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前にも書いたことがありますが、
一度は地元で就職したものの、音楽での成功を夢みて
再度上京し、移り住んだ街は「福生(ふっさ)」でした。
その頃の私の一番の目標は、大滝詠一氏だったのです。
その頃の福生には、ミュージシャンやアーティスト、
或いはそのタマゴたちが大勢住んでいましたね。
今のように、様々な比較的に緊張を伴うような国際問題も無く、
米軍横田基地のウエスト地区にあった極東放送(FEN)の影響も
あり、日本で一番ホットな音源が流れる街でもあったのです。
音楽で食べていけない私は、
乃木坂にあった某・写譜事務所に通いながら
スコアリーディングの勉強をし、
本業だけでは厳しかったので、某・すしチェーンで
クローズまでのアルバイトをしながらも、
夢を見続けて暮らしていました。
そんな時、まだ大学生だった香里奈さんと出会い、結婚し、
まともに稼がなくてはならなくなり、ちょっと英語がしゃべれたので
米軍基地のなかで職を見つけたりしました。
そして・・・。
普通のサラリーマンになっていったのでした。
福生の街は、私にとっては、正に「第二の故郷」でもあります。
だから、なかなか湘南ボーイにはなれないみたい。(笑)
夏のサウンドで「商業音楽」として再起を果たした大滝氏と
本音だけでは食べていけない「音楽の世界」の厳しさを
教えてくれた街でもあった福生の街。
そんな私の時代の本家本元が、
大滝詠一氏だったのでした。
あらためて大滝詠一氏のご冥福を心よりお祈りします。(合掌)
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