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〔6〕異界への扉・・・(2)
登山道を歩きはじめてしばらくすると、知らないうちにグングン高度を稼いでいることがわかった。振り返ると丹波山村の家並みを見晴るかすことができたからだ。
郁雄はこの先の場所が、どんな場所なのかというよりも、何があるのかということに強い関心を持っていた。というのも、一言も語ることなく黙々と先頭を歩き続ける正雄の態度に、不安とも期待ともつかない感情を持っていたからだった。正雄から何か話しかけてくれない限り、自分からは絶対話しを切り出せないような感覚に襲われてもいたのだ。
一方正雄も、実は同じような感情を持っていたのだけれども、後ろから黙々とついてくる郁雄になんて話せばいいのか表現に迷っていたのだ。今日ふたりが行くことが約束されていたことなら、自分自身が未だ経験したことの無い何かが待ち受けているに違いない・・・。そう考えてもいたからだった。
一時間半も歩いただろうか。高度を稼いできた山道も、ふと振り返ればなだらかに眺めることができるほど、平坦な場所に辿りついた。・・・・丹波天平(たばでんでえろ)である。
正雄はふぅ〜っと大きく両手を広げながら大あくびをして見せた。そんな正雄を見て安心したような感覚を覚えた郁雄だったが、無理やり作った笑顔さえ、はっきりわからないほど辺りは急に暗くなり始めていた。
「今夜はここでテントを張るよ」
正雄はそう云うと、背負っていたリュックザックを地面に下ろすと、そそくさと中に格納していたテントを取り出した。袋から本体を出すと、手際良くテントポールを袋マチの中に通していく。ものの2分もかかっただろうか、大きく宙にさかさまに持ち上げると、空気を入れるようにして再び地面に着地させた。
「ほ〜ら。今夜の家が出来上がり〜」
正雄は声高に、しかもやっぱり無理して明るく云い放ったのだったが、落ち葉を敷き詰めたような地面と、音と云う音をことごとく吸い取ってしまいそうな山の空気に紛れていった。
正雄の指示に従って、ザックから今夜の布団になるシュラフザックとシュラフカバーをテントに投げ入れる。そうしているうちに辺りはとっぷりと暮れていた。郁雄のザックから小型のランタンランプを取り出すと、正雄は手際良く明かりを点ける。テントの天井からぶら下がったテープで結びつけると、思ったよりも明るかったので、郁雄は何となくこの明かりに安堵感を覚えた。今夜の晩御飯は鶏釜めしとトマトのスープだよと、ストーブコンロに火をつける。ガスボンベに取り付けるタイプのコンロなのだが、その勢いの良さに妙に安心してしまう郁雄だった。
コッフェルにポリタンに汲んできた水を注ぎ込む。お湯が思ったよりも早く沸いて、アルミの底から泡が湧いてくるのが見ていて妙に元気づけられるのだ。アルファ米と鶏釜めしの具を注ぎ込むと、正雄は蓋をしてからコンロからはずして床に置いた。それからまた別のコッフェルを取り出して、再び水を注ぎ込んだ。今度はスープを作るのだ。
郁雄は正雄の一連の調理を見つめながら、随分手慣れたものだと感心せずには居られなかった。トマトのスープはインスタントのミネストローネを注ぎ込んだ。と同時に、先に作った鶏釜めしの入ったコッフェルをサカサマにひっくり返した。蒸らすのだなと郁雄はわかった。手際良くそれぞれの食器をコンパクトに並べながら、正雄は郁雄にもうすぐ食べられるよと云った。郁雄もまるで母親に対して返事するみたいに、人懐っこく返事をした。コッフェルの釜めしをもう一度ひっくり返すと、今度は蓋が上になっていて、蓋を取ると美味そうな釜めしの香りがテントの中に充満した。ミネストローネも具だくさんなタイプだ。美味そうだとどちらからともなく云うと、万歳・万歳・万歳と声を揃えて三唱するふたりを、ランタンのやさしい明かりが照らしている。わざわざ晩飯をこんな山の中に来て食べることが目的では無いことを、ふたりは充分理解していたけれども、それぞれの心の中では、生きているという実感は、きっとおいしく食事ができることに勝るものはないと思うのだった。と同時に、ふたりはささやかな食事を摂りながら、それぞれにあと何回くらい食事できるのだろうといった、ちょっとネガティヴな想いに囚われそうになった。それは冬の冷たい山の空気のなかで、暖かい食事を摂りながら見上げる冬の星座があまりにも美し過ぎたことと、その美しい光を放つ星のなかにも、既に消滅している星もあるという現実に、生きてることと死んでることの境目はいったいどんなだろうと、まったく同時に考えていることに気付くはずもなかった。
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