ロン、グル、ポッポの日々是好日

犬・猫の決定的瞬間に遭遇したい。草の花、木の花の移ろう姿を記録したい。

2011・3・11 東日本大震災

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2011年3月11日
東日本大震災を忘れない日
 
あれから3年
 
💝   💝
 
2014年3月11日 鹿児島の夜明け前です
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黒い帯の様な物は、上の画像の噴火の一つ前に噴いた噴煙が
漂っているところです。
 
右の大きな船は、海上保安庁の巡視船「あかいし」
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釣り状況
 
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今日は完全なる坊主
雑魚1匹釣れませんでした。
 
夜明け前の6時頃から、この時間で9時
また、帰りにスーパーに寄って、何か猫の為の魚を
見繕わなければなりません。
 
連続3日、スーパーで魚釣り。
 
 
退屈の余り、護岸でうたた寝を決め込む{エル}
落ちるなよ!
 
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何でこんなになっちゃったんだろね、、、
 
{グル}と揃って、《太りっこ競争》でもしてるのか
 
此れじゃまるでトドだ・・・・
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イヤ・・ソノ・・ナニ・・
男っぷりが下がるから、眉間に皺を寄せるなって事!
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船溜まりの野良猫
 
💝
 
{シロ}ちゃんと、どうやら相方であるらしき雌猫との睦まじい
日向ぼっこ。
 
{シロ}は、私に慣れていますので、梳き櫛で丹念に毛を梳いてやりましたが
毛の中はとても綺麗で、蚤が居るようではありませんでした。
 
雌猫の方は、触らせませんので毛の手入れは出来ませんが
{シロ}に蚤が居ないなら、今のところは大丈夫でしょう。
 
この子達は、野良ハウスとは別の所の野良です。
 
個人用魚船の、船溜まりを縄張りにしている猫で
主には、小さな漁船の持ち主の、特定のおじさんから
沖で獲れた魚の中で、商売にならない不要な魚を貰って
暮らしている野良です。
 
この船溜まりの近くで、釣りをしていますから、釣れた魚を始末していると
やって来て、投げてくれるのを待っています。
 
カラスや、トンビや、蒼鷺とも喧嘩友達です。
 
漁船は毎日では無し、さらに私達も不漁となると、この子達は悲惨です。
 
まぁ、、、色々と事情があるわけです。。
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{シロ}!
「お前、、それしか芸が無いのか !!」 と、声をかけたら
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少し体位を変えました。
 
アクロバット・パフォーマンス(有り触れ
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憂い無く、伸びやかに、日差しを浴びていられる事の幸せを
思わずには居られない
 
《3月11日 祈りの日》です
 
 
 
 
なり
 
 
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   人は強い   
 よくぞ此の嘆きに耐えられる 
     そんな思いの     
  あれから1年の報道写真に目が潤む  
 
新聞紙上にあふれる、それぞれの立場の追悼の模様に
こみ上げるものを禁じ得ない、切ない思いの1日でした。
あの日もこんなに寒かったのだろうか。
今日の、また冬に戻ってしまったかの様な寒さに震えながら
雪も残る東北の地で、悲しみに歯をくいしばる人々の辛さが
身に染み込んで来ました。
他に何も書き様が無い。。。。そんな思いが堂々巡りし
時間ばかりが、いたずらに過ぎて行く、、、、
 
悲しみに共感を寄せたい日。

 
 
 
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又愛犬{エル}は、短時間ではありましたが
仲良しプードル兄弟と会えて、怒涛の様な興奮の
全力疾走を繰り広げました。
こんな様子を見ると、心も和やかになります。
 
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注目

  鹿児島・桜島が噴火=入山規制範囲を拡大―気象庁

12日午後3時7分ごろ、鹿児島・桜島の昭和火口し
大きな噴石が2合目まで飛んだ。
気象庁は、さらに広い範囲に噴石が飛ぶ可能性があるとして、
れまで火口から約2キロだった入山規制の範囲を
約2.5キロに拡大した。噴火警戒レベルは3を継続させた。

(下の写真は本日の物ではありませんが、今日午前中に、これとそっくりな噴煙を見ました)
鹿児島も、そぞろ胸騒ぎの材料を抱えています
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なり
 
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蝶が舞うべき春に、枯葉が舞うような
復興にはまだ遠い、先の見えない震災後1年の今
 
あれから1年、私自身は何をして来ただろう。
何かと物思いにふけり、心重い1日。
阿鼻叫喚の東北に、日本中が、いや世界が騒然となった日。
永々と続けられる支援に、それでもなお完全復興は見えない。
私の思いは
日常の生活に埋没して、寄せる思いは薄れて行っている
のではないかと、そんな事を反省させられる日でした。
 
義援金での支援も、自動的に引き落とされる継続での
手続きをしていましたが、それも終了したようで
又改めて、何かの方法で手続きをし直そうと思っているところです。
 
思いついた時に払い込む、というのでは、私の様なずぼらな人間は
億劫になり、疎遠になってゆく恐れがありますので、強制的に
いつの間にか、わずかな金額でも毎月支援を続けているという
満足感も与えてくれる自動引落しにしていました。
 
思えば、日常の買い物も殆ど亭主任せで、スーパーやかれこれに
足を運ぶ事の極端に少ない私は、つり銭を義援箱に入れる事も
つい忘れがちになっています。
 
改めて、復興の様子を知らせる写真集を見て
未だこんな状態。。。と思える地域も多い画像に、胸潰れる思いです。
 
人の心は儚い。
飽きるほど聞かされる「絆」と言う言葉にも、反応が鈍くなりがちな今。
だからこそ、毎日の生活を普通に暮らしていながら
その事が自然と復興の支援に結びついている、そんなな仕組みに
取り組んでいる業種に、目配りをしながら暮らしてゆきたい。
 
 
元気に暮らしていること。
取りも直さず、それが支援に成る。そんな取り組みに注目したいです。
 
動物たちへの支援もと、小さく強く願いながら。
せめて、早く暖かい春が訪れて欲しい。
1番に東北へ

 
 
 
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なりさん家の 生き物
 
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人も動物も、みんな平等に、幸せに
 
 
 
なり
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 憚られて 
どんなに思いを廻らしていても口に出来にくい
  人以外の、被災した生き物・動物達のこと 
 
特に悲惨なのが、放射能に汚染されたために
立ち入りが禁止されている地区で、放置され彷徨う者達です。
 
今日は胸を衝かれて、予定していた記事が書けません。
新聞に掲載された、悲しむべき記事を書き写してみました。
動物に、已むに已まれぬ愛情を抱くあなたと、思いを共にしたくて
 
 
朝日新聞朝刊4月15日付け
  【天声人語】より  
 
亡き主人を迎えに渋谷駅に通う秋田犬の悲話を、
「いとしや老犬物語」と伝えたのは手前みそながら本紙だった。
昭和のはじめ、忠犬ハチ公の誕生だ。
死因は寄生虫とされるが、がんも患っていたという。
精勤10年。
病身の忠誠はこの動物の才を語る。
 
▲ 生前に銅像が建ったハチほどではないが、
この震災でも「奇跡の犬」が生まれた。
沖に流された屋根の上から、3週間ぶりに救われたバン。
飼い主と再会し、ちぎれんばかりに尻尾を振る姿に、
「家族の絆」を思った。
 
 何匹、何頭が津波にのまれただろう。
人の生死と同列には語れないけれど、
ともに生きた何人目かの家族である。
愛犬を助けに戻って濁流に消えた人、
家畜の世話のために避難を拒む人もいる。
 
▲ やせこけ、放射能の中をさまよう犬や牛馬の姿に
啄木が詠んだ光景の貴さをかみしめる。
 
路傍に犬ながながと欠伸しぬ われも真似しぬうらやましさに
 
屈託のない犬と、あやかりたいと眺める歌人。
今にしてみれば、夢のような退屈である
 
 生かされたペットには、仕事がある。
愛する人の不在は埋められないが、小さな命は生きがいとなる。
無垢に和み、食べさせ寝かせ、頼られることを支えに、
再生への長旅に踏み出す方もおられよう。
 
▲ 「あなたは一人じゃない」と言った励ましが、世界中から寄せられている。
絶望の闇を抜け、この言葉の深さを誰かと確かめ合う日々が、
被災者に訪れることを願う。
その時あなたに寄り添うのは、一人ではなく一匹かもしれない。
 
 
 
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濁流にさらわれた者・瓦礫の下敷きになって命を失った者
奇跡的に発見され、命ながらえた者
しかし
生きているのがわかっているのに、手を差し伸べて貰えず
餓死寸前に有るペットだった者・家畜として飼われていた者たち
これらの者達は放射能のせいです
 
立ち入らせない、と言うのなら 
 
東電の偉い人達!防護服を着て救いに行って!
少なくとも食料を、水を運んでやって下さい!
 
これ以上の悲しみを増やさないで 
 
 
 
なり
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早朝のラジオから 
 天使の歌声が流れてきました 
 
平成7年(1995年)1月17日午前6時頃
阪神淡路大震災 が起こった日から、暫くの後
 
当時、小学校にお勤めだった{臼井先生}が
 瓦礫の街と化した神戸の街を見て
「故郷が消えて無くなる・・」そんな思いに囚われた中で
「元の姿に戻さなければ」の強い思いに駆られて
作詩・作曲された曲だと言う事です。
 
 
東北の被災者の皆様に、少しでも慰めになればと
この歌を載せてみました 
 
 
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しあわせ 運べるように 
 
 
 【神戸の街は傷ついただけなんだ!死んではいない!】 
 
楽譜の添え書きには、そんな文字も記されてあるそうです。
 
「神戸」の文字を「東北」とか、ご自身の町の名に、それぞれに変えて
自らを励ます歌として口づさんでみられたら、少しだけでも
頑張る気力が増えないかな、、、と思いました。
 
 
 
 
しあわせ 運べるように 
作詞・作曲 臼井 真
 
地震にも負けない 強い心を持って
亡くなった方々の分も 毎日を大切に生きてゆこう
傷付いた神戸を 元の姿にもどそう
支え合う心と 明日への希望を胸に
 
響き渡れ ぼくたちの歌
生まれ変わる神戸のまちに 届けたいわたしたちの歌
しあわせ運べるように
 
 
地震にも負けない 強い絆をつくり
亡くなった方々の分も 毎日を大切に生きてゆこう
傷付いた神戸を 元の姿にもどそう
優しい春の光のような 未来を夢み
 
響き渡れ ぼくたちの歌
生まれ変わる神戸のまちに 届けたいわたしたちの歌
しあわせ運べるように
届けたい わたしたちの歌
しあわせ運べるように
 
 
地震から10年 苦しい事ものりこえ
当たり前のようにすぎていく 毎日を大切に生きてゆこう
これからの神戸を 僕たちが支えてゆこう
次は僕たちが支えて行く 神戸の街を
 
響き渡れ ぼくたちの歌
生まれ変わる神戸の街に 届けたいわたしたちの歌
しあわせ運べるように
届けたい わたしたちの歌
しあわせ運べるように
 
 
 
 
阪神淡路の震災は、午前6時頃に起こりました。
まだ多くの家庭が、家族が、一つ屋根の下に居る時間です。
 
でも
 
東日本大震災が起こったのは、午後3時頃。
この時間が、家族をばらばらの場所で被災させる事になってしまい
被害は、より悲惨な事になったと思われます。
 
「震災孤児」と言う言葉が出るほど、多くの子供たちが
親に会えないまま、一人ぼっちになっています。
 
地震・巨大津波・放射能
 
何故、これほどまでの仕打ちを、と思います。
何事も無く暮らせている自分の幸せを、出来るだけ沢山
出来るだけ息長く、届けられる様、日々の暮らしを見つめ直します。
 
蛇足ですが、1月17日は主人の誕生日ですので
決して、忘れる事はありません。
 

 
イメージ 3
 
なり
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