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From 湘南茅ヶ崎。 イコピコのひとりごと
とんぼお姉さま。頑張れ頑張れ!私はいつも祈っていますよ!(笑)

書庫伊古彦のショート・ショート

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『 冷やし中華始めました。』
                                                                                作:真 坂 詠 三
(四

 翌日。コンビニでお礼の手みやげのクッキーの詰め合わせを買って店を訪ねる。
カウンターには3人の先客がいて、美味しそうに冷やし中華を食べている。しか
も3人とも笑顔で食べているのだった。
 オレは軽く会釈をすると、空いているカウンターに腰をおろした。
「おやじさん。冷やし中華。ごまダレで。」と注文した。
 
 翌週の月曜日、会社の朝礼で見事トップ賞を頂くことができた。初めてのこと
だった。うれしかった。朝礼が終わると、そそくさとおやじさんの店に再び報告
とお礼に出掛けた。もちろん、冷やし中華も食べに。
 店の壁には、真新しい「メンバー募集」の張り紙が貼られている。オレは素直
にメンバー第1号になることにした。
 それから3カ月・・・。 オレはおやじさんの長女(シングルマザー)と結婚す
ることになった。と同時に可愛い5歳の娘の父親にもなったのだ。
 考えてみれば、世の中不思議なことだらけだ。そんなおかしな話はないと云う
人たちも多いかもしれない。でもそんなことがオレの身に起こったことは、やは
り現実なのだから。
 ただひとつそう云いきっても間違いじゃないこと。それは他人に親切にして、
けっして損は無いってこと。

                                 (了)



『 冷やし中華始めました。』
                                                                                作:真 坂 詠 三
(三)

   今の時代、こんな変な男にはまずお目にかかれない。常識を軽く逸脱している。
ここへ初めての客として来たのも何かの縁だと思い、昔バイト先の喫茶店で作っ
ていたレシピ通りに冷やし中華のタレの作り方を教えて上げることにした。醤油
ダレとごまダレの2種類である。恐らく1時間半から2時間も滞在することにな
ったであろうか。ふと腕時計を見ると時計の針は午後4時になろうとしていた。
 一緒になって作ったせいで、3杯も食べてしまった。努力の甲斐あって、醤油
ダレもごまダレも美味しくできあがった。久しぶりに自分の腕に感心したのだっ
た。
「おやじさん。おあいそ。」
オレは勘定を済ませて早くその場を立ち去らねばならないことを思い出した。
少なくとももう1本新規契約を取って、夕報には会社に持ち帰りたかったからだ。
 するとおやじが、
「お客さん。あなたのおかげで美味しい冷やし中華の作り方がわかりました。お
代は頂戴できません。代わりと云ってはなんですが・・・。お客さんは何のご商
売をなさっておられるのですか?」
と云うので、オレはしがない楽器売りで、今日はその締め日。心当たりのあるお
宅を数軒、このあと回って売上を持って帰らないといけない状況にあることを話
した。
 するとおやじが、
「初対面であるにも関わらず、私の先生になって快く冷やし中華の作り方を教え
て頂けたことは奇蹟と云っても何の不思議もありません。本当に助かりました。
私には娘が5人いて、5人の孫がいます。その電子オルガンを5台売っては頂け
ないでしょうか?」
 一瞬、オレはのけ反りそうになった。今日5台注文を取って帰れば、恐らく今
月のトップ賞はオレに確定するだろう。でも、そんなことってあるのだろうか。
オレはおかあさんと子供の前で、YMOの「ライディーン」を演奏して聴かせ、
クロージングするのが得意なのだが、まさか冷やし中華の作り方を教えて営業成
績を上げるなんて思いもよらなかったのだ。
 30分もかかったであろうか。5台分の契約書を作成し、オレは会社に向って
歩いていた。夕陽が青い空を赤く染めて沈んでいく。こんな風にこころにゆとり
がある時の、自然はなんてやさしいものなのだろう。そう感じた。


 

『 冷やし中華始めました。』

                                                                                 作:真 坂 詠 三

(ニ)

 恐る恐る『麺修行』と黒地に白抜きされた店の屋号らしいのれんをくぐり、
今までに10回くらいは開けたであろう引き戸をガラガラと開けて、一歩店
内に踏み込んだ。そして入るなり店内をぐるりと見渡した。
 直前に来たのは、ちょうど2ヵ月前の雨降りだった。やはり月末で、やっ
とのことでクロージングして契約を1本取ったあと、遅めのお昼ごはんに立
ち寄った時は、うどん屋だったのだ。その日は入るなり、鰹節とアゴ出し、
枯れカツオ、それにいりこだしの4種類はブレンドしたであろうイイ香りが
醤油とザラ目、それにみりんといい塩梅で溶け合って、店中にイイ香りが、
まるでオーケストラの演奏会場の中央後部席に座っているような感じだった。
 その日は普通に天ぷらうどんを注文した。イイ香りと出されたうどんに、
何故か大きなギャップがあったのだ。駅の立ち食いうどんより高めの価格設
定ながら、味付けに難があったのである。したがって2度目は無かったのだ。

「いらっしゃいませ〜。」
奥の厨房から小走りに出てきたのは、愛相の良さそうな定年で会社を辞め、
道楽で店を始めたようなぎこちない雰囲気の好壮年であった。
 オレはふいをつかれた気がして、取りあえずカウンターに腰かけた。誰も
先客はいない。カウンター越しには、前のうどん屋の時にも掛けられていた
「商売繁盛」のおたふくとひょっとこが額の中で笑っている。
 好壮年のおやじが、ぎこちない手つきでウォーターグラスに製氷機の氷を
3個入れて目の前に差し出してきた。
 オレは焦った。と云うのもメニューが見当たらないのだ。
「あの〜。」
 おやじはすかさずオレの云いたいことを察知していた。
「はい。何にいたしましょうと云いたいところなのですが。申し訳けござい
ません。実は今日、って云うか先ほど店をオープンしたばかりで・・・。
で。最初は初夏でもあり、時期的に冷やし中華からでも始めようかと思いま
して。ところが、その冷やし中華もいかんせん、準備ができていないって云
うか・・・。そのう・・・。作り方が・・・。恥ずかしながら・・・。」
 オレは大爆笑してしまった。ひと呼吸つかないといられないくらい抱腹絶
倒してしまったので、発声する声まで震えてしまった。
「あのう。それで失礼なのですが。旦那さん。客商売は?」
おやじは満面に子供のような屈託ない笑顔で
「はい。もちろん初めてです。」
今度はおやじも一緒になって大爆笑している。ここまで開き直られて、大笑
いするオレもオレだが、おやじも普通じゃない気がする。
またひと呼吸して、出された水を飲み干すと
「ってことはですよ。これから研究して冷やし中華を作るってこと・・です
よ・・・ねぇ?」
と腹の底から吹きあがってくる笑いをこらえながらおやじに質問すると
「ってことになります。恥ずかしながら。」
「ぐわっはっは〜〜。」
「ぐわっはっは〜〜。」
初対面のふたりであったが、2〜3分は一緒に大爆笑したであろうか。
 オレは先ほどくぐったのれんに眼をやった。
「麺修行」とある。なるほど、なるほど。
とは思うのだが、またも笑いの急所に火がついた。それに気付いたおやじが
「だから。麺修行でして・・・。」
またも一緒に大爆笑するのだった。



『 冷やし中華始めました。』                      
                                                                           作:真 坂 詠 三

(一)

 オレはその日も汗だくになりながら、営業で歩いていた。
オレの仕事は楽器の販売だ。特にオレの会社が販売にチカラを入れているのが、
児童向けの電子オルガンなのだ。
 ところが、会社の上司の話や、メーカーの営業推進担当部長の昔話を聞いて
みると、今のご時世とはウンと様相が違ったことがわかってくる。
 営業推進担当部長の武勇伝はこうだ。昔は電子オルガンを2tトラックに積
めるだけ積んで団地に向けて出動する。それこそドア・トゥ・ドアで一軒一軒
訪問し、小さいお子さんのいる家庭に行き当たったら、一週間タダでレンタル
すると云う商法で爆発的に売れたのだそうだ。
 彼はこの商法が通用した頃、家を2軒新築したそうである。静岡は浜松のご
出身なのだが、現在は東京の安アパートに独り暮らしされている。勿論オレに
は、その理由など聞けるはずもないのだが、彼の武勇伝の信憑性は、彼と同行
して、その営業トークを聞いた限りでは、誠実な話しぶりから全く嘘でも無さ
そうで、2軒は誇張だとしても1軒は建てたに違いないだろう。
 今はと云うと・・・。
 まず子供さんのいる家庭が少ない。愛想のよいお年寄りがご夫婦で玄関先に
出て来てくれたとしても、10分も話すうちに孫はもちろん、中年になっても
結婚せずにいる息子や娘の縁談さえ無いことを打ち明けられる始末だ。あとは
「訪問販売お断り」の留守家庭ばかりなのだった。

 オレの受け持ち担当エリアは、ここ神奈川県の平塚市・茅ヶ崎市・寒川町・
藤沢市の3市1町で、いわゆる湘南と呼ばれる地域である。
 その日も朝礼が終了すると、見込みを付けてるお客さんの家をしらみつぶし
に歩き続け、汗だくになってひたすら歩いていたのには理由があった。その日
は6月末日。すなわち当月の売上の締め日だったのである。
 オレは今年9月で40歳になる。思い起こせばアッと云う間の20代30代
だった。そもそもバンドでエレキギターを演奏し、サーフィンが趣味と云う軽
い感じの青春時代ではあったが、カネは無くてもオンナには不自由しないと云
う、けじめの無いダラダラした生活を続けてきて、30半ばにふと我に帰り、
普通の生活を目指して入ったのが今の会社だったのだ。今年で5年目になるの
だが、可もなく不可も無い普通の頑張りようでやってきた。そんなオレだった
のだが、名刺の肩書きもタダの「営業」のままであることに恥じらいを感じる
ようになってきたのが半年くらい前。なんとかイイ成績を上げたいからだった。
「主任」になりたかったのである。

 その日は湘南のほぼ中央に位置する「辻堂地区」にある団地を歩き、鵠沼方
面に行く途中、すぐに店舗がめまぐるしく変わることで有名なテナントに、ま
た新しいお店がオープンしていることを発見した。
 ほとんどのテナントが飲食店で、残りは古くからあるサーフショップが2軒
入っている。サーフショップ以外の飲食店は一番長いお店で3年。ほぼ半年か
早いお店で2ヵ月で入れ変わる。もともと夏がシーズンの海辺の町なので、シ
ーズン以外の時期は、閑散とした日本中どこにでもあるタダの海辺の町なのだ。
 そうこうしているうちに新しいお店に近づいて来た。どうやら今度の新店舗
は中華屋さんらしい。青地に白抜きの真新しいのぼりが、時折り浜から吹いて
くる風を受けはためいている。
「冷やし中華始めました。」
 オレは思わずひとり失笑してしまった。何のお店かわからないうちに、また
ここ数日の開店だろうからリピート客も、居たとしても数えるくらいだと思う
のに、いきなり「冷やし中華始めました。」はおもしろ過ぎた。
 と同時に、どんな奴が始めたのか、もの凄く気になったのだ。きっと変わり
者に違いない。じゃないといきなり「冷やし中華始めました。」は無いと思う
から。
 





男はその日も仕事を終えると、いつも通りの道のりをいつも通りに
帰っていた。
たまに寄り道をしたとしても、いつも通りの道路沿いにある、違う
コンビニに立ち寄ってみたりするくらいで、ほぼ同じパターンでし
か帰らないような、変なところが律儀な男であった。

彼には3人の子供がいたが、今年の春、ようやく末っ子も就職する
ことになり、子供に関して経済的には開放されたような気になって
いた。
それはそれでよかったはずなのに、何故か元気がなくなった。
生き甲斐を失くしてしまったのである。

彼は神奈川県の湘南と呼ばれる海辺の町に住んでいたが、仕事場は
横浜だった。なんとなく生き甲斐を失くして、元気の失くなった彼
は、いつもと違った道のりで帰ることにしたのだ。

中華街には、連日たくさんの観光客が来る。その人いきれが嫌いな
はずだったのに、何故か人恋しくて、中華街を歩くことにしたのだ。

中華街の多くは飲食店だったが、程良いバランスで手相見なども、
露天で商売しているのだった。
机と紙と鉛筆でできるいい商売だと思うのだが、胡散臭くて信じら
れない彼ではあった。
だいたい手相なんかは全く信じない男であったが、その日はちょっ
と気になる視線の手相見の男と眼が合って、吸い込まれるようにそ
の手相見の面前の椅子に腰かけたのだ。

「だんなさん。希望を失ったんでしょ?眼が死んでますよ。」
いきなり彼はそう云って、失くした生き甲斐を売りますよと云うの
だ。
そんな風に単刀直入に云われた拍子に、生き甲斐っていくらくらい
するんですか?と尋ねてしまった。
今では心が華やぐことさえ失くした彼は、あろうことか生き甲斐を
買おうと無条件に反応した。
手相見は不敵な笑いを浮かべてこう云った。
「だんなさん。私は土日以外のこの時間帯に、ほとんど毎日ここで
手相を見ています。また明日でも来てください。お代金はいくらで
もかまいませんよ。」
悪い手相見じゃないような気がして、生き甲斐を売ってもらいたい
彼は、土日以外の同じ時間帯にその手相見を訪ねた。
或る日は500円払ったり、或る時はタダで話したり、また或る日
には5000円払ったりした。
手相見とはいつも、楽しい世間話をして終わるのだったが、数ヵ月
後、ふと思い出した彼は、手相見の顔を見るや否や、こう云った。
「あの〜。それでいつになったら生き甲斐を売ってくれるんですか
?」

手相見はおだやかに満面の笑みをたたえながら、
「だんなさん。だんなさんとこうしてお話するのも、随分と月日が
経ちました。で、だんなさんは私とこうして話すのが楽しいんでし
ょ?結構な金額のお代金を頂戴しましたよ。」

「だんなさん。私はお約束どおり、だんなさんに生き甲斐を今日も
売り続けさせて頂いております。」と云うのだった。


数ヵ月後、手相見の机のかたわらに、新しく店を出す男がひとり現
われた。男もまた手相見のようではあったが、彼とは眼を合わさな
いでいようと思う。



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