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歳をとったのか、或いはもう迎える死期が近いからなのだろうか、近頃しばしば昔のことを思い出す。
小学校に上がるまで、私は大阪市港区の東田中町(現在は田中町)と云う、弁天埠頭の近くの港町に生まれ育った。 幼稚園に入る手続きが間に合わず、私は小学校に上がるまで、近所に住む同世代の幼なじみと、朝から晩まで遊び疲れて帰るまで、ほとんど屋外でドロドロになって遊んで過ごした。 当時、遊び仲間はOさんちのジュン君とか、Mさんちのカズ君たちと一緒に、野球やかくれんぼ、それからお手製の武器を使った戦争ごっこをしてよく遊んだものだった。 今から考えると、小学校に上がって初めて知ったのだが、どうやら自分の住んでいたアパートと、公営の住宅(文化住宅)に住む友達以外のほとんどが、在日の人たちだったようだ。 毎日ドロドロになって遊んだジュン君もカズ君も、それぞれ韓国と北朝鮮の在日何世かの友達ばかりだった。 だから、小学校に上がって初めて、自分のアイデンティティーが、日本人だと云ったことを強く認識し、小学校に上がると同時に、隣近所の友達とも疎遠になって行った。 今頃ジュン君やカズ君はどうしているのだろう。 きっとまだ元気で、あの街のどこかで暮らしているのだろうか。 「思い出(1)」 |

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