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From 湘南茅ヶ崎。 イコピコのひとりごと
とんぼお姉さま。頑張れ頑張れ!私はいつも祈っていますよ!(笑)

書庫四国の神秘について

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 皆さんこんばんわ。(ん)
 ここ数日、お友だちのいくおさんが、私を懐かしい世界へいざなってくれて、否応なく小学生だった、昭和45年くらい(1970年)の頃を思い出しています。
 当時、四国・徳島市(徳島県の県庁所在地)の小学校は、給食の飲み物が、三角形(正確には四面体)のテトラパックという、個包装された牛乳が、ちょうど導入された頃でした。
 それまではと云うと、「ハト茶ミルク」という、ハト麦粉末と脱脂粉乳を混合した、不思議な味覚の飲み物が、給食当番によってすくい入れられていたのです。
 給食の副食のなかで、私がいちばん好きだったのが、鯨の肉とパイナップルと筍の甘酢あんかけでした。
 おふくろが作ってくれるどのメニューより美味しかったからです。
 当時の私の給食の食べ方は、嫌いなものから順番に食べる方式。食事の手順ですね!(笑)
 基本的に、好き嫌いの無かった子供でしたから、何も問題なかったのですが、好物のメニューの時は、
 ① まずハト茶ミルクで喉を潤す。
 ② 食パン一枚に、マーガリンかチョコレートペース    ト、もしくはあんずジャムを塗り、半分食べる。
 ③ ハト茶ミルクをひとくちすする。
 ④ 残りの半分の食パンを食べ尽くす。
 ⑤ 上記の甘酢あんかけを、味わいながらも、2分くら   いで、フィニッシュし、完食!
 とまあ、だいたい3分で食べ終わり、運動場に一番に逃亡していたのです。
 好き嫌いのある子に、当時の小学校の先生は容赦なく、残ってでも食べさせていました。
 雨降りなどで、運動場に出られない時は、職員室で机を並べ、ベソかきながら食べさせられている同級生を応援しに行きましたね!
 とりわけ、嫌いな副食ベストワンだったのが、キャベツとジャガイモとニンジンのマヨネーズあえ。大泣きしながら、声をひくひくさせながら食べている同級生に、ひとこと、こうつぶやくのです。
「そのキャベツはなあ。○○ちゃんのおじいさんが、昨日、今日の給食のために肥やしをいっぱいかけてくれたキャベツやで。青虫もうまいうまいって食べてたキャベツやで〜。」
 そうつぶやくと、しゃべり終わったのを確認するや、全員で「わ〜〜〜〜ん。」と。
 すると、先生が、
「伊古彦くん。これ持って立っとれ!おまえは、ようそんなひどいことを連想させることを思いつくなあ。しゃ〜ないやっちゃ。」
と、バケツを持たされ彼らの横に立たされるのでした。
 考えてみると、あの時のバケツが、後のたくましい身体づくりに関係してたのかと思うと、今更ながら、感謝の念を禁じ得ない、伊古彦なのでした〜。(笑)
 
  引き続き、「白髪山(しらがやま)」をご案内いたしましょう。(笑)
 地図は前回とほぼ同じエリアですが、「詳しい地図で見る」をクリックして頂けると、三嶺(みうね)の南南東の方位に「白髪山」が座しているのが確認して頂けると思います。
 
 『白髪山という山名の由来の謎
 
 最初にこの白髪山。行政区分は、高知県に属していることを先にお話ししておきます。この山の情報として、端的にまとめられているので、ヤフー百科事典をご参考にお読みください。
 

 

白髪山(しらがやま)

[ 日本大百科全書小学館) ]ヘルプ
高知県中北部、長岡郡本山(もとやま)町にある山。標高1470メートル。四国山地中央部に位置し、山名は近世の『土佐州郡志』によると白髪神社の所在地にちなむというヒノキ林は十大藩有林の一つで、魚梁瀬(やなせ)のスギ林などとともに土佐藩の重要な財源となり、大坂市場で取引された。藩邸や土佐材木問屋のあった地を白髪町という。現在も樹齢150年を超えるヒノキの巨木がみられ、林野庁の四国森林管理局の保護林となっている(白髪山林木遺伝資源保存林)。また、国有林の標高1000メートル以上の部分は白髪山県立自然公園に指定されている。北斜面にはよく発達したブナの自然林もあり、頂上付近の南斜面は、蛇紋岩が露出したヒノキの白骨林景観を呈している。
[ 執筆者:大脇保彦 ]
 

 
 さて、ここに取りあげました「白髪山」。同名の山が、同じ高知県の本山町にも認められ、また、「白髪」を冠する山や神社は全国に相当数あり、個々に由来も異なるため、私がこのようなケースに出くわした場合、どのような調査をするかをお話しします。
 
 ① 麓に当該山をご神体にして勧請された神社が無いか調べる。
 ② 地元の図書館や郷土地誌を調べる。
 ③ 麓の住民に聞き込み調査する。
 
 で。調べました。かなり。息があがるくらい。(はぁ〜)
 今から遡ること30余年。当時高校生だった私がこの、「白髪分岐」という
場所に、「感覚的・直感的」に「違和感」を持ち、朽ち落ちそうな道しるべに
「妙な愛着」を感じてしまったのでした。
 当時、父親の経営する会社が倒産。自力で高校に通うようになったのですが、平日週6日(洋食屋3日・ガソリンスタンド3日)のアルバイトと、週末の山行。私が見つけたのは、青春の苦悩の先に見え隠れし始めた「眞の古代日本文明」の糸口が、この近くにあるに違いない。
 深い谷の下の、ひっそりとした町の空気が、尾根伝いに吹きあげてきて、
真実の扉の鍵がある予感が・・・・。
 麓の町の名は現在の「香美物部別府字栃谷」。!!!
 あの眉山山頂に現われた「謎の光」は私に、強いメッセージを送ってきたのです。その意味は眉山山頂で二つに分離したことから大きくふたつの事柄を宿題にされました。人生の宿題。
 
 ひとつ。光の主は宇宙神であること。即ち、人類全体を司る存在である。
 ふたつ。光の片方は、調査し国民に広く知らしめるべき時が来たなら、
      メッセンジャーとして「七生報國」を全うすべきこと。
 
・・・・・・・ 「古代日本」の鍵は、「物部氏」が握っており、自分がその末裔であること。仏教のきらびやかなドレスの下に、古代キリスト教が隠れ入ったのは、蘇我氏の陰謀であること。白髪山の本当の意味は、物部村に現在も伝承し続けられる、「イザナギ流」の「白き幣」そのものであって、天照大神は、本当は「天照国照大神」であり、「男神」であること。推古天皇が即位するタイミングで歴史は変貌したこと。「古事記」以降の文献に懐疑的になるよう、色々な見聞を調査し、ピンポイントが「物部」に至ったこと。・・・・・・・
 
 「香美物部別府字栃谷」。
 
「カミ・・・は、・・・物部氏・・・を祖とし・・・別の冠・・・
 を被せられ・・・。トシカミ・・・と大いに関係あり。」
 
 祖父の遺影に重なり見えた「ニギハヤヒ」。彼の復活が日本の真の黎明を呼び醒まし、世界人類に希望をもたらすだろう。・・・・・・・・。
 
                 まだまだ続きます。(笑)
 
 
 
 皆さま。こんにちわ。伊古彦のひとりごとです。(笑) 今回も前回の続きとして、四国の屋根のミステリーゾーン、四国山地のなかでも、昔、私がうろついた山域である、剣山周辺の山の中から、「三嶺(みうね)」・「イザリ峠」・「天狗塚」をご紹介しつつ、当時の感想等もお話しして、遠い昔、ひょっとするとそんなこともあったのではないか?と空想してみたいと思います。なお、これからお話しする内容は、恐らくまだ誰も、記録に残していない事柄ですので、「新説・剣山周辺の神秘」ともいうべき体験談になるかも知れません。、
 読者の皆さまの、ブログ記事作成の間の「ティータイム」にでも、お読み頂ければと思います。(たいしたこと無い内容ですので)


 
 『三嶺(みうね)に存在する謎の池』・・・(お話その1)
 
 さて、三嶺(みうね)がどんなところか、ウイキペディアを調べてみましょう。

三嶺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
三嶺標高所在地位置山系
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/90/Miune.jpg/300px-Miune.jpg
見ノ越から望む三嶺
1,893m
高知県香美市徳島県三好市
北緯33度50分22秒
東経133度59分16秒
四国山地
三嶺の位置
三嶺(みうね)は、四国の剣山国定公園の西端に位置し、高知県徳島県にまたがるである。標高1893メートル、高知県最高峰だが山頂部は徳島県と二分している。高知県側では「さんれい」と読む。高知県側の物部川源流域の山でもある。

概要 [編集]

知名度では剣山に劣るものの、登山者の運動によって開発を免れた三嶺の高知県側には、四国で最後といわれる自然豊かな原生林と貴重な草花が残されていたが、2005年頃からニホンジカによる食害が目立つようになり、希少植物の消滅、標高の高い尾根筋の針葉樹の多くが被害を受けるなど深刻な事態となっている。
三嶺は高知県の登山者にとっては特別な感情を抱く山であり、1975年昭和50年)に高知市で「三嶺を守る会」が結成された。当会は結成翌年の1976年(昭和51年)以来一年も欠かすことなく「三嶺清掃登山」に取り組んでいる。2007年平成19年)8月には「三嶺の森を守るみんなの会」が結成され、ニホンジカの食害から植物を守るために保護ネット設置などの運動が展開されている。
登山は、春から秋の季節であれば難易度は高くないが、厳冬期には大量の降雪もあり、過去には死亡事故も発生している。高知県側のメイン登山口である光石からは山頂まで片道約4時間を要することから、早立ちを心がけないと下山遅れの危険がある。沢の渡渉をするルートが多いため降雨時も注意が必要である。三嶺周辺には避難小屋が多くあるので小屋を使い縦走する登山者も多い。避難小屋は、山頂の三嶺ヒュッテ、オカメ小屋、白髪小屋、八丁小屋。


 また、風光明媚なこの山は「日本二百名山」にも選定されております。
 「日本二百名山」とは次のとおりです。


日本二百名山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本二百名山(にほんにひゃくめいざん)とは、深田久弥のファン組織「深田クラブ」によって、クラブ創立10周年を記念して1984年昭和59年)に選定された日本の代表的な200のである[1]。深田久弥が選んだ日本百名山に100の山を加えたものとなっている。


 さて。どんな場所か?画像がきれいで、池が写っており、被写体になっていらっしゃる方々も美しいブログから見せて頂けます。
 
 こちらのブログは、四国・香川県で営業展開されていらっしゃる、登山道具専門店「ベースキャンプ」様のオリジナルレポートです。四国の山旅の際には、是非お立ち寄りくださいね!(笑)


 さて、写真の第一面を飾っているのが、通称「三嶺の山上池」。これ、絶対、人工的につくられています。何故なのでしょう?また何のために?
 私は「禊ぎ(みそぎ)」に使用するための水を確保するために作られたのではないか!と、考えています。飲料用の水は、女性登山者の皆さんが歩いていらっしゃる痩せ尾根の下50Mくらいのところにあります。
 
 三嶺がどんなところか画像と地図で、少しだけ雰囲気を感じて頂けたら、
次回は、いろいろなお話も、ご理解して頂きやすいと思い掲載させて頂きました。


 この次は、「白髪山」をご案内いたします。(笑)
 
 皆さん。お元気でしょうか?イコピコのひとりごとです。
 さて今回は、先日、阿波古代史研究家の「ぐーたら先生」から頂いた、簡単そうで奥の深いご質問にお答えしてみたいと思います。(難しいなあ。本当に)
 まずは、ぐーたら先生のご紹介を、略式ではございますが、この場をお借りしご披露しておこうと思います。
 先生は、阿波古代史のメッカ、気延山(きのぶさんではなく、きのべさんと読んで下さいと、犬のおとうさんが教えてくださいました)の山麓にお住まいで、阿波古代史に関する情報の、収集量と所蔵文献の豊富さには定評があり、とりわけ近年、
「阿波風土記」を発見され、若手研究者の最右翼でもあり、「阿波のことならぐーたらに聞け」と云われるほど、かなりマニアックな事象に関しても、「わかりません」とは言わない方であります。
 その先生が、この私に投げられた質問は、次のとおりです。私はこれらの質問を読ませた頂く際に、昔ラジオで放送されていた、「こども電話相談室」に、時折こどもになりすまし質問の電話をかけてくる、知っているのに知らんふりの「大人」のように、声色までつけて読んでしまいました。(笑)・・・ご回答は、現時点での自論であることをご承知置きくださいませ。
 


 
質問① 
 「どうして鶴亀石の龜の首は折れているのでし     ょうか?」
 
回答① 
 ふ〜む。いきなり難しい質問です。まあ、ひと      つ考慮できることは、「経年疲労」ですね。自然     石の風貌で、亀石と呼ばれているのですが、や     はり「クビ」ですから、頸骨があるかないか、非      破壊検査をするまでもなく、使い過ぎからでは      ないことだけは云える・・・と思います。

 
質問②
 「モノイフ石」はどこにありますか?
 
回答② 
 前回回答済み(ええっ?あれだけで?)なの      で、割愛させて頂きます。
 

質問③
 「鬼神の窟」は次郎笈にあるんですか?
 
回答③
  はい。そのように言い伝えられているようで      す。ただ、どの辺りかさえ存知上げておりませ      ん。ただ「鬼神」という言葉にロマンを感じます。

質問④ 
 どうして「八剣神社」に「山龍王」が祀られてい     るのですか?
 
回答④
 これは難しい!そもそも、勧請されているご祭     神すら存知上げません。「八」から連想できるも     のは数多く、全国的にも「八剣神社」はたくさん     あり、また共通するものも少ないうえ、風呂敷を     広げると民俗学者の諸説にまで及びます。また     デリケートな問題もありますので。
 ただ、「山龍王」は「やまたのおろち」ではない     か?としておきましょう。
 もっとも無責任な自論としては、「大剣神社」の     元祠だったけれど、伝承無きまま、暴風雪の災     害に見舞われ、上の部分が吹っ飛んで「八」の     字に見えたので、全国的な「八剣神社」に誰か     が間違えたのではないか?とも考えられるでし     ょう。頂上ヒュッテの営業も、近代登山流行以降
ですし、気象庁の有人測候所があった当時から
外見にさほどの変化はないほど、「荒れている     ようです。

質問⑤
 「あの」行場から上にはどうして行ってはいけな    いんですか?
回答⑤
 これは「信仰の対象」だからでしょう。「至聖所」と思われる場所とご神体は、ご存じのように、県内各地にみられます。また「聖」と「俗」の境目は 「神仰」にはツキモノですから。今だから云いますけど、私はあそこを各種修法の道場にしていました。誰もいないのを見計らってですよ。


 済みません。たいしたことをお答えできなくて。文字にすることの不安。半端じゃないですね。本当は口伝でいいたいこと、理解できたこと、いっぱいあります。いろんな情報を体系的に枝葉づけするのにも、数多くの有益なことがらが「体験」をとおして理解できたのですが。
 いずれまた、小出しに露出していきますので、ご自身で体系化してみてください。そもそも、日本各地に「山岳宗教」は数多く存在し、その数だけ「固有の縁起」も存在します。一部の研究者の、またその研究者がそれぞれに諸説を展開されておりますが、個人的には、「次郎笈」、「伊勢の岩屋」、「白髪山」、「三嶺(みうね)」の方がミステリアスで、晩年「三嶺無人ヒュッテ」で長期滞在し(ダメだろう!かってに私物化したら!の声が)、調査に没頭したいくらい魅力的ですよ。ひとりで過ごす、夜の恐さを除けばね。(笑)
 文字が大きいだけで、たいした情報量がなくて申し訳けございません。他に気付いたこと等、いつでもご質問くださいませ。ひとまず、今回はこの辺で。
 皆さん。こんにちわ。伊古彦のひとりごとです。
 私が住んでいる神奈川西南部の海辺の街では、昨夜、冷たい雨が降っていました。海上はこの時期にしては珍しく、台風のときのようなうねりをともなって、大きな波が寄せては返し、海に関してだけ言えば、秋の気配であります。こんなことって、きっと時代が変わる大きな節目には、あったのでしょうね?冒頭からつい余談になっちゃいましたが・・・。
 
 さて。昨日の話の続きをお話し致しましょう。(笑)「モノイフ石」のお話です。「いくおサマ」の質問で、どんな石だかわからないとのことでしたので、これについて、先にお答えします。その石は「人間のことばをしゃべる石」・・・・だそうです。??だそうです。とは無責任な!とお怒りになられる方もいらっしゃることでしょう。残念ながら私は、その「モノイフ石」を見たことがありません。
唯、新居熊太さんや、避難小屋に現われた、謎の老人の話によると、石がおしゃべりをするそうです。何を語るのでしょうか?ただ、漠然としていますが、次郎笈の何処かのようです。とすれば、次郎笈(じろうぎゅう)の頂上付近ではないか?と云うのは私の想像です。何故かと云うと、次郎笈だけ、頂上を通らずに乗り越すことが出来るからです。と云うよりも、
何故古くから存在する山稜の道が、この山だけに関して云えば、わざわざ北面の急峻な山腹を巻いて(登山用語ではトラバースと云います)いるのか?本来、聖なる場所ゆえに、直接人が脚を踏み入れることを拒んだのではないか?」と云うのが、私の自説です。
 またこの次郎笈(じろうぎゅう)山腹は、気象条件や雲の位置等の微妙な環境の差ができるときに、山道を歩く自分の足音さえコダマする場所でもあります。
 何れにせよ、この「奇怪な石」が本当に存在するなら、「本当の聖石」であり、「至高なるもの」と関係がありそうです。
 また、この次郎笈(じろうぎゅう)。剣山(鶴亀やま)を太郎笈(たろうぎゅう)、弟分の山だから次郎笈というのは、納得できない説であります。
 元々、この「ジローギュー」と云う響き自体に、違和感を覚えるのは私だけなのでしょうか?
 次回は、このお話の続きとして「伊勢の岩屋は、何故地図から消えてしまったのか?」について、諸氏からのご質問に対するお答えも含めて、お話ししてみたいと思います。できれば、今夜か明朝の早い時間に。
 いつもご愛読いただきまして、本当にありがとうございます。この場をお借りし感謝の辞とさせていただきます。
 

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