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『 冷やし中華始めました。』
作:真 坂 詠 三
(一)
オレはその日も汗だくになりながら、営業で歩いていた。
オレの仕事は楽器の販売だ。特にオレの会社が販売にチカラを入れているのが、
児童向けの電子オルガンなのだ。
ところが、会社の上司の話や、メーカーの営業推進担当部長の昔話を聞いて
みると、今のご時世とはウンと様相が違ったことがわかってくる。
営業推進担当部長の武勇伝はこうだ。昔は電子オルガンを2tトラックに積
めるだけ積んで団地に向けて出動する。それこそドア・トゥ・ドアで一軒一軒
訪問し、小さいお子さんのいる家庭に行き当たったら、一週間タダでレンタル
すると云う商法で爆発的に売れたのだそうだ。
彼はこの商法が通用した頃、家を2軒新築したそうである。静岡は浜松のご
出身なのだが、現在は東京の安アパートに独り暮らしされている。勿論オレに
は、その理由など聞けるはずもないのだが、彼の武勇伝の信憑性は、彼と同行
して、その営業トークを聞いた限りでは、誠実な話しぶりから全く嘘でも無さ
そうで、2軒は誇張だとしても1軒は建てたに違いないだろう。
今はと云うと・・・。
まず子供さんのいる家庭が少ない。愛想のよいお年寄りがご夫婦で玄関先に
出て来てくれたとしても、10分も話すうちに孫はもちろん、中年になっても
結婚せずにいる息子や娘の縁談さえ無いことを打ち明けられる始末だ。あとは
「訪問販売お断り」の留守家庭ばかりなのだった。
オレの受け持ち担当エリアは、ここ神奈川県の平塚市・茅ヶ崎市・寒川町・
藤沢市の3市1町で、いわゆる湘南と呼ばれる地域である。
その日も朝礼が終了すると、見込みを付けてるお客さんの家をしらみつぶし
に歩き続け、汗だくになってひたすら歩いていたのには理由があった。その日
は6月末日。すなわち当月の売上の締め日だったのである。
オレは今年9月で40歳になる。思い起こせばアッと云う間の20代30代
だった。そもそもバンドでエレキギターを演奏し、サーフィンが趣味と云う軽
い感じの青春時代ではあったが、カネは無くてもオンナには不自由しないと云
う、けじめの無いダラダラした生活を続けてきて、30半ばにふと我に帰り、
普通の生活を目指して入ったのが今の会社だったのだ。今年で5年目になるの
だが、可もなく不可も無い普通の頑張りようでやってきた。そんなオレだった
のだが、名刺の肩書きもタダの「営業」のままであることに恥じらいを感じる
ようになってきたのが半年くらい前。なんとかイイ成績を上げたいからだった。
「主任」になりたかったのである。
その日は湘南のほぼ中央に位置する「辻堂地区」にある団地を歩き、鵠沼方
面に行く途中、すぐに店舗がめまぐるしく変わることで有名なテナントに、ま
た新しいお店がオープンしていることを発見した。
ほとんどのテナントが飲食店で、残りは古くからあるサーフショップが2軒
入っている。サーフショップ以外の飲食店は一番長いお店で3年。ほぼ半年か
早いお店で2ヵ月で入れ変わる。もともと夏がシーズンの海辺の町なので、シ
ーズン以外の時期は、閑散とした日本中どこにでもあるタダの海辺の町なのだ。
そうこうしているうちに新しいお店に近づいて来た。どうやら今度の新店舗
は中華屋さんらしい。青地に白抜きの真新しいのぼりが、時折り浜から吹いて
くる風を受けはためいている。
「冷やし中華始めました。」
オレは思わずひとり失笑してしまった。何のお店かわからないうちに、また
ここ数日の開店だろうからリピート客も、居たとしても数えるくらいだと思う
のに、いきなり「冷やし中華始めました。」はおもしろ過ぎた。
と同時に、どんな奴が始めたのか、もの凄く気になったのだ。きっと変わり
者に違いない。じゃないといきなり「冷やし中華始めました。」は無いと思う
から。
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先輩の 武勇伝は 昔 銭湯にマッサージ機を
普及させた方と 同じですね。
時代と共に セールスの内容も変わってくるのでしょうね。
[ ゆう ]
2016/5/17(火) 午前 9:48
ほのおっちゃんシットルでよ?
辻堂界隈に住んどる五十台半ばのイカツイおっちゃんじゃ(笑)
たしか・・・娘さんは結婚してかわいい孫もおるらしい
次男君は船乗りになって山口県出身の彼女がおるらしいなあ?
ああ・・・疲れた・・・
やっぱり厚木に行く時は薄着でいかなあかんわ・・・
[ いくお ]
2016/5/17(火) 午前 9:54