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2009年にアメリカのオークションサイトで入手できた珍しい写真があります。
その写真には青森から函館へ向かう米軍艦艇から撮影された傭船「暁南丸」が写されていました。

イメージ 1

写真の余白には、津軽海峡の日本兵輸送 於1944年 9月 と記されていますが、これは明らかに1945年(昭和20年)の間違いです。

暁南丸は昭和20年8月21日に青函航路に到着して、同月26日から船側に白十字標識を付して第七青函丸、樺太丸と協働で航送業務を開始しています。 そして傭船解除が同年12月28日ですから、僅か4ヶ月余りという就役期間でした。

終戦直後の混乱する状況下では、一般渡航者が容易にカメラで船舶を撮影できる筈も無いですし、青函局とて傭船記録は出来ても船形写真など撮ることも無かったでしょう。 唯一出来たのは、津軽海峡を往来する占領国軍の将兵のみと言った中、この写真も函館へ渡る駆逐艦の乗組員が撮影したものと解説されていました。

それでは暁南丸がどのような姿で復員輸送に当たったか、同倍率に拡大したものを見ていきたいと思います。

イメージ 2
ヨット船形の特徴を示す船首には暁南丸の船名表記が確かに有ります。 復員する日本軍将兵が満載鈴なりで船内にも同じ数、それ以上が居るとなると、この輸送だけでおよそ2000人強が乗船している計算になります。

イメージ 3
ブリッジからキャビンにかけては比較的、人の数が少ないように見えるのは将校などメスクラスが乗船する区画だからでしょうか。 船腹に大きく描かれた白十字が復員および特殊輸送に従事することを示しています。

イメージ 4
ファンネルにも白十字が掲げられますが、これにはネオンあるいは照明による電光投影で他船へ復員輸送を示しますが、写真ではネオン管が取り付けられているようにも見えます。救命ボートは乗組員の数程度しか無いなかで遥かに多い将兵を運べるのも終戦を迎えて攻撃が止んだことを証明していますね。

イメージ 5
写真中央に写る仁王立ちする人物の腰には帯革が巻まかれていて明らかに日本陸軍兵士といった感じです。 この写真を見る限り暁南丸と駆逐艦の距離は約100メートルと言ったところでしょうか。 撮った駆逐艦の側から俯瞰しているのが分りますが、暁南丸が僅かに左舷側に傾いているように見えるのは米軍艦を見ようと船上の将兵が左舷側に寄ったからでしょうか。 

イメージ 6
船尾にも将兵が満載です。 旗竿にあるべき国籍旗は有りません。 無条件降伏した敗戦国として一切の権利を剥奪された状態で武装を解いた兵士を運ぶ傭船・暁南丸の悲しい現実を捉えている写真でもあります。

イメージ 7
マストには信号旗など一切の標識が無いのが異常に思える状況で青函航路を往復するのは傭船側にとっても決して気の抜けない事象の連続だったことでしょう。 この写真からは、そうした緊張感が漂ってきますが、船上の兵士たちの安堵した雰囲気も同時に感じられるのが不思議です。


終戦直後から1年は国内の一般人が悠長にカメラを持って写真撮影など出来る状態にありませんでした。撮れたのは進駐してきた占領国軍の将兵のみです。その彼らが撮った写真の中に埋もれた歴史が有ると思うと、そのまま朽ち果てる前に歴史的な史料となるG.I.撮影の写真を提供して欲しいと常々思っています。

歴史的な史料となるこの写真は、青函連絡船記念館・摩周丸の歴代就航船の船影写真の一枚に選ばれ船内で展示されています。


  • 顔アイコン

    ロイズリストを調べれば判りますが、拝見した直感では、2500トンぐらいの元ベンラインの中国行き貨物船ではないかと思います。元はバウスプリットつきでした。

    [ kei*4*8620 ]

    2013/6/26(水) 午後 11:14

  • 顔アイコン

    kei*4*8620 様
    コメントありがとうございます。暁南丸については海外の艦船関連サイトに詳細が載っていて役に立ちました。そこによると諸元は以下の通りでした。

    Year : 1911
    Name : HIRONDELLE
    Type : Yacht
    Flag : FRA
    Tons : 1243
    Country of build : FRA
    Builder : Forges & Chantiers de la Méditerranée
    Location of yard : La Seyne sur Mer
    LPP : 67.2 m
    Beam : 11.0 m
    Number of
    screws/Mchy/
    Speed(kn) : 2T-16
    Owner as Completed : HRH The Prince of Monaco, Monaco
    1942 : GYONAN MARU
    1949 : ARGUS
    BU Philippines 1965

    規拿捕船の頭文字「暁」が船名にある辺り興味深く感じました。

    駅員

    2013/6/27(木) 午後 8:52

  • 顔アイコン

    貴重な写真だと思います。なにより復員する乗船者の姿!
    手を振るどころか睨めつけるような態度に見えます。
    もとより自国船であり相手に媚を売る必要もない!
    戦いは終われども緊張感はあったのでしょうね。
    願わくば当家縁の者も乗船して欲しかった。
    だがそれも叶わず! 今は靖国に鎮座してます。

    銀ぎつね

    2013/8/1(木) 午後 4:27

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