小説の習作

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(三十六)

「何処まで行かれるんですか?」

 駅長風の初老の男が言った。

 「別に、決めてませんが、」

 「行き先も決まってないのに乗ったの?」

 「・・・。」

 私は弁解をする気力も無かった。

 「身元が確かめられないなら警察を呼ぶことになるが。」

 蝉が鳴いていた。私の好きな蜩(ひぐらし)だ。

雨上がりの涼風に誘われて鳴いているのだろう。子供の頃、蝉

取りをしていて、取ることの出来ない蝉の一番だった。その次が

ミンミンゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミ。陽の強い日中は全く

鳴かないが、蝉取りをやめて家に帰った頃に嘲笑うかのように鳴

き始めて、いつも声は聴こえるが鳴いている姿を見たことの無い

「幻」の蝉だった。「いつか取ってやる」と思っていたある日の

早朝、祭りの準備で集会所へ行ったら、なんとその集会所の電灯

の下に無数の蜩(ひぐらし)が落ちていた。多くはまだ生きてい

て、手に取ると弱々しく例の声で悲しげに鳴いた。電灯の光に誘

われて飛んできて、壁に当たって地面に落ちたのだろう。蝉は平

らな地面に逆さに為ると起き上がれないのだ。私は嬉しさよりも

哀しさを覚えてしまって、落ちてる蝉を拾っては空へ放ってやっ

た。蝉は一生のほとんどを暗い土の中で費やして、求愛の為だけ

に地上に出て生殖を終えれば死に絶える。私は、祖母の「殺生す

るなぃ!」の意味がなんとなく解って、それからは蝉取りをやめ

た。

 蜩(ひぐらし)は、鳴きやんだ。静寂が深まった。

 一路線だけの駅の電車の来ない時間は静かだった。暇を持て余

した駅員にとって、私は格好の暇つぶしに違いなかった。

 「どうする?」

 駅長風が言った。私はついにあんなに嫌がっていたマスコミの

力を借りて、

 「私のこと、知りませんか?ほらっ、今日の新聞に載っている

 、ほらっ・・・。」

 「自殺」と言いかけて言えなかった。なんか自ら墓穴を掘る様

な気がした。すると一人の駅員が、私の正面から携帯のカメラで

私を撮った。私はそれどころじゃ無かったのでされるがままだっ

た。間違いなく彼らは、私のことに気付いていた。

 ついに、私は最も選びたくない手段を選ばざるを得なかった。

 東京で、金持ちと貧乏人の違いは何かと問われれば、金の有る

無しも然る事ながら、いざという時のその人脈の有無こそが決定

的だと思った。つまり、私には例の選択しか残されていなかった



 「今度は何っ?」

 女社長は「もう、いい加減にして」と言わんばかりに電話に出

た。私は、何回「すみません」と言ったか数えておけば、きっと

電話で「すみません」と謝った回数世界一でギネスが認めるに違

いないと思える程「すみません」を連発していた。

 結局、女社長に現金を振り込んでもらって、駅前の郵便局で引

き出して一件は落着した。

 帰りの電車の切符を買うときに、

 「グリーン車で!」

 と言ったら、駅員全員が笑っていた。



 

 


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