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先日奈良に行った折、ちょっと足を延ばして
思い出の場所を訪れました。
20年前と大きく変わってしまった場所と
全然変わらない場所と・・・
複雑な気分でした。
紀美野町にあるクスノキ公園のモハ31は
私の訪問を静かに出迎えてくれました。
電車は色褪せてしまいましたが
思い出は色褪せていません。
また折をみて、訪れようと思います。
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野上電鉄の廃線跡を行く
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和歌山県にあった野上電鉄の線路跡を行く旅、
番外編は田伏医院に保管されているモハ27を紹介します。
モハ27は野上電鉄が会社解散した後に、
しばらく下佐々〜登山口間の線路上に保管されていましたが、
地元で診療所を営む田伏氏が引き取り、
トレーラーにて田伏医院に搬入されました。
そして駐車場を整備してレールを敷き、
屋根も設置されました。
保存車両としては素晴らしい環境です。
車体も一度、再塗装を行っています。
今回特別に車内を見せて頂きました。
車内はテーブルが置かれている以外は、ほぼ当時のままです。
木製の窓枠が腐食し、少々痛んでいる場所もあります。
経年劣化でやむを得ないところです。
私がもし近くに住んでいたなら、
時々訪れて修理のお手伝いをしたいのですが・・・
会社解散の車内広告もそのまま・・・
木製のアンティークな車内に、
タイムスリップした感じを味わえます。
今後も大切に保管して頂きたいと思います。
このモハ27が活躍していた当時を振り返ってみます。
(下佐々駅)
(竜光寺前〜下佐々駅間)
そして野上電鉄を撮影した中で、私のもっとも気に入っている写真が、
なんとこのモハ27です。
この車両が解体を免れて田伏医院に行き、
いまでも田伏氏と深い親交があるというのも、すごい偶然です。
運命の巡り合わせとしか思えません。
19年前、たまたまここを通りかかって出会った野上電鉄。
それ以来、何度も通って撮影し、たくさんの出会いもあり、
そして消えていく悲しみを味わった鉄道。
和歌山県の海南市・野上町(現:紀美野町)の沿線は、
私にとって一生忘れることの出来ない、思い出の場所となりました。
鉄道は消えても、思い出は消えない。
今後もこの時の思い出を大切に胸に刻み、
自分の道を歩んでいきたいと思っております。
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和歌山県にあった野上電鉄の線路跡を行く旅、
ついに最終回となりました。
14回目は下佐々駅〜終点の登山口駅です。
下佐々駅の先は工事中。
線路跡はほとんどがバイパスとなってしまっています。
左手に田伏医院の野上電鉄の保存車両が見えますが、
こちらについては後日触れることにします。
その先を進むと、左手の楠木公園にも保存車両が見えてきます。
唯一、自治体が保存している野上電鉄の車両です。
保存車両はモハ31。
元阪神電鉄1121形の1130として、昭和9年に誕生。
昭和38年に野上電鉄に譲渡されました。
ということは、60年以上現役で活躍したことになります。
側面の明かり窓が特徴です。
日方方面から来た列車は、ここで左に大きくカーブしていました。
写真の場所に、踏切がありました。
野上電鉄が通っていた当時の写真です。
後ろの黄色っぽい家が、当時のままですね。
登山口駅方面に向かって撮影しています。
ななめに光が当たっていました。
さて、現在。 線路は大きくカーブしながら、野上中学校の横を通っていました。
野上中学校の脇を抜けると、ほどなく終点の登山口駅に到着します。
登山口駅はバスターミナルに変貌しています。
しかし、その土台は登山口駅のホームがそのまま使われています。
ほぼ同じ場所で撮影した、当時の登山口駅です。
この時は珍しく雪が降りました。
私にとっても思い出多い登山口駅。
今こうやって改めて写真を見ると、
とても懐かしく、涙があふれそうになります。
しかし現在の変貌ぶりを見ると、
時の流れを認識せざるを得ません。
駅前の雰囲気はなんとなく残っていますが、
ここに登山口駅があったとは思えないほど変わりました。
ここで野上電鉄の線路跡を巡る旅は終わります。
現在、野上電鉄は消えてなくなってしまいましたが、
少なくとも私の心の中では、今も走り続けています・・・
そして私にとって忘れてはならないのは、
ここは不思議な出会いの場所でもあるということ。
夜に登山口駅でたたずむ、モハ24形。
停車時にずっとライトを点灯していましたので、
架線やレールが照らされ、面白い形になっていました。
この写真を撮影したのは、午後9時前後。
「こんなに暗いのに、フラッシュを使わずに写真が撮れるんですか?」
その時に現れた人に、何気なく声を掛けられたことで、
私の人生は大きく変わりました。
その方は地元で開業する田伏医院の田伏俊作氏。
野上電鉄をはじめ、鉄道をこよなく愛す氏と意気投合し、
その後写真展や写真集の発刊につながりました。
偶然の出会いから、大きな人生の転換を迎えたこの場所。
たとえどんなに変わろうとも、
私にとっては一生涯忘れられない、大切な場所です。
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和歌山県にあった野上電鉄の線路跡を行く旅、
13回目は竜光寺前駅〜下佐々駅です。
竜光寺前駅の先は切り通しとなっていて、
当時はほとんど撮影出来ませんでした。
今は線路跡をバイパスにするため工事しています。
駅を振り返って撮影しています。
この先からは、終点の登山口駅までバイパス工事がほぼ完了しています。
同じく竜光寺前駅方面を振り返って撮影しています。
切り通しを抜け、開けた場所に到着しました!
ここも振り返っての撮影です。
右手にある集落の上に、国道370号線が通っています。
ここから俯瞰してみます。
遠く山々をのぞみ、いい眺めです。
ここは野上電鉄が通っている時代とほとんど風景が変わりません。
当時と比べてみます。
電車が走っていない以外は、ほとんど変わらない景色です。
この先に下佐々駅がありました。
集落の合間にある小さな小さな駅でした。
そして現在・・・
左手の家の自販機が、駅があった唯一の手がかりです。 それ以外は、駅があったとは思えないほど変わってしまいました。
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和歌山県にあった野上電鉄の線路跡を行く旅、
12回目は動木駅〜竜光寺前駅です。
草蒸した動木駅跡を出た先は、またもやバイパスが工事中。
待ったなしで、どんどん景色が変わっていきます。
同じ場所の18年前、左手の雑木林を背景に撮影。
とても同じ場所とは思えません。
ちなみにこの写真は一番最初の写真展のポストカードに使用しました!
海南高校大成校舎と野上小学校の間は切り通しになっていましたが、
今は埋め立てられました。
その先にトンネルがあります。
野上電鉄唯一のトンネルで、電車が走っていた当時のままですが、
ここも改良工事で大きく変貌しそうです。
上の写真とほぼ同じ場所です。
トンネルを抜けた反対側からみると、
こんな感じで勾配に埋め立てられています。
トンネルの先に、ガーター橋が残っています。
これも近いうちに撤去されそうです。
この先はちょっとした築堤になっており、
すぐ先に竜光寺前駅がありました。
子供たちのはしゃぎ声も、
今は聞こえてきません。
野上電鉄の駅の中では珍しく、
比較的近代的なコンクリート製でした。
そして現在のほぼ同地点。
駅のホームだけはそのまま残っていて、
もっとも当時の雰囲気が残っている場所です。
しかしこのホームももうすぐ消える運命です。
これが見納めだと思い、
じっくり眺めました。
そして「ありがとう」と心に念じ、
永遠の別れをしました・・・
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