烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう、
Ucchuṣma)は、
密教における
明王の一尊である。
台密では
五大明王の一尊である。「烏芻沙摩」「烏瑟娑摩」「烏枢沙摩」とも表記される。
人間界と
仏の世界を隔てる天界の「火生三昧」(かしょうざんまい)と呼ばれる炎の世界に住し、人間界の煩悩が仏の世界へ波及しないよう聖なる炎によって煩悩や欲望を焼き尽くす反面、仏の教えを素直に信じない民衆を何としても救わんとする慈悲の怒りを以て人々を目覚めさせようとする明王の一尊であり、
天台宗に伝承される
密教(台密)においては、明王の中でも特に中心的役割を果たす
五大明王の一尊に数えられる。
烏枢沙摩明王は古代インド神話において元の名を「ウッチュシュマ」、或いは「
アグニ」と呼ばれた炎の神であり、「この世の一切の汚れを焼き尽くす」功徳を持ち、仏教に包括された後も「
烈火で不浄を清浄と化す」神力を持つことから、心の浄化はもとより日々の生活のあらゆる現実的な不浄を清める功徳があるとする、幅広い解釈によってあらゆる層の人々に信仰されてきた火の仏である。意訳から「不浄潔金剛」や「火頭金剛」とも呼ばれた。
特に有名な功徳としては
便所の清めがある。
便所は古くから「怨霊や悪魔の出入口」と考える思想があったことから、現実的に不潔な場所であり怨霊の侵入箇所でもあった便所を、烏枢沙摩明王の炎の功徳によって清浄な場所に変えるという信仰が広まり今に伝わっている。現在でも
曹洞宗寺院の便所(
東司)で祀られている。
また、この明王は胎内にいる女児を男児に変化させる力を持っていると言われ(これが「烏枢沙摩明王変化男児法」という祈願法として今に伝わっている)、男児を求めた戦国時代の武将に広く信仰されてきた。
静岡県伊豆市の
明徳寺では、烏枢沙摩明王を祀っており、下半身の病に霊験あらたかであるとの信仰がある。
ある時、インドラ(帝釈天)は仏が糞の臭気に弱いと知り、仏を糞の山で築いた城に閉じ込めてしまった。そこに烏枢沙摩が駆けつけると大量の糞を自ら喰らい尽くし、仏を助け出してみせた。この功績により烏枢沙摩は厠の守護者とされるようになったという。
- オン クロダノウ ウンジャク - 解穢真言(ぐえしんごん)
- オン シュリ マリ ママリ マリシュシュリ ソワカ
烏枢沙摩明王は彫像や絵巻などに残る姿が一面六臂であったり三面八臂であるなど、他の明王に比べて表現にばらつきがあるが、主に右足を大きく上げて片足で立った姿であることが多い(または蓮華の台に半跏趺坐で座る姿も有名)。髪は火炎の勢いによって大きく逆立ち、憤怒相で全ての不浄を焼き尽くす功徳を表している。また複数ある手には
輪宝や弓矢などをそれぞれ把持した姿で表現されることが多い。
五大明王の中の一尊としての造像遺例には、奈良の
宝山寺の木像が見られる。
江戸時代、
元禄14年(
1701年)に、湛海により造像されたものである。
実はこの神様。大変ご利益があるそうですよ。
不浄(東司)。つまりおトイレの神様として信仰されて
いるようなんですが、立身出世にそのご利益を得た成功
者たちが多いことでも有名です。
烏枢沙摩(うすさま)明王の梵字(種字或いはシッタン)は「ウン」という字になります。
「音の響き」から云っても「運」と関係がありそうです。
実際に、あの松下幸之助さんも、たいへんな信仰をされ
ていたそうで、自ら毎日「トイレ掃除」からスタートを
切られていたそうですよ。
昔勤めさせて頂いた会社の社長は、中村天風と云う哲人
の実践理論を経営に生かされていた人でしたが、課長以
上の責任者には早朝のトイレ掃除を実践していました。
私も素手で「亀の子たわし」とスポンジで便器を磨き上
げていました。
お陰で、今でもトイレが汚れていると、掃除してしまう
んです。
あとね。トイレって「独りだけの空間」でしょ。
誰も見ていないはずの空間なんです。
他人の眼に留まらぬ場所を掃除し清めることは、自分以
外の人に対する「おもてなし」や「愛」に通じること。
もしそれが見えるとすれば「神の領域」の存在でしかあ
りません。
所謂「陰徳を積む」と云うことになります。
また、トイレの夢を見ると、いいことがあるそうです。
何かいいことが待ってると思うと、ちょっと気持ちが楽
になりました。(笑)
う〜〜む。
今日はトイレの神様のお話でした。(笑)