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人間は、「何の為」に生きているのだろう?
もし人間の祖先が猿に近い者だった時、そんな
ことを考えただろうか?もっと遡って、全ての
生命の源である様な生命体は、そんなことを頭
の片隅、そうだ、思考は頭でするとすれば、我
々の苦悩は我々の頭脳の進化に因ってもたらさ
れた。脳を持たない原始生物は、自らを問う術
もない。ただ生き延びようとする本能があるだ
けだ。
近代になって、個人主義だ個人の自由だ
と云うが、かつて人は自分だけが異なっている
と思う事は最大の恐怖で、今の人が考えられな
い程、生き延びる為に個性を持たない様に阻害
されない様に必死だった、とそんな風な事をニ
ーチェが書いていたが、「思考する」ことが命
を危うくすることに繋がることも在るのだろう
。「人生、不可解」って自殺した人もいたが。
「何の為」は、それが人の創ったものなら訳
なく説明がつくが、たとえば「山は何の為にあ
るか?」となると、もし仮に、それを意志した
主体があるとすれば、自ずと「神」が現れるこ
とになる。高校の時、疲れ果ててた私は先生に
、「何の為に生きるのか解からん」と云ったら
、その先生は「ワシもわからん」と云った。唯
一の尊敬する先生になった。
それからは、全ての事に意味がある訳ではな
いと思った。況してや、それが、「人間」だもの。
雪が降っている、ほら何の意味がある。
チェーホフ「桜の園」だっけ?
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