小説の習作

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有希子(8)

 「別れちゃった。」

 バッハの協奏曲が緩徐楽章から、最終楽章に

移って、「さあ、聴け。」とばかりに、激しく身を振る

弦楽奏者の姿が浮かんでくる音の調べに、

促されるように、彼女は言った。

 聞かされた私も、曲に促されるように何かが込み

上げてきて、しばらく身動きができなかった。

 閉店間近なのが、空席でわかった。

彼女は、ワインのグラスを取って、残りをいっきに

喉に流しこんだ。

 その首筋で、肌から透けて見える静脈の青と、

ワインで染まっていく皮膚の赤が、交じり合っ

た。長く伸びた首は、ひたすら上をめざす樹木

のようにまっすぐで、その繊細な縦の線に目を

奪われた。私の中で、かつての感情が蘇ってき

た。

有希子(7)

ほとんどデザインを変えただけの新製品の

売れ行きは、まずまずだったが、売れなくな

る前に、性能そのものを上げる為の会議が連

日続いた。普段の仕事が終わってから始める

為、帰る頃には時計の針が、ナイキのマーク

のようになっていた。

 「もう、誰もいません。」と守衛室に言っ

て、会社を出てしばらく歩くと、 

 「いつも、こんなに遅んですか?」と後ろ

から呼び止められた。有希子だった。

 澄みきった冬の寒さが、いらなくなったも

のを消し去り、在るものは鮮やかに際立たせ

、凍てつく大気に負けじと紅潮する頬は、た

まに会社で見る彼女とは違っていた。彼女の

背中には奇跡のような大きさの満月が、後光の

ように輝いていた。私は、思わず大きな息を飲

み込んだ。そしてその息を吐き出す勢いに合わ

せて言葉を発した。

「何しているの?」

夜の静けさに不釣合いな、大きな声だった。

 「ちょっとね...」「それよりご飯食べました?」

私は、昼から何も食べていなかった。

 「いいとこ知ってるから一緒にいきません?」

彼女は、驚いたことにタクシーまで止めていた

。告げた行き先は、男が独りで歩ける街じゃな

かった。彼女はモデルをやっていたんだ、と思

い出した。  

 店の名前は覚えてない。覚えようとしても、

カナが振って無いし、子音が重なったりして、

読めなかった。ただカナが振ってない店は高い

、って聞いたことがある。

有希子(6)

会社を支える主力製品の売り上げが、ここ

3ケ月下降しているので、モデル・チェンジ

することになり、彼がデザインを担当した。

彼の仕事振りは、目を見張るものがあった。

斬新すぎると言うと、その場で適切な処理を

行った。おかげで仕事はスムーズに進み、上

からのオーケーもでた。私は、彼とほぼ毎日

関わりあっている内に、彼の「異質」も、気

に為らなくなった。それどころか、毎日変わ

る彼のファッションが楽しみになり、ある時

は、着てみたりもした。

「やっぱ、似合わねーよ、その頭じゃ」

「虎刈りにしないと、やっぱりダメか?」

「この頭は、虎刈りじゃないって」

 「異質」は、淘汰されるばかりじゃなく、

閉塞した日常を破壊してくれることを知った

。ひと段落が着いたので、慰労の為に彼を、

食事に誘った。 私はもうその頃は、あるき

っかけで知り合た女と付き合っていたので、

有希子のことは気に無らなかった。むしろ彼

との親交の方が楽しみだった。

 レストランは一度ファッションチェックさ

れ、入れなかったと云うので和食の個室にし

た。8ツ年下だとわかった。有希子と同い年

だった。ひと通り業界の話で盛り上がり、世

代のギャップで盛り上がり、酒も進んで、私

が「お父さんは、何をされていたの?」と聞

いた時、彼の顔から、酒の力で勢いのついた

血の流れが、その一言で、一気に堰き止めら

れたのがわかった。私は、すぐに「別に、そ

んな話はどうでもいいや」と酒を勧めながら

取り繕ったが、彼はそれに、こだわった。

彼の父親は、かつては名の知れたグラフィ

ックデザイナーだった。しかし、彼がまだ小

学校へ上がらない内に,何も告げないで母が

彼を連れて家を出た。原因は父親の浮気だった

。母親の頑なな決意は、子供の彼にも伝わって

、父親のことを尋ねようとはしなかった。その

後、彼の父は二回結婚して、二回離婚した。母

の後の女とは、二人の女の子が出来た。美術

系の大学に入る時、初めて会った。父親が手

を廻していたことを知った。何か説教染みた

事を言われたが、耳にはいらなかった。

「ただ、許せなかった。」と、彼は言った。

有希子(5)

私が、余りにも視線を向けていたので、彼は

、怪訝そうに、二度ほど横に目を逸らした後、

まるで万引きが見つかった少年の様に、私を見

て頭を下げた。私は、ちょっと驚いて遅れて軽

く頷いた。すると、非常事態発生の時の地球防

衛隊員のように、ウルトラセブンは飛んできた。

 「今度ご一緒させて頂きます□□です。ご面

倒をお掛けしますが、どうぞよろしくお願い致

します。」と言って深々と頭を下げた。私は、

彼の後頭部から襟足にかけてのタテガミを暫く

観察した。

 私は、ベンチャーを志す若い者が、かつての

日本の企業道徳だとか慣習を、何のてらいもな

く受け入れることにいつも驚かされる。一言で

言うと、気持ち悪いのだ。起業を志した時の、

古い日本型経営の因習に嫌気がさし組織の在り

方を変革する気概も、運よく成功を手にした途

端、今度はそれにしがみつき立場を守ろうと、

忌み嫌ったはずの慣習を踏襲する青年起業家に

は、がっかりさせられる。

 彼の慇懃な態度に少しうんざりしつつ、と言

うのも、私は、若者の多少の無礼は許せるが、

クソ丁寧な若者を見ると、なんかウソ臭く感じ

るので、私の方から名刺を渡し、手を出して握

手した。彼は慌てて自分の丸い名刺を、恥ずか

し気に出して、その丸い名刺に驚いてる私を見

ずに、彼女にウィンクした。

有希子(4)

彼は、いわゆるイケメンじゃ無かった、という

より、どこにでも居そうな顔立ちだった。どう見て

もその容貌から、何か優れた能力を秘めて

いるとは思えなかった。ただ、その服装は奇抜

そのものであった。頭髪は、後ろにタテガミの

様に逆立たせ、ウルトラセブンの様なメガネを

掛けて、体のあらゆるところに、囚人が縛らた

鎖をちぎって脱獄して来たかの様に、ジャラ

ジャラと金属製の鎖を巻き付けていた。あの男

が、トイレの個室に入っても、後から来たもの  

は、ノックする前に、誰がいるか判るだろう。

着けている服は、もはや私の説明能力の限界を

超えていた。彼が自分でデザインした服らしい

が、覚えている一部を言うと、ショッキングピ

ンクの迷彩のTシャツの上に、緑色に染められ

た白衣のようなものを着ていた。

彼は、度々、雑誌にも取り上げられる新進の

デザイナーだった。

 

 「世界は相対的だ。それだけが絶対的だ。」

と子供の頃に持っていた名言集に、ベーコンの

言葉として載っていた。その頃は余り意味を理

解していなかったが、この頃よく頭に浮かぶ。

ベーコンという人は、イギリス人で議会の政争

に巻き込まれ汚職(?)の汚名を着せられて、

悔しい思いの中で、上の言葉を吐いて死んだ。

 「世界」とは、社会のことだと思うが、社会

正義が、あるものは裁き、あるものは見逃され

る時、公平が失われ混乱する。自らの安全は、

自らで守るしか無いとすれば、「力こそ正義だ

。」と云う世界に戻る。我々は、結構危うい時

代にいるのかも知れない。

 たとえば、「美しい」と感じることもまた、

人それぞれで、私が美しいと感じたものが、あ

る人にとっては鬱陶しいと感じることもある。

私はいまだに「美しい国」が理解出来ない。つ

まり「美しい」は、観察者の主観的感情で、そ

の判断は相対的である。一人のものが美しいと

思っても、他の人は退屈だと思うこともある。

美術はそれを繰り返してきた。そうは云っても

、我々は同じ社会で同じ時代を同じ言葉で、生

活しているのでそんな異質なものは社会的に淘

汰され、いずれ消え去る。しかし、その男は、

私にとって社会的淘汰をすり抜けた「異質」そ

のものだった。

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