ここから本文です
From 湘南茅ヶ崎。 イコピコのひとりごと
とんぼお姉さま。頑張れ頑張れ!私はいつも祈っていますよ!(笑)

書庫日本の心

記事検索
検索

全26ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

平成23年 天長節

 
 
 
イメージ 1
 
 
 奉祝 天長節 (天皇誕生日)
 
天皇陛下のこの一年

 天長節を奉祝いたし、両陛下のご健勝と皇国の彌榮を謹んでご祈念いたします。
 
 今上陛下におかれましては、本年もご執務実(まこと)にご多忙の中、東日本大震災の発生に際し、心温まるご行幸、お言葉の数々を国民の私達に賜りました。
 
 私は何度も溢れる涙を堪えることができませんでした。
 「天皇陛下は常に我々国民ととも在らせられる!」
 
 このことを先祖代々の日本に生まれたる一人として誠に有り難く、なおも有難く存ずる次第です。
 
 
イメージ 2
 
 
 天皇皇后両陛下 万歳! 万歳! 万歳! 彌榮 
 
 

勝手に「靖國キャンペーン」初詣は靖國神社へ

靖國神社を、名実共に国家を守護する安定した存在として、我々の手に取り戻す為には、先ず第一にその経済を支える必要がある。このことは自明であるはずが、なかなか議論にならない。

毎度毎度、政治家の参拝のみが問題にされ、「参拝せよ、参拝するな」の大不協和音が国内に響き渡る。否定派は論外として、参拝を主張する側にも、経済の話は出て来ない。何事も「理想と現実」に分けたがる人が多いようであるが、現実を支えてこその理想であり、以外にもこの現実が支えられれば、そのまま理想が実現する場合も多いのである。しかし、その逆は無い。理想を語り、夢を語るのは結構だが、その裏ではしっかりと「今を支えていく」必要がある。

そこで以下の記事を御参照頂きたい。

【靖國神社崇敬奉賛会に入ろう!】
http://jif.blog65.fc2.com/blog-entry-295.html

【今こそ靖國神社を支えよう!】
http://jif.blog65.fc2.com/blog-entry-420.html

デモも日常的な光景になってきた。本来、「デモが必要な理由がそこに存在する」のであるから、これは喜ぶべき事態ではないのであるが、「黙して語らず」では我々は、このまま何処か遠い世界へ連れて行かれてしまう。そう考える人が増えてきたのである。

この勢いは多方面に渡って活用すべきである。折角、心ある人達が集まったのであるから、その力を出来る限り活用して、その志を多角的に広めて頂きたいと切望する。そこで都内のデモは、その集合場所か、解散場所を靖國近隣に設定して頂き

『みんなで靖國神社崇敬奉賛会に入る国民の会』

をその場で結成して頂ければ何より有難い。そうした人々の姿が動画等で広まれば、二次的な効果も期待でき、賛同者が益々増えていくものと思われる。

政治家に「声を届ける必要性」は多く議論されるようになってきた。同じことである。靖國神社に我々の声を届けよう。その非常に重要な方法の一つが「崇敬奉賛会」への入会である。

               ★ ★ ★ ★ ★

さて、祝日と休日の違いは何か。
会社も学校も休みなのは同じ。
また、公共交通機関もダイヤは祝日も休日も同じ。
生活のほとんどの場面において、両者に具体的な差はない。
では違いは何なのか。祝日の意味とは何か。

祝日の意味を考えることこそ、祝日の意味である。


天皇陛下の御誕生日を御祝いすると共に
御皇室の弥栄をお祈り申し上げます
 

開くトラックバック(1)

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/821449/img_821449_35997201_0?20111223072220

人気ブログランキング ← 最初に、応援のクリックをお願い致します


良識ある日本国民の皆様には、12月23日の天皇誕生日はご存知だと考えます。

大東亜戦争終結後より、天皇陛下の御誕生日をお祝いする日を「天皇誕生日」にされて来ましたが、日本の正式呼称では「天長節」です。

反日勢力による戦後教育により、天皇陛下に敬意を表さない者もいますが、首相の任命権は天皇陛下にあり、国際儀礼上の礼砲も、天皇陛下は21発、首相は19発とされて、天皇陛下こそが日本の国家元首です。

本年も、「天皇誕生日一般参賀要領」、「天長節奉祝日乃丸大行進」御案内をさせて頂きます。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/821449/img_821449_35997201_1?20111223072220

天皇誕生日一般参賀要領

期日 平成23年12月23日

参入門 皇居正門(二重橋)(午前9時30分〜午前11時20分)

退出門 坂下門,桔梗門(ききょうもん),大手門,平川門,北桔橋門(きたはねばしもん)

お出まし(予定) ○天皇皇后両陛下,皇太子同妃両殿下,秋篠宮同妃両殿下,眞子内親王殿下

•第1回 午前10時20分頃

•第2回 午前11時頃

•第3回 午前11時40分頃

「天皇誕生日一般参賀要領」http://www.kunaicho.go.jp/event/sanga/sanga02.html

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/821449/img_821449_35997201_2?20111223072220

「天長節奉祝日乃丸大行進」御案内

拜啓 向寒の候 諸先生・諸先輩、同志諸兄に於かれましては、 益々ご清祥の事とお慶び申し上げます。 來たる十二月廿三日は、 天皇陛下御生誕の日であります。天長節は街頭や家々に國旗日乃丸を掲げては億兆心を一に祝福す可き日です。

本年三月に東日本大震災が隆起し、未曾有の國難に際し、畏れ多くも天皇陛下より「平成の詔」を奉戴し、私達國民は改めて天皇陛下の仁慈の大御心に感謝し奉り、大慈悲心の體現者であらせられる今上陛下の御生誕を國民擧げて祝福いたしませう。

因って我ゝはこのお目出度き天長の佳節にあたり、相集つて諸共に奉祝し、皇運扶翼の覺悟を新たに致したく、左記要領にて本大會を開催する運びとなりました。 時節柄御繁忙のことと存じますが、諸先生・諸先輩、同志諸兄に於かれましては何卒御誘ひ併せの上、御參加願ひますやう伏して御願ひ申し上げます。敬具

(日 時) 平成廿三年十二月廿三日(金曜日)雨天決行 第一部 十七時〜集會  第二部 十八時〜日乃丸大行進

(場 所) 神奈川縣横濱市西區宮崎町六十四(伊勢山皇大神宮敷地内)

主催 神奈川縣維新協議會 大會連絡先 電話 〇四五(三六七)八一〇〇

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/821449/img_821449_35997201_3?20111223072220

1948年12月23日、東条英機第40代首相・板垣征四郎陸軍大将・土肥原賢二陸軍大将・松井石根陸軍大将・木村兵太郎陸軍大将・武藤章陸軍中将・広田弘毅第32代首相、7名の方々の絞首刑が執行されました。

12月23日は、天長節奉祝の日ですが、不法な東京裁判によりA級戦犯とされて処刑された方々の、追悼の日でもあります。

本年の、「怨親平等・殉国忌 慰霊祭のご案内」、「巣鴨刑務所処刑跡追悼式ご案内」をさせて頂きます。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/821449/img_821449_35997201_4?20111223072220

怨親平等・殉国忌 慰霊祭のご案内

紀元2600年、松井石根大将は熱海に興亜観音を作り、支那事変における日支両軍の兵士を怨親平等に弔いました。

戦後、松井大将始め七士は、昭和23年12月23日、A級戦犯として処刑されました。これらの御霊を祀るべく、慰霊祭を行います。宜しく御参集賜れば幸甚に存じます。

日時:平成23年12月23日午後2時45分 受付

場所:靖国神社

講師:加瀬英明 先生

代表:弁護士 内野経一郎

詳しくはホームページ: http://www.koakannon.org

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/821449/img_821449_35997201_5?20111223072220

《巣鴨刑務所処刑跡追悼式ご案内》

不法極まる東京裁判において絞首刑となられた東條英機大将等七烈士と、大東亜戦争で不当に処刑せられた殉国烈士の霊を慰める追悼式を元巣鴨刑務所の刑場跡で挙行いたします。

[日時] 12月23日(天長節)午後1時

[場所] サンシャイン東池袋中央公園(慰霊碑の前)

[世話人] 鹿島政晴 三澤浩一 丸川 仁 福田邦宏 河原博史 秋山一成 内藤芳弘 上條進一 [事務局] 平澤次郎 長谷勇二

[賛同] 政治ブログ「近野滋之・民族主義者の警鐘」主宰 近野滋之

平成23年12月23日天長節奉祝、「天皇誕生日一般参賀要領」・「天長節奉祝日乃丸大行進」御案内、同日の殉国七烈士追悼、「怨親平等・殉国忌 慰霊祭のご案内」・「巣鴨刑務所処刑跡追悼式ご案内」をさせて頂きます。

良識ある日本国民の皆様、12月23日の天長節についてご考慮下さい。

===↓↓ ランキングの応援クリックお願いします ↓↓===


「人気ブログランキング」 https://blog.with2.net/in.php?646336

転載元転載元: 近野滋之・民族主義者の警鐘

 
イメージ 1
 
 
高志さん(旧ブロガー名)のブログより、以下を掲載いたします。
・・・
 
毎週やって来る介護師は昭和52年生まれだという。今、放送されているドラマや戦争の回顧録に興味を持っていて、一つには話を私に合わせるためか、しきりに「坂の上の雲」の登場人物の名を挙げたり、「山本五十六」と口走るので、日露戦争や大東亜戦争(太平洋戦争)について、どの程度知っているのか聞いてみた。
ところが何も知らないのである。日露戦争と大東亜戦争の区別がつかない。一体、学校の成績は如何だったのかと、一寸心配になるが、頭が悪い事はない。普通に高校を卒業し、4年制の医療大学を出ている。それでいて、日露戦争も大東亜戦争も知らないというのだから驚いた。
 
よく聞いてみると、歴史は必須科目ではなく、受験には関係のない科目なので、勉強しなかったのだという。中学でも殆ど習わなかったと言うが、まんざらウソでもなさそうだ。自虐史と称される様なウソの歴史を教えられるのは困るが、何も教えないのは、間違った歴史を教えるよりも悪い場合がある。何も知らないから「従軍慰安婦」がいたと言われるとそうかと思ってしまうのだ。今年は歴史教科書の採用を巡って各地で問題が起きた。
 
教科書を選定する権限は教育委員会が持っている。しかし、実際に選定する現場には教育委員に成り済ました日教組の組合員が紛れ込み、自分たちに都合の良い教科書を選んでいることも分かって来た。これは教育の自由を逆手に取るもので、児童や生徒は教科書を選ぶ自由を奪われた上に偏向した教育を押し付けられている事になる。「自由」は彼ら自身の為にのみ存在するという訳だ。
 
ドラマ「坂の上の雲」は少々雑な出来だが、この様な事態の下では、やらないよりは、やって良かったというものであろう。これだけ歴史を知らない国民が増えている現状を知ると、そう評価するしかない。昨日は奉天会戦が辛勝ながら3月10日に決着。日本海海戦が始まったところで終わった。東郷司令長官の右手が高く上がり、それを左に大きく回す。「取り舵一杯」を命じたのである。三笠に従う各艦は1隻、又1隻と同じ場所で敵前回頭して、敵艦隊の進路を塞ぐ、有名なトーゴー・ターン (T字戦法)の場面だが、そのつづきは次に回す。
・・・
 
日本の教育、特に歴史に関しては多くの問題がありそうです。
私は歴史が好きで若いころから数々の本を読んでいますが、
歴史があまり好きでない方はお金を出して買ってまで歴史の本を読もうとは思わないはずです。
つまり歴史の知識は学校で教わったままということです。
よく言われているように学校では意図的に(?)近代史は飛ばしながら進めていくので、よくわかりにくいものです。ましてや試験に関係ないとなると自ら深く追求することはないのは当然です。
こう考えると、日本の教育というのは我々日本国民に近代史を教えるべきではないとしか思えないのです。これではチャイナや韓国から歴史について文句を言われても返す言葉もなく唯々諾々従うしかないでしょう。特に領土問題は近代史にかかる部分が多いものです。
縄文時代や弥生時代を一生懸命時間をかけて学んでもしょうがないと思えるのです。
私の持論ですが歴史の教育は近代史から始めるべきです。そして時間が余れば縄文・弥生を流す程度でいいでしょう。
問題はその近代史を嘘の歴史、東京裁判史観の自虐で教えられることは避けねばなりません。
これらは戦勝国という連合国の都合の悪いものを隠すために作られた歴史で、日本を貶めるための歴史であることを理解すべきです。
正しい歴史を学ぶには『大東亜戦争への道』から学び始めるといいと思います。
 
イメージ 2
 
・・・・・・・・・・
 
                 さくらの花びらへの応援お願いします。
                     歴史ブログランキングのクリックをお願い致します。
                          ↓ ↓ ↓ ↓ 
                                      https://blog.with2.net/in.php?1248574
 
 
 

転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

イメージ 1
 
一年は早いもので、もうすぐお正月です。
一年に二度、民族が大移動します。
正月とは本来、その年の豊穣〔ほうじょう〕を司る歳神様〔としがみさま〕をお迎えする行事で、1月の別名です。現在は、1月1日から1月3日までを三が日、1月7日までを松の内、あるいは松七日と呼び、この期間を「正月」と言っています。地方によっては1月20日までを正月とする(二十日正月・骨正月)ところもあります。
かっての日本人は、お正月を迎えるにあたり、家中が歳神さまをお祭りする祭りの場になったものです。そのため年末には、煤払(すすはら)いをして神棚や祖霊舎(みたまや)、仏壇などもきれいにし家中を清めました。そして注連縄(しめなわ)を張ったり注連飾(しめかざ)りを飾ったりして、不浄なものの侵入を防ぎ、家全体を神聖な場所にしなければならないとしたものです。
 家の門や玄関に注連飾りや門松を飾るのは、そこが清浄な場所であることを示すし、歳神さまが家においでになるときの依り代(よりしろ、目印)とするためです。そして、床の間には鏡餅を飾って、歳神さまにお供えします。
 お正月飾りはなるべく三十日までに済ませ、大晦日に飾ると「一夜飾り(いちやかざり)」といって忌み嫌いました。二十九日も「苦」に通ずるところから、お餅つきなどもこの日にはしないところが多かったようです。
現在でもこの風習は残っています。
 そして歳神さまをおまつりするわけですから、家族一人一人が清浄な心身でお正月を迎えなければなりません。そのため神社では、十二月三十一日には「年越祓(としこしのはらえ)」というお祓いの神事が行われます。これは知らず知らずのうちに身についた罪や穢れを祓い清めて、清々しい心と体でお正月を迎えるために行いうものです。
 
イメージ 5
 
 
本ブログ神社のお話で幾度も述べてきましたが、私たちの祖先は森羅万象(しんらばんしょう)すべてのものに神々が宿り、魂が存在すると信仰してきました。
作物の生命〔いなだま〕と人間の生命〔たま〕は1つのものであると考え、そのため人間が死ぬとその魂はこの世とは別の世界に行き、そう遠くへは行かず子孫見守っています。
死の清まる期間(弔い上げ)が過ぎると人の個性が無くなり「祖霊」という大きな集団、いわゆる「ご先祖様」になると信じられていました。この祖霊が春になると「田の神」に、秋が終わると山へ帰って「山の神」に、そして正月には「歳神」になって子孫の繁栄を見守ってくれているのだと言います。
 
正月は、日本の行事の中で最も古くから存在するものだと言われていますが、その起源はまだ詳しく分かっていません。仏教が伝来した6世紀半ば以前より正月は存在していたと言われています。「お盆」の半年後にやってくる正月は、かってはお盆と同じく「先祖をお祀りする行事」でした。しかし、仏教が浸透しその影響が強くなるにつれて、お盆は仏教行事の盂蘭盆会〔うらぼんえ〕と融合して先祖供養の行事となり、正月は歳神を迎えてその年の豊作を祈る「神祭り」としてはっきり区別されるようになったと考えられています。
また、現在のようなお正月の行事(門松やしめ飾り、鏡餅などを飾ること)が浸透したのは、江戸時代に入り庶民にも手軽に物品が手に入るようになってからのようです。
1年の始めである正月は春の始まりを意味し、すなわち「立春」とも考えられており、人々は春の訪れがもたらす生命の誕生を心から喜びました。「めでたい(芽出度い)」という言葉は「新しい春を迎え芽が出る」という意味があり、また新年に言う「明けましておめでとうございます」という言葉は、実は年が明け歳神様を迎える際の祝福の言葉、つまり、神様への感謝の言葉を人々の間で交わすことにより、心から歳神様を迎えたことを喜ぶものでありました。
 
門松は、お盆の迎え火と同じで、「祖霊(ご先祖様)」、「歳神様」を松の枝、つまり門松に乗せて家々にお迎えする行事でした。前述していますが、門松は依り代(よりしろ)として、そこにご先祖さまや歳神さまをお迎えしてお祭りするという意味をもっているのです。したがって正月の歳神祭りは非常に重大な儀式であり、依り代としての門松は欠かせないものでした。もともと、お正月もお盆も共通の行事で先祖の御霊をお迎えし、丁寧にお祭りすることが本義でした。つまり、門松も迎え火もともに先祖の御霊をお迎えするための目じるしとしたものなのです。
 
若水とは、元日早朝に一番初めに汲む水のことで、人を若返らせ邪気を祓う力があると信じられてきました。 若水は、福水(ふくみず)・若井(わかい)・初井(はつい)などとも呼ばれ、地方によっては、元日の朝早く、まだ人に会わないうちに汲みに行き、もし人に出会っても口をきかないしきたりであったといいます。
 平安時代の宮中では、立春の日に御門(天皇陛下)に差し上げた水(立春水)を若水といいましたが、後世になり元日に汲む水を呼ぶようになりました。
この行事は新しい年を迎えるにあたって、生命を育む水の力に対する信仰がもとになっているといわれ、水神が生命誕生や再生に大きな役割を果すことは、日本神話に見られるように古くからの伝承です。
 
 
 
イメージ 2
 
 
お節料理(おせちりょうり)は酒の肴(さかな)ではありません
 お正月の料理にも、それぞれに祈りが込められ、例えば、お屠蘇(とそ)には、山椒、桔梗などの薬草が含まれており、これをいただくと一年の邪気が祓われ、寿命を伸ばすことができると信じられてきました。筆者は現在50歳ですが、往古(おおこ)の昔では、天寿を全うした歳にあたります。現在のように医学が進歩していない時代、寿命とは天から授かったものであると考えられてきました。

 お節料理のいわれをあげてみると、据わり鯛(すわりだい) 尾頭付きの焼いた鯛で、二尾の鯛を腹合わせにして頭と尾を高くかかげたもので、目出度いに通じ、数の子 鰊(にしん)の腹子で、その由来は二親から多くの子供が生まれるという縁起をかついだもので、子孫繁栄の願いが込められています。
芋頭(いもがしら) 里芋の親芋で、家の芋ともいいます。小芋をたくさんつけるため、子宝につながり、また頭は人の上に立つ「かしら」に通じることから縁起がよいとされています。
昆布巻き 「喜ぶ」に通じ、現在でも目出度い席に使われます。
 本来おせち料理とは、お正月や節句に神さまにお供えするご馳走のことをいいました。
イメージ 3
 
お年玉は、お正月にいただくお小遣(こづか)いのことではありません
 お年玉の語源は、古来の習慣であった歳神さまに供えられた鏡餅を人々に分け与えたことに由来し、鏡餅はもともと鏡をかたどったものであり、その鏡は、魂を映すものといわれてきました。古代の日本人は「魂」と「玉」は同じものと考えていたのです。このことから、歳神さまの魂は玉に通じるので「年玉」と呼び、神さまから頂くお下がりなので、敬って「お」をつけ「お年玉」と呼ぶようになったといわれています。
 お年玉は、古くは現在のようにお金ではなく丸い餅でした。出生率の割に成人まで達する生存率の低かった昔、私たちの祖先は、子供たちの健全な成長を願い、歳神さまのお力がこもった丸餅を贈りました。
 今はお金をあげますが、筆者の子供の頃は、まず神棚にお供えして祈りと感謝を込めて、神さまの前で一人ひとりに手渡しでいただいたものです。
初詣は、年が明けると、まず家族揃って地元の神社にお参りに行きます。年が明けてから始めて神社に参拝することを初詣といいます。氏神さまや、その年の恵方(えほう)にあたる神社などにお参りして今年一年の無事と平安を祈る行事です。
 近年は、除夜の鐘が鳴り終わると同時にお参りする習慣が一般化してきていますが、古くは年籠もり(としごもり)といって、大晦日の夜から元旦の朝にかけて、氏神さまにお籠もりするのが慣わしでした。やがて、この年籠もりは除夜詣でと元日詣での二つに分かれ、初詣のもとの形となったのです。現在でも、除夜に神社などに一度参拝したのち家に帰り、元旦になって改めてお参りに出かけるという地方もあります。
 お参りの順序としては、まず、一番身近な氏神さまをお参りしてその年の幸を祈り、それから日頃崇敬する神社や、恵方のお宮へ行かれるのが順序とされています。
 
イメージ 4
 
お正月が一段落した十五日には、小正月の行事が行われます。
 代表的なものは、左義長(さぎちょう)・どんと焼き・鳥小屋(とりごや)などです。これはお正月にお迎えした歳神さまをお送りする行事です。お正月に飾った注連縄や門松、古いお神札(おふだ)などを焚き上げます。その火や煙に乗って歳神さまがお帰りになるといわれています。
 
日本人は太古の昔より、祈りと感謝を本義とした民族でした。
和を尊び、謀(はかりごと)を良としませんでした。
 
本来の日本人のよき精神、よき日本の文化を子孫に伝えていくことが現世の我々の使命ではないでしょうか・・・・
 
 
 
 

 
画像は日本会議「日本の息吹」よりお借りしました。

転載元転載元: 美しい国

全26ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

ピコさん
ピコさん
非公開 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(52)
  • 大日本勤王党
  • ひで
  • 谷 潜蔵
  • 竹
  • naomi_shararan
  • ria
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事