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小学校3年生は、私の人生の大きな転換期になった一年だと、今にして思えば、そう云えるかも知れない。
ある日音楽教諭のY先生が授業の後、徳島少年少女合唱団の入団試験を受けてみるかと話してくれた。 好奇心旺盛な私は素直に二言返事で応答し、ある日試験が行なわれる城東中学校の音楽室に参集した。 試験の内容がどんなだったか忘れてしまったが、その年私は研究生になることが出来た。 合唱団の練習は週2回、NHK徳島放送局、四国放送のどちらかのスタジオで行なわれた。 時々徳島城の近くにある、合唱団の理事長さんの会社の3階を借りて行うこともあった。 定期演奏会で、研究生だった私は、「新しい家」と云う楽曲を独唱することになった。人生最初の初舞台である。 そんなことがあって、私はどうにか研究生から本科生になることが出来たのだ。 本科生になると、制服が貸与され、合唱団のピンバッチが与えられた。 思い起こせばその頃が、音楽好きな少年の、基礎固めの時代の到来だった。 |

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