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『 冷やし中華始めました。』
作:真 坂 詠 三
(三)
今の時代、こんな変な男にはまずお目にかかれない。常識を軽く逸脱している。
ここへ初めての客として来たのも何かの縁だと思い、昔バイト先の喫茶店で作っ
ていたレシピ通りに冷やし中華のタレの作り方を教えて上げることにした。醤油
ダレとごまダレの2種類である。恐らく1時間半から2時間も滞在することにな
ったであろうか。ふと腕時計を見ると時計の針は午後4時になろうとしていた。
一緒になって作ったせいで、3杯も食べてしまった。努力の甲斐あって、醤油
ダレもごまダレも美味しくできあがった。久しぶりに自分の腕に感心したのだっ
た。
「おやじさん。おあいそ。」
オレは勘定を済ませて早くその場を立ち去らねばならないことを思い出した。
少なくとももう1本新規契約を取って、夕報には会社に持ち帰りたかったからだ。
するとおやじが、
「お客さん。あなたのおかげで美味しい冷やし中華の作り方がわかりました。お
代は頂戴できません。代わりと云ってはなんですが・・・。お客さんは何のご商
売をなさっておられるのですか?」
と云うので、オレはしがない楽器売りで、今日はその締め日。心当たりのあるお
宅を数軒、このあと回って売上を持って帰らないといけない状況にあることを話
した。
するとおやじが、
「初対面であるにも関わらず、私の先生になって快く冷やし中華の作り方を教え
て頂けたことは奇蹟と云っても何の不思議もありません。本当に助かりました。
私には娘が5人いて、5人の孫がいます。その電子オルガンを5台売っては頂け
ないでしょうか?」
一瞬、オレはのけ反りそうになった。今日5台注文を取って帰れば、恐らく今
月のトップ賞はオレに確定するだろう。でも、そんなことってあるのだろうか。
オレはおかあさんと子供の前で、YMOの「ライディーン」を演奏して聴かせ、
クロージングするのが得意なのだが、まさか冷やし中華の作り方を教えて営業成
績を上げるなんて思いもよらなかったのだ。
30分もかかったであろうか。5台分の契約書を作成し、オレは会社に向って
歩いていた。夕陽が青い空を赤く染めて沈んでいく。こんな風にこころにゆとり
がある時の、自然はなんてやさしいものなのだろう。そう感じた。
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ご縁って 素敵ですね。
見返りを求めない親切に お店のおやじさんの
粋な計らい。 いいですね。
[ ゆう ]
2016/5/17(火) 午前 9:55