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『 冷やし中華始めました。』
作:真 坂 詠 三
(ニ)
恐る恐る『麺修行』と黒地に白抜きされた店の屋号らしいのれんをくぐり、
今までに10回くらいは開けたであろう引き戸をガラガラと開けて、一歩店
内に踏み込んだ。そして入るなり店内をぐるりと見渡した。
直前に来たのは、ちょうど2ヵ月前の雨降りだった。やはり月末で、やっ
とのことでクロージングして契約を1本取ったあと、遅めのお昼ごはんに立
ち寄った時は、うどん屋だったのだ。その日は入るなり、鰹節とアゴ出し、
枯れカツオ、それにいりこだしの4種類はブレンドしたであろうイイ香りが
醤油とザラ目、それにみりんといい塩梅で溶け合って、店中にイイ香りが、
まるでオーケストラの演奏会場の中央後部席に座っているような感じだった。
その日は普通に天ぷらうどんを注文した。イイ香りと出されたうどんに、
何故か大きなギャップがあったのだ。駅の立ち食いうどんより高めの価格設
定ながら、味付けに難があったのである。したがって2度目は無かったのだ。
「いらっしゃいませ〜。」
奥の厨房から小走りに出てきたのは、愛相の良さそうな定年で会社を辞め、
道楽で店を始めたようなぎこちない雰囲気の好壮年であった。
オレはふいをつかれた気がして、取りあえずカウンターに腰かけた。誰も
先客はいない。カウンター越しには、前のうどん屋の時にも掛けられていた
「商売繁盛」のおたふくとひょっとこが額の中で笑っている。
好壮年のおやじが、ぎこちない手つきでウォーターグラスに製氷機の氷を
3個入れて目の前に差し出してきた。
オレは焦った。と云うのもメニューが見当たらないのだ。
「あの〜。」
おやじはすかさずオレの云いたいことを察知していた。
「はい。何にいたしましょうと云いたいところなのですが。申し訳けござい
ません。実は今日、って云うか先ほど店をオープンしたばかりで・・・。
で。最初は初夏でもあり、時期的に冷やし中華からでも始めようかと思いま
して。ところが、その冷やし中華もいかんせん、準備ができていないって云
うか・・・。そのう・・・。作り方が・・・。恥ずかしながら・・・。」
オレは大爆笑してしまった。ひと呼吸つかないといられないくらい抱腹絶
倒してしまったので、発声する声まで震えてしまった。
「あのう。それで失礼なのですが。旦那さん。客商売は?」
おやじは満面に子供のような屈託ない笑顔で
「はい。もちろん初めてです。」
今度はおやじも一緒になって大爆笑している。ここまで開き直られて、大笑
いするオレもオレだが、おやじも普通じゃない気がする。
またひと呼吸して、出された水を飲み干すと
「ってことはですよ。これから研究して冷やし中華を作るってこと・・です
よ・・・ねぇ?」
と腹の底から吹きあがってくる笑いをこらえながらおやじに質問すると
「ってことになります。恥ずかしながら。」
「ぐわっはっは〜〜。」
「ぐわっはっは〜〜。」
初対面のふたりであったが、2〜3分は一緒に大爆笑したであろうか。
オレは先ほどくぐったのれんに眼をやった。
「麺修行」とある。なるほど、なるほど。
とは思うのだが、またも笑いの急所に火がついた。それに気付いたおやじが
「だから。麺修行でして・・・。」
またも一緒に大爆笑するのだった。
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面白い お店に出会われましたね〜
ていうか まだ 作れない冷やし中華をはじめたのですね〜〜
[ ゆう ]
2016/5/17(火) 午前 9:53
ありえへん設定やなあ・・・ちょっと・・・
あまりにも無茶が過ぎるでよ?(笑)
[ いくお ]
2016/5/17(火) 午前 9:59