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むか〜しむかし。と云ってもちょっと昔のお話じゃよ。
台湾の玉山(旧:新高山)に「玄白」と云うなまえの仙人が
住んでおったそうな。
でも、住んでおったと云うのは本当は間違いで、きっと今でも
玉山のどこかに住んでいると云うのが正解じゃろう。
その玄白仙人じゃが、もとは日本の東京都の出身だそうである。
それがどうして、台湾が誇る名山の住人になったのか。
これには深いわけがあった。
実は玄白仙人は「キグレ大サーカス」の大スターだったのじゃ。
彼は有名な「虎使い」じゃった。
いわゆる「調教師」である。
サーカス団の仲間と話すことよりも、多くの時間を虎との対話
に費やすうちに、いつの間にか「虎の言語」がわかるように
なったらしい。
彼の発する「虎ことば」が、ややもすると「ヘブライ語」の
ような響きをもっていたので、不思議に感じたと或る言語学者
が、彼の使用する「虎ことば」をまとめて1篇の本にした。
さらに、この「虎ことば」は、虎だけでなく、動物と云う動物
の、ほとんどの動物に通じることが知られるようになる。
それ以降、これを「虎の巻」と呼ぶようになったそうである。
また、サーカスで飼っていた虎は「張子(ちょうこ)」と云う名
の女の子であった。
張子は虎にしては、あまりにおとなしく、玄白調教師の云う事を
良く聞いたし、観客に対しても吠えたりすることも無い。
その身体の大きさと牙の鋭さとは裏腹に、おとなし過ぎたの
で「張子(はりこ)の虎」と呼ばれたりもした。
張子が26歳を迎えた時、玄白の耳元でそっと打ち明けた話し
の内容が、彼を台湾に行かせたと云ってよいと思う。
張子が云うには、台湾の玉山に、生き別れの兄弟である「虎楠」
(とらくす)が居ると云う。
人々が「ホワイトタイガー」と呼んでいる、あの風貌だ。
兄の虎楠は子供の頃から音楽の才能があり、あらゆる楽器を
演奏することができた。
弓を弾き、鼓を打ち、歌を詠じる。
やがて自らの身体の模様のごとく白と黒の鍵盤を用いた楽器の
オルガンを発明した。
虎楠はその後台湾に渡り、楽器のみならずオートバイも流行
させることになる。
間もなく張子が老いて亡くなると、玄白調教師は張子の面影を
追って、台湾に渡ったのだ。
虎楠の作った楽器を良い音に調整する「奥飛(おくとぶ)」と
云う名の調律師に出会い、虎楠の消息を教えてもらう。
彼の話によると、虎楠は玉山のもっとも険しい岩陰の虎穴に
住んでいると云う。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と云うことばがあるが、
元は「虎楠を得ず」であったのだ・・・・・そうである。
そんなこと何に書いてあるのかって?
勿論「虎の巻」でしょう。
ふむ。
この続きは明日にしよう。
疲れてきました。(爆)・・・・・・・(つづく)
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