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〔6〕異界への扉・・・(1)
こたつとツルさんにこころを暖められた二人は、蕎麦ができるまでのごく短い時間に、こくりこくりと居眠りをしていた。
ツルさんは、そんな二人に気付いていたから、ひとりごとをいいながら、蕎麦を茹でていた。
「男は何歳になっても子供じゃのう。女とは違って魂が汚れていないからのう。男の頑張りの陰には、いつも女がいたわけじゃが、この先この関係に大きな変化が起きるのじゃ。女が世界を表で支配する時代がくるのじゃ。
男の時代は、争いの歴史じゃった。力のある男は、何人でも女を養ってきたが、これから先は、人間が生存していくために、人減らしが行われるのじゃ。
生殖能力の無い男が増え、世界から争いごとが無くなる。平和な時代は、すぐそこまで来ておるわ。
丹波天平(たばでんでえろ)の峠に、年老いた女たちが捨てられたことなど、今の時代の者たちは知らんだろうが、これから先の時代は、丹波天平(たばでんでえろ)に男たちが捨てに行かれる時代になる。あっはっは〜」
ツルさんの笑い声に目覚めたふたりは、一瞬キョトンとしていたが、眼の前に蕎麦が出されているのを確認すると、仲良く頂きますを云って、蕎麦を美味そうにかき込み始めた。
ヘンディーは蕎麦を、美味そうに食べる。音を立てながら。だが、外人顔なので、見ているだけで何か楽しい。彼が日本人を意識しているって云ってたけど、実際のところ、日本人って何なのだろう?郁雄はよく分からなくなった。
郁雄はというと、蕎麦は嫌いではないが、どちらかと云うとうどん派である。毎日うどんでも飽きないくらい好きなのだ。醤油をぶっかけるだけのシンプルな食べ方も好きだし、つけダレでも、だしつゆで食べるのも大好きだ。それは、彼が四国で育ったこととも関係が無いとは云えないだろう。うどんは普通の食文化としてあるけど、蕎麦はちょっと気ぐらいの高さが、店構えにも出ているような気がしていたからだ。関西と関東の文化の違いかも知れない。
蕎麦を食べ終わった二人に、ツルさんが丹波天平(たばでんでえろ)に行って来るよう勧める。
丹波天平(たばでんでえろ)は、丹波山村にある山の名前である。頂上付近がなだらかな山である。
丹波山村の丹波天平(たばでんでえろ)は、日本全国にある、「蓮台野」の訛ったものだと云われているが、「蓮台野」という地名の云われが、「葬地」を意味する語であることすら、現代人にはほとんど知られていない。 「葬地」は文字通り「墓場」を意味する。この「葬地」も文字を変え、「僧地」とか「左内」となって、現在に至っている。いずれにせよ、もともとは、霊魂の集まる場所、あるいは霊場を意味するのだ。
「またどうして、急にそんなことを云うのですか?」
さすがのヘンディーもツルさんの前では、正雄なのであった。というのも、彼の魂は日本人以上に「日本人」であったから、ツルさんとの深い信頼関係ができたのである。だが、この真冬に、よりにも寄って丹波天平(たばでんでえろ)に行って来いと云うのには、何故なんだという疑問が生まれても仕方ないだろう・・・。
「今日、あなた達はそのために来たのじゃ」と、ツルさんは云うのだった。
あそこに行ったら何が我々を待ちうけているのだろう。
考えたくも無かったし、気味が悪くて行きたくないのである。ただ、郁雄はどんなところか興味津々で、いろいろと行かぬ前から想像していた。
「何かが僕たちを待っているのですね?」
郁雄は素直に彼女に確認する。ツルさんは、ふむと大きく首を縦に振った。
正雄はジャケットの袖を少したくし上げ、オートマチックの腕時計を睨んだ。午後3時を少し回ったところだ。
「仕方ないなあ。郁ちゃん。登ろうか?」
乗り気のしない表情の正雄にそう尋ねられても、何かが待っているなら、行かざるを得ないであろう。
郁雄は断るどころか、眼を輝かせている。服装を見れば、二人とも充分山歩きができそうな恰好でもある。
正雄はツルさんに代金を支払うと、ちょっと行ってきますと、妙にしおらしく挨拶をする。それがいいと彼女は笑った。
正雄はビートルのドアを開け、グラブボックスを開けると、黒いレバーを手前に引いた。ガチャンと音がして、
フロントフードが少し上に口を開いた。
フロントトランクのスペアタイヤの前に、何故か二組のリュックサックが格納されていた。ひとつは正雄のものであり、もうひとつは亡くなった奥さんのものらしい。
アルファ米も入っているし、燃料もテントも食料も、一晩過ごすだけのものは全部入っていると、正雄の顔は何時の間にか笑っていた。あとは、飲料水をポリタンクに補給していくだけだと云った。
「ねえ。今夜は山で寝るの?」
郁雄は正雄にそう尋ねた。多分ねと、正雄はそっけない云い方をした。
クルマを役場の上の駐車場に移動させ、また来た道を一旦後戻りして20分も歩くと、その目的地への登山口に辿り着いた。さあ行くよと正雄が声をかける。郁雄は、ハイ。と小さく頷いた。(つづく) |

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