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From 湘南茅ヶ崎。 イコピコのひとりごと
とんぼお姉さま。頑張れ頑張れ!私はいつも祈っていますよ!(笑)

書庫小説「ソルの椅子」・・真坂詠三

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〔4〕失われた光・・・(6
 
 SOL(ソル)の店舗の建物は、南北に走った路地の、西側に沿って建てられた1階が店舗、2階は貸し部屋になっていた。路地を挟んで東側は、数年前に火事で全焼し、そのあと何も建てられていない。何か建てたところで、格別繁盛する商売も考えつかない。1ドルが360円だった頃、この界隈も商売の上手い連中がいて随分稼いだようだ。
 米軍兵相手に様々な商売が表にも裏にも成り立っていた頃があった。様々な人間が大勢集まる場所をマーケットというなら、この界隈もやはりマーケットと云える時代が確かにあったのだ。
 ヘンディーがドアの鍵穴にキーを差し込む。シリンダーからひとつの突起が飛び出し、ドア枠との連結を解き放つ。だが鍵穴はもうひとつ床上30cmくらいの場所にも設けられていて、同じ動作を別のキーで再び繰り返さないと、完全に解錠されないようになっている。
 ドアを開けると、カランコロンとカウベルの音がした。いささか時代を感じる代物だけど、不思議とこの店にはお似合いだと思った。
「さあ入って」
 ヘンディーはそう言って、郁雄が店の中に入ることを勧める。ガランとした店内には、東西方向にカウンターが据えられている。北側にボックス席が2組設けられているが、椅子の張生地のビロードの所々が擦れ剥げている。ただ、嫌と言えない不思議な空間がそこにはあった。(つづく)
〔4〕失われた光・・・(5
 
「よし。じゃあ今日から君の住むところと任せる店を案内しよう」
 無理やり笑顔を作り直すと、頭を右に傾け、さあ行くぜってジェスチャーで合図する。『外人顔』だとこういったシチュエーションの時、得だなあと思う。カッコいいもの。
 まるで映画のワンシーンのように、サマになる彼とサマにならない自分。いつか彼のように、陰りあるカッコイイ男になりたいと思う。
 ビートルはオリジナルのコンディションを保ったオフホワイトの外装とは対照的に、内装はエキゾチックなワインカラーに変更されている。助手席は左側だからヤナセが輸入したものかもしれない。いずれにせよ、古き良き時代と日本人が魅力的に感じるエキゾチックな『外からのもの』が、ほどよく溶け合ったコーディネートだ。
「ここが「赤線」だよ。昔、ここから生まれた『生命』が、実はたくさんあるんだよ。いつの時代もこの世は男と女しかいないわけだけど、その出会いがどんな風であれ、
最終的に選択する権利を女性が持っているわけだ。
女は怖いよ。郁ちゃん。気を付けなよ」
 ステアリングをゆっくり左に切りながら、狭い路地にクルマは入っていく。道幅が狭くなると同時に、ビートルの独特な水平対向4気筒エンジンの、小気味の良い排気音が腹に響いてくる。ところ狭しと道路を覆うように、色とりどりの袖看板が、歪んで張り出している。
 間もなくクルマは一軒の店の前で停まった。看板には黒地に白抜きの文字で『SOL ソル』を書かれていた。
(つづく) 
〔4〕失われた光・・・(4
 
 本当に懐かしそうな、人なつっこい笑顔でヘンディーが話しかける。
「いや。そうでもないです。なんかここの雰囲気に飲まれちゃって」
 郁雄は、まるで無人島にいるところを、顔見しりの漁師に、奇跡的に見つけ出された遭難者のような気持ちで、ヘンディーの眼を見つめながら話した。
「そう。でもさ。夜になるともっとディープな福生がわかるよ」
 自慢げに、ヘンディーが嬉しそうな表情でそう話す。
 自然に左手をあごの下に運び、親指と人差し指であごの先端のひげの剃り残しを確かめるような仕草をみつめてハッとした。
 函館で出逢った時は気付かなかったが、左手の薬指に指輪をしているのだった。
 郁雄は空かさず、
「ねえ。ヘンディー。奥さんいるの?」
 するとヘンディーの表情は突然暗くなり、フッとひと息入れてから話し始めた。
「郁ちゃんと函館で逢ったでしょ?あの日は49日の翌日だった。友達たちが亡くなった女房のお別れ会をしてくれたんだ。女房は函館出身でさ。彼女の実家で法要を済ませ、その翌日君の勤める居酒屋に招待された。」
 ヘンディーの寂しそうな顔を初めてみた。それまで郁雄は、ヘンディーは、そんな悲しい陰のようなものを引きずってる男には見えなかったから、意外であった。
 左手の指輪を右手で触りながら、
「急だったんだ。身近で大切な人間が、突然いなくなることは、本当に堪えられないことだよ」
 きっとそうだろう。郁雄は思わずもらい泣きしてしまった。(つづく)
〔4〕失われた光・・・(3
 
 人影まばらな駅前のロータリーを出入りする、自動車のナンバープレートは、平仮名の部分にアルファベットの『Y』の文字が入った、米軍基地関係者の運転する自動車だけだった。
 手持無沙汰に、2杯目のコーヒーを注文しにカウンターへ行くと、さっきは日本人の女の子が応対してくれたのに、今度は明らかに『外人顔』の、ミーシャ・パリス似の褐色のキュートな女の子がこちらに向き、立っている。 郁雄は、一瞬英語の表現を組み立ててから、彼女の前に進み出た。
「Coffee please. One cup . The size is small.」
 完全にブロークンな即席英語だ。すると、彼女が
「大丈夫ですよ。日本語でも。ここは日本ですから」
と、流暢な日本語で応対してくれた。
・・・・福生は不思議な街だ。・・・・・・
 よくよく考えてみれば、彼女の言ってることが真実であり、ここは日本の東京都の一部なのだ。日本人が相手の見かけで英語をしゃべる必要はない。彼らこそ日本語を勉強して話すべきであり、モノオジすること等ないのである。
 そう考えると、幾分気持ちが楽になる。コーヒーを受け取ると、さっきの窓際の座席に腰を下ろした。
 すると、眼の前のガラス越しに、1台のフォルクスワーゲンが停車した。1957年前後のヴィンテージもののビートルだ。それがわかるのも、郁雄はビートルが好きだからだ。最近めっきり減ったクルマではあるが、存在感のある愛らしいカタチが、いまでも名車の雰囲気を保っている。
 と、運転席から降り立った男は、間違いなくヘンディー
だった。ヘンディーはすぐ郁雄に気がつくと、左手の親指を得意げに立て笑い、素早いフットワークで店内にはいって来た。
「郁ちゃん。久しぶり。疲れたんじゃない?」・・・(つづく)
 
 
 
 
 
〔4〕失われた光・・・(2
 
「こんばんは。神岡郁雄です。その折はビールをひっくり返してご迷惑お掛けした、函館の男です」
 郁雄は、寂しさや悩みを見破られまいとして、凛とした口調で話しかけた。すると、
「おっ。郁ちゃん。元気?かかってくるの待ってたよ。で、いつ帰って来る?マイ・ホームタウン・フッサへ」
 郁雄はウッと声を出した後、急に泣き出してしまった。 受話器の向こうでヘンディーが静かに聴いてくれてるのが伝わってくる。やっとのことで、落ち着いた頃、
「郁ちゃん。福生(ふっさ)良いとこ一度はおいで〜だよ」
と、笑いながら話してくれる。お金が無いなら送るよ。働いて返してくれればいいし・・・・。住む場所も仕事もあるから、福生に帰っておいで。と言ってくれるのだった。
 
 一週間後、郁雄は再び東京の地を踏むことになる。
 以前と比べると、東京の片田舎ではあるけれど、日本人の少なさが異常に感じられる街だ。
 初めてJR福生駅に降り立ち、東口のロータリー前のバーガーショップで、ヘンディーとの再会の時を待った。
軍服に階級章を付けた体格のいい米軍兵が店に入って来る。ふとカウンターの上を見上げると、天井から、
『TAX FREE』の文字が吊り下がっている。
 店員の女の子が、普通に英語で会話している。ブロークンだが、音はネイティヴだ。郁雄は、今日からここで暮らすのかと思うと、きっと今まで自分が知らなかった世界がここにはあると思えるのだった。(つづく)
 
 
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