公式などを使う時にも間違った使い方をしてしまったり、類似の公式のどちらを使えばいいのかが分からなかったりすることがあるからです。
 
 例をあげてみましょう。
方程式の計算方法を教えるとき、未熟な教師はこのように教えます。
 
    x+3=7
    x  =7−3
 「このプラス3が、イコールの反対に行くとマイナス3になるんだ。
  これを移項というんだよ。」と。
 
間違いではありません。
しかし、どうして符号が逆になるのか?
これが分かっていないと、引き算や掛け算の時には分からなくなってしまうのです。
ここで良い教師は1行加えて説明します。
 
    x+3=7
  x+3−3=7−3  
    x  =7−3
 「右辺と左辺が等しいというのは、天秤がつりあっているということ。
  だったら、つりあった天秤の両方に同じ数を足したり引いたりして
  つりあうはず。
  この場合はじゃまな[+3]を消したいから、
  [−3]を両方に書き足そう。
  そうすれば反対側に[−3]だけが残る。
  つまり、必ず逆の符号が反対に残るんだよ。」と。
 
このしくみが理解できれば、加減乗除どんな計算であっても反対側に逆の符号が出現することを理解できるわけです。
これ以降、計算ミスをすることはないでしょうね。
 
 しかし、原理は簡単でも、それを生徒に伝える会話力や伝達力がなければ、生徒はいつまでも理解できません。
すなわち、理論系の教師こそ語学系の教師よりも会話や言語・論理に秀でていなければならないわけです。
日本では、理論系の学生は一心不乱にその理論を詰め込みます。
理解しているかどうかは問わず、とにかく使い方に熟達するわけです。
その結果、理論の理解は二の次になり、さらにそのしくみを他者に伝える能力は三の次、四の次になってしまっているのです。
これでは教えられている生徒さんたちの能力・学力が伸びるはずはありません。
 
 理系科目の得点を上げたいのであれば、まず説明の上手な先生を探しましょう。
これは、生徒さんでも学校さんでも同じです。
話もできない理系教師は、生徒の学力指導などできません。
いわんや、担任業務やクラブ顧問などは論外です。
もし自分の理系科目の得点(学校であれば、自校の生徒さんたちの理系科目の校外模試の偏差値)をあげたいのであれば、説明の上手な先生を手に入れる。
これで間違いないと私は思います。

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