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ウェストバージニア州のオハイオ州との州境近くにモスマンはいたのですが、そこからオハイオ州の南部を西に向かいました。途中のレストエリアのベンチで寝たのですが、なんと、ついに雨が降ってきました。天気予報の効力も五日間で切れました。そのベンチは屋根なしだったので、冷たさを感じて起きて、仕方ないので走って、屋根つきのベンチを捜したら、ありました。ここでまたしばらく寝ました。
オハイオ州のシンシナティからケンタッキー州に入って、雨は上がりました。北ケンタッキー大学の図書館の中にステゴワーゲンヴォルクザウルスがいました。若い人の多い大学の図書館ではただでさえ年よりなので目立つのに、大学の図書館の中をライディングスーツのまま歩くのは、恥ずかしいです。
また、オハイオ州に戻って、次はインディアナ州を目指しました。ココモと言う町にいた、ココマンティス。ここから、最終チェックポイントのミネアポリスに向かいました。
ガソリンを給油した後、しばらく気づかなかったのですが、やってしまいました。予備燃料タンクのキャップを閉め忘れて、どこかになくしてしまいました。最終日でよかったです。ジップロックと針金とガムテープで暫定キャップを作って走りました。
もう一つ、最終日、左のグリップガードが落ちてなくなってしまいました。
ウィスコンシン州を通っていたら、すでに夜になってました。最終チェックポイントのミネアポリスには次の日の朝8時までに着けばよいので、楽勝でしたが、前日の寝床で雨に降られてあまり寝てないことから、安全策で夜中走るのは止めて、早めにチェックポイントに向かうことにしました。夜二時にミネソタ州ミネアポリス近郊のチェックポイントのホテルに到着し、寝ました。
夜中ずっと走って、朝にチェックポイントに帰ってくるライダーもいました。私はそこまでの元気はありませんでした。
朝に帰ってくるライダーたちは、化粧したラリースタッフの歓迎を受けてました。
7月7日の朝は6時からボーナスポイントの審査があって、公式に時計を止めてもらいました。
審査会場に入って、専用のメモリーを提出、スコアシートを提示して、
第一レッグ最低一万ポイント
第二レッグ最低一万五千ポイント
第3レッグ最低三万五千ポイント
合計六万ポイントが必要でした。第一レッグと第二レッグの合計で約二万ポイント、残り四万ポイント、どうなることか。提出したスコアシートでLGDとかLBCとかMFCとかボーナスポイントのコードを書いているのですが、一文字書き間違えるだけで5連続が5連続でなくなり、4倍ポイントが一つずれて、全て終わりです。
この日は、ゆっくりしました。ホテルの近くを散歩したりしました。バーグマン400ですが、エンジンオイルが減るので追加しました。ラリー中は毎日オイル量をチェックして、オイルを足してました。持ってきた0.94Lのオイル五本が、ほとんどなくなりました。
久しぶりのビールでした。半月ぶりで、うまかった。
ディナーは、参加者やスタッフ、見学者も含めて盛大でした。ディナーの最中に結果発表がありました。一人づつ呼ばれて、
55位、79449ポイント、完走です。第3レッグ、ノーミス。ラリー中の走行距離は公式補正後で9059mile(14579km)、メーター読みで9218mile(14835km)でした。
コロラドの3400mの峠を通り、炎天下の灼熱テキサスに丸三日以上、ドラゴンテイルをくねくね走り、ニューヨークシティをうろうろした11日間でした。この内、野宿は五泊でした。
円/米ドル 110 円/米ドル
総走行距離 (家から家まで) 11183 Mile (17997 km)
給油回数 28 回
合計給油量 176.248 Gallon (667.17 リットル)
合計ガス代 383.8 米ドル (42218 円)
平均ガソリン価格 2.177 米ドル/Gallon (63.261 円/リットル)
平均燃費 62.958 MPG (26.77 km/リットル)
道路代 40 米ドル (4400 円)
宿泊費 (11泊) 1128.81 米ドル (124169 円)
ラリー参加費 2075.16 米ドル (228268 円)
飲食費 112.93 米ドル (12422 円)
保険 medjetassist 220 米ドル (24200 円)
スポットメッセンジャー 242.96 米ドル (26726 円)
お土産 62.62 米ドル (6888 円)
Tools, Parts and Oil 192.79 米ドル (21207 円)
メモリー 29.60 米ドル (3256 円)
合計費用 4488.67 米ドル (493754 円)
参加賞は盾でした。104台中87台が完走、DNF(失格)は17台でした。一位の方は135527ポイント、12885mile(20736km)を走ってます。私が五日間では行くのは無理と思ったニューファンドランドにテキサスから行って、時間内にミネソタに戻ってました。すごいです。今年は一位から三位までBMW勢が独占でした。
1位 2015 BMW R1200RT
2位 2016 BMW R1200GSA
3位 2009 BMW K1300GT
4位 2012 Honda GL1800 (二人乗り)
5位 2012 Yamaha FJR1300
6位 1994 BMW R1100RSL
7位 2005 Yamaha FJR1300
8位 2016 Yamaha FJR1300
7位の方は女性で最高位、なんと13083mile(21055km)も走ってました。
DNF(失格)の17台の内の1台は、ディナーの時に話したのですが、ニューヨークシティで渋滞にはまり、彼のカワサキConcours-14がオーバーヒートで動かなくなったと言ってました。そのようなことは初めてだとのことでした。別の方はポイントを欲張りすぎて時間までチェックポイントに帰れなかった方もいました。
ジョンさんはお医者さんで、第一レッグで鹿とヒットしてしまったそうですが、バイクのカウルに相当なダメージを負ったらしいです。彼は持って来ていた石膏でカウルを固めて継続走行、皆さんがうまく直すものと賞賛してました。そのジョンさんですが、なんと、第3レッグでまた鹿と激突、今度は本人に石膏が必要になってしまったそうです。医者に止められたのですが、DNFになるのはいやだったと思われ、本人は大丈夫ということで、また走り出そうとしたそうですが、ラリー本部が医者と話してドクターストップDNFとなったそうです。医者には一番厄介な患者は医者だと言われたとか。(画像は別なバイクです。)
帰りはゆっくり走りました。日本の風鈴とのことでした。
トラックが立ってました。50ですね。
シカゴの日本食レストランに寄ったりしました。
帰ってすぐの7月9日に、オイル交換をしました。50回目のオイル交換は158296mile(254753km)にて、4616mile(7433km)ぶりでした。6000kmを始めて超えてしまったけれど、途中でかなり足しているので大丈夫そうでした。
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アイアンバット ラリー
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ドラゴンテールを往復くねくね通った後、もう一つテネシー州の別なドラゴンを見てきました。寄り道に合計三時間くらいかかりました。
テネシー州からバージニア州に入って、バージニア州の通り道にあったボーナスポイントはある大学のマスコットの巨大なブルドック、一トン以上あるとのことです。
ウェストバージニア州に入った時にはすでに夕暮れでした。
この日の目的地はニューヨークシティ、7月4日になって夜中の二時くらいに着きましたが、まだタクシーや歩行者も多く、しっかり赤になる信号も多く、さすが大都会でした。狛犬のように入り口の左右に配置されたニューヨークシティ図書館のライオン、1911年5月より図書館を守っているとのことでした。
次はウォールストリートブル、雄牛が女の子に向かって突進し始めるところ、ウォールストリートなのでたぶん熊より牛が好まれるのでしょう。夜中のニューヨークシティを行ったり来たり、うろうろしました。
次はセントラルパークのアリス像、当然ながらスクーターでは公園内を走れないので、スクーターを止めて歩いたのですが、夜中のセントラルパークは誰もいなくて寂しくて薄気味悪かったです。でももし昼間だったら、駐車場を探すだけでも時間がかかるし、ニューヨークシティは夜中に行って正解だったと思われました。これらのボーナスポイントは24時間OKでポイントが大きいのでした。と言うのも、この日ニューヨークシティは建国記念日の花火大会とかもあるようで、午後から交通規制にいくつかの橋は通れなくなるらしく、ラリー本部はそれを狙ってポイントを大きくしているのではと思われました。
ニューヨークシティの道路はデトロイトの道路に負けず劣らず酷く荒れていて、穴は開いているしでこぼこでジャンプするし、乗り心地悪かったです。赤信号も多くて、通行に時間がかかります。
夜中の4時に一旦ニューヨークシティを離れて、ニュージャージー州にあるレストエリアで仮眠しました。ヘルメットとジャケットの間の首筋に隙があったようで、この夜は蚊に刺されました。明るくなってきたころに起きて、再度ルートプランニング、もう一回ニューヨークシティに戻ることにして、サットンプレイスパークにある猪、ポーセリノという名前がついてます。これはデイライトオンリーのため、日の出後、朝6時半くらいでした。
またニューヨークシティを離れて、ニュージャージー州にあるボーナスポイントに向かいました。
1929年に設立された盲導犬を訓練する組織で、モーリスフランクさんとバディー、近代的な盲導犬の開拓者とのことでモリスタウンにあるとのことです。
またまたニューヨークに戻って、ニューヨークシティを通り今度はロングアイランドの北東の先端近くまで走りました。アヒルの建物はアヒルの卵を売る店として1931年に建てられたそうです。
そこから引き返し、再びニューヨークシティを通って、ニューヨーク州の北に向かいました。行ったり来たりでもっとうまく計画できていれば時間を無駄にしなくて済んだのにと悔やまれました。交通規制にはかからずセーフでした。ニューヨーク州の北のほうは観光地でオールド フォージ(Old Forge)と言う町にいた、花柄パンツを履いたムースでした。小さなリゾートタウンで、ミシガンと同じくらい美しい場所でした。
ST1100が同じボーナスポイントを目指してました。フューエルポンプが調子悪いそうで、何か調整してましたが、大丈夫とのことだったのでそこから違う方角に向かいました。
さらに北に向かったらガソリンがなくなりそうだったので戻ったりして、うろうろしていたら夕方になってきました。Tupper Lakeという町を通ったあたりで夜になりました。
ニューヨーク州の北のほう、Saranac Lakeと言う町でモーテルに泊まりました。リゾートタウンからか今回では一番高いホテルでした。この町は小さすぎて夜になっていたので、レストボーナスをもらうためのレシートの入手に困りましたが、ガソリンをほんの僅か入れてレシートを入手しました。レークプラシッドと言う2度の冬季オリンピック大会を開催した町の近くです。
この町にはアディロンダックカルーセル(メリーゴーランド)があって、その中の黒ハエがボーナスポイントになっていたのですが、朝10時オープンだったので、前日のニューヨークシティであまり寝てなかったこともあり、ゆっくり寝ました。メリーゴーランドで黒ハエの乗り物は珍しいです。"Bug-Eye"という名前がついています。
アディロンダック山地の近くは美しい湖に緩やかな山もあって、オートバイで走るのに適しています。いつかまたツーリングに行きたいところです。ここから西に向かってニューヨーク州北部のウォータータウンから高速道路に乗って南下しました。高速道路を降りて、いつか仕事で行ったIthacaという町を通ってニューヨーク州南部のペンシルバニア州との州境近くの町Elmiraで、もう一つボーナスポイントを取って、今度は北西に向かいました。ニューヨーク州で行ったり来たりでした。ニューヨーク州も広いです。
ニューヨーク州西部の町バッファローには鮫少女がいました。公園にいたのですが、見つからなくて歩いてうろうろしました。
ニューヨーク州を去って、エリー湖の南岸を西に向かいました。エリー湖の南岸で夕方になりました。朝10時スタートだと一日が早いです。
オハイオ州に入ってから南下、ウェストバージニア州に入ってすぐ、モスマンがいました。夜中でした。
続きます。長くなって、すみません。
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気温が体温を上回るような暑い日に長時間オートバイに乗る場合ですが、メッシュジャケットはあまりお勧めできません。この場合、ゴアテックスなど風を通さないものを着て、皮膚に接する風(空気量)を調整してあげるのがベストなようです。
体温より周りの空気の温度が高い場合ですが、風(空気)が当たる量が多ければ多いほど、体温をより上昇させてしまいます。体温を保つためには、皮膚表面から水分を蒸発させる必要があるのですが(これを蒸発熱又は気化熱と言いますね)、風(空気)が当たる量が多ければ多いほど、大量の水を蒸発させる必要があります。
水分の供給が追いつくうちは、それでも良いのですが、水分の供給が追いつかなくなると、熱中症になる危険性が高まります。それを防ぐためには、特に長時間乗車するような場合に、風(空気量)をコントロールして体温の上昇を抑え、必要な水分の量を少なくしてやるほうがよいようです。私も、105F(40.5℃)にもなったテキサスを丸三日走行しましたが、風を通さないジャケットにパンツで、襟と袖口から風が少し入るようにして、途中で止まって首に濡れタオルを巻いたりして、走りました。
ただし、体に当たる風(空気量)を減らすと、蒸発する水分量が減るので、その分暑く感じることになります。海外のインナーの宣伝文句では涼しくなるようなことが書いてあったりしますが、涼しく感じることはなく、逆に暑く感じますが、それでも熱中症になる危険性を下げる効果はあるのではと思います。アイアンバットラリーでは、過去に熱中症で病院送りになった方もいたらしくこのような注意喚起を載せていますが、納得できるところもあるので、日本の皆様とも情報を共有できればと思った次第です。下の画像は二人分の水タンクを予備燃料タンクの両側に取り付けた例です。
首に濡れタオルを巻いたり、下着を水で濡らしたりするのは、蒸発する水を増やすので、有効な対策です。下のGL1000ゴールドウィングのようにクーラーでも装備していれば別ですが、体温より暑い空気に接する時、接する空気の量(風)が多ければ多いほど体温を上げてしまうと言うことを思い出して、日本のライダーの皆様においても、くれぐれも熱中症などにならないように、オートバイを楽しんでもらいたいと思っています。
さて、アイアンバットラリーの続きに戻ります。
サンアントニオにあるテキサス大学では、学内広すぎて、学生さんに聞いてボーナスポイントの場所を教えてもらいました。
次のボーナスポイントはオースチンまで戻りました。どういう訳か鳥と虫が同一のグループになってます。
オースチンから西に向かいました。夕日に向かって、走りました。
この日もレストエリアのベンチでした。私のライディングジャケットのバックプロテクター(脊椎パッド)はどちらかと言うと平らなほうで、けっこう寝るのに好都合にできてます。さらにヘルメットの枕は快適で、虫の侵入も防いでくれました。
虫と鳥のシリーズの四つ目は、フォートストックトンというテキサス州でも少し西のほうにありました。これもポイントが三倍になるものと思ってました。
第二レッグのチェックポイントですが、第一レッグと同じテキサス州のダラスの同じホテルでした。フォートストックトンから少し北上して、高速道路I−20に乗って東に向かいました。アビリーンという町にあるドクター・スースのロラックスおじさんの銅像でした。分類は想像上の動物、でも四つ続けるのは無理でした。
テキサス州を回ってダラスに戻ってきたのですが、まだ時間があったので、もう一箇所行くことにしました。ダラス北東にあるパリ、エッフェル塔もありました。
パリにいたドラゴンです。だれかがラリーフラッグを忘れていったようでした。ここはダラスから近いので、たったの91ポイントとポイントがとても小さいです。でも、僅かでも足しておこうと思ったのでした。
第二レッグのチェックポイントに夕方6時45分に到着しました。チェックポイントでは、おいしい夕食を座って食べることができてうれしいです。ラリー本部では、昔死刑囚が執行の前日に最善の食事を出すと幽霊にならないと言う言い伝えに従い、ラリー出発前と各チェックポイントで最善の料理を用意するとのことでした。でも、その前にポイントの審査があるのでした。順番に並んで、呼ばれて審査会場に入りました。第二レッグでは、間違えてシャッターボタンを押してしまった真っ暗な画像があったのですが、それでマイナス100ポイント、ドラゴンのポイントは消えてなくなりました。もっと悪いことには、
審査官『これだと三倍にはならないね。』
私『えっ、Why?』
審査官『ちゃんと読んだのかよ。ここ。』
私『!』
三倍になると思っていたボーナスポイントですが、私の勘違い早とちりで、同じグループを四連続ではなく、違うグループを四連続で四つ目はポイント三倍でした。よって三倍はなし、一倍のままなので、コールインボーナスとかレストボーナスとか含めても合計ポイント一万二千ポイント、最低ラインの一万五千ポイントにたいして、3000ポイントのマイナスということになりました。第一レッグと合計で約5000ポイントのマイナス、果たして、最終の第三レッグで5000ポイントのマイナスを帳消しにできるのでしょうか?。
7月2日の日曜日、朝4時にライダーミーティングがあって、第三レッグのボーナスポイントのリストが配られました。第三レッグでは5連続でボーナスポイントが4倍、ただし5連続でも一つのグループから二つともう一つのグループから三つの5連続で、フルハウスパターンと呼んでました。部屋に戻ってルートを検討しました。第3レッグは最終レッグで五日間と長いのでたいていのところは行けますが、巨大なポイントはアラスカのアンカレッジの近くでそこを五番目にすれば一発逆転もありそうでしたが、テキサスからアラスカへ行ってミネソタに五日間で戻るのは無理でした。次の大きなポイントはニューファンドランドにありました。これもフェリーに8時間も乗らないといけない上に遠いので無理と諦めました。けっきょく今回も天気予報を見て東に行くことに決めました。画像は第3レッグ最初のボーナスポイント、ダラス動物園のキリンです。
ダラスから東に向かって、アーカンサス州を通りました。次のボーナスポイントはフーフーのオーダー(order of hoo-hoo)の猫でした。森林関係の仕事をしている白人男性のクラブで、日本には紹介されたことがあまりないのではと思われますが、歴史のあるクラブのようです。尻尾の丸まった黒猫はクラブのシンボルのようです。
アーカンサス州からミシシッピ川を渡り、テネシー州に入りました。
テネシー州に入ってすぐ、メンフィスの町に空飛ぶ魚がいました。この魚は双発のプロペラ飛行機でした。B−25のような気もします。
メンフィスの次はナッシュビルで、雪合戦をする熊。
途中で時間が一時間ずれて、中部標準時から東部標準時になりました。次(最終)のチェックポイントは中部標準時なので、時間も注意しないとなりません。ノックスビルの手前で高速道路を降りて、レストボーナスをもららえるようにして、ホテルに泊まりました。次の日の朝、それなりの距離を走ったので、オイル交換をしました。新車から49回目で、153766mile(254753km)での交換、3274mile(5269km)ぶりでした。ラリー中では二回目のオイル交換でした。
次は五つ目で、4倍になるのでポイントの大きなものを狙いました。ルート129、別名ドラゴンテイルを通った先にボーナスポイントがありました。スクーターでしたが、やっぱりドラゴンテイル、楽しいです。タイトなコーナーが続いて、このような道路はアメリカでは珍しいですが、ラリー中にここを走るとは思わなかったので、うれしい誤算でした。
ドラゴンテイルの先のドラゴンは、ポイントが大きく、4倍されればかなり助かります。でも、ドラゴンテイルの往復は高速道路をただ走っているよりは、余計な時間がかかるのでした。
続きます。
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6月28日、レッグ1の最終日の朝、レストエリアを出発して高速道路I−25を南下、トリニダードにボーナスポイントがありました。
ラトン峠(Raton Pass)を超えるとニューメキシコ州でした。標高2388m(7834 feet)ですが、高速道路なので、あっけなく面白くないです。登りはあまりスピードがでない非力のバーグマン400でした。
峠を越えてすぐに高速道路を降りて、そこからは高速道路のような一般道でした。町があると信号もあるし、制限速度も低いです。ニューメキシコ州は州の東北角をかすめるように通っただけでした。メーター読みで制限速度で走っていると、仲間のライダーにどんどん追い抜かれます。
テキサス州に入ります。この辺りで、風がもわっと熱いことに気がつきました。
真っ直ぐで平らな道が続きました。
時々、町を通ります。街中は35mphだったりして、スピードが遅く、ペースは上がりません。しかも夏のテキサス州、暑かったです。
夕方7時15分、テキサス州ダラス近郊にあるチェックポイントのホテルに到着しました。8時を過ぎると一分につき20ポイントのマイナス、10時を過ぎるとDNF(失格)です。マイナスポイントが始まる前に、チェックポイントに到着しました。三日ぶりのシャワーに柔らかいベッドがとても魅力的でした。
シャワーの前にボーナスポイントの審査がありました。厳しかったです。最低ラインの10000ポイントに対して、8000ポイントしか行かず、およそ2000ポイントのマイナス、走行距離もたったの2400マイルとちょっとでした。トップの方は二万ポイントくらいで、3000マイル以上走ってました。3000マイルは、ものすごいです。自分とバーグマン400にとっては、まったく無理な数値でした。2400マイルでも、最初の夜とか寝る時間を削って走り続けて何とか達成した距離でした。丸三日の72時間あれば3000マイル走れる自信がありますが、月曜朝10時発で水曜午後8時着に八時間のレストが入るので、とても適わないと悟りました。表彰台とかまったく無謀もいいところ、DNF(失格)にならないことを目指すことに方針転換です。
チェックポイントでの夜は、オイルチェンジしたり、意外と忙しかったです。速乾性のあるインナーを持って行って、夜にシャワーと同時に洗濯、絞っておけば、次の日にはなんとか着用できるくらいに乾くのですが、それを二着持っていって、ホテルで泊まる時には洗濯して交互に着てました。
6月29日は朝4時にライダーミーティングがあって、その時に第二レッグのボーナスポイントの表が配布されました。第一レッグでは同グループ三連続でポイント二倍でしたが、第二レッグは四連続でポイント三倍、第一レッグのマイナスを帳消しにできるか、ボーナスポイントの表を持って部屋に戻り、第二レッグのルートを考察しました。第一レッグの反省をふまえ、三日分のルートを全て決めるのは諦めて、今日一日分だけ決めて、明日の分はまた後で決めることにしました。また、広範囲にポイントを探すと時間がかかるので、行き先を限定してルートを決めることにしました。天気予報を見て行き先はテキサス州としました。朝7時ころ出発しました。
オースティン北西の田舎にあったボーナスポイントを獲得して、じくざくに行ってヒューストンを通過しました。ヒューストンでは渋滞にあいました。
ガルベストンという海岸ぞいの町に行きました。久しぶりに見た海でした。
海岸沿いにあるニックさんのえびがボーナスポイントでした。
平らな土地に真っ直ぐな道を進みます。海近くの一般道でしたが、海は見えませんでした。
次のボーナスポイントもRockport Beachという海の側にありました。動物テーマのグループ分けで、魚貝類4連続を狙って、4つ目は三倍とか考えてました。この後、さらに南下、日が暮れました。
夜十一時過ぎからは眠くなって、夜12時を過ぎて、第一レッグの反省を踏まえて、二晩連続でシャワーなしはやっぱり辛いので、ホテルに泊まることにしました。ホテルで次の日の行程を計画しました。
魚貝類4連続の四つ目のボーナスポイントは、南国のリゾート、サウス パドレ島にありました。
三倍かと思っていたボーナスポイント、鮫の玄関でした。
海沿いを離れて、マッカレンというメキシコ国境近くの町まで行きました。暑くなってきました。世界一大きなキラービーとのことでした。
そこから北上したのですが、午後になって、さらに暑くなってきました。車載温度計では最高で105F(40.5℃)までいきました。
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6月25日の日曜日は朝10時にルーキーライダーミーティング、午後2時半にライダーミーティングがありました。ライダーミーティングの直後にボーナスポイントの場所の緯度経度のデータが全員にメールで送られました。ポイント自体は、この時点では、まだ公表されてないのであまり意味がなく私は無視したのですが、PCを持ってきていた人はナビをPCにつなげてデータをナビに入力できたようです。私はPCを持って行かなかったので、紙と鉛筆で勝負でした。
午後6時から夕食会があって、その直後の午後8時にラリーブックと第一レッグのボーナスポイントが記載された表を一人づつ渡されました。アイアンバットラリーは、三つのレッグに分かれていて、2017年は第一レッグが三日、第二レッグが三日、第三レッグが五日で合計11日間となってます。それぞれのレッグで、チェックポイントに規定時間までに到着しないと失格となります。ラリーブックとボーナスポイントが記載された表が手渡された時をもって、ゲーム開始です。それまで和やかな雰囲気で夕食を楽しんでいたのが、一変しました。
ラリーブックですが、120ページあって、ボーナスの場所は325箇所ありました。ホテルの部屋に戻り、ラリーブックを見ていくだけで、どんどんと時間が過ぎていきました。この時になって、PCを持ってこなかったことをかなり後悔しました。今年のアンバットラリーのテーマは動物で、ボーナスポイントは五つのグループに分類されていました。第一レッグでは、同じグループのボーナスポイントを三回連続で取ると三回目はポイントが二倍になるということでした。
第一レッグのルートを決めないとならないのですが、120ページ325箇所、多すぎて処理能力の限界を超えてました。まったく決まりません。完全に打ちのめされました。次の日の朝の集合出発の時間が、どんどん迫ってきます。
ラリー本部の説明によると、ライダーには三つの選択肢があるとのことです。
1.十分な時間をかけてルートをプラン、寝る時間が不足してしまう。
2.不十分なにルートプラン、十分に寝られるが、プランが良くなくポイントの獲得が不足。
3.まずまずのルートプランに、ちょうど良い睡眠時間。
仕方ないので、天気予報で行く方角を決めて、三日後の午後8時にチェックポイントであるテキサス州ダラスに間に合うように、コロラド州の南西部にあるボーナスポイントが二倍になるように狙ってコースを決めました。テキトーに決めて、早く寝ようと思ったのですが、興奮したのか寝られませんでした。結局、私の選択肢は、『4.不十分なにルートプラン+睡眠不足』でした。
6月26日の月曜日、朝8時に集合で、もう一回オドメータの最終チェックと短いライダーミーティングがありました。待っている間、二回の将棋倒しを目撃しましたが、私は巻き込まれずに助かりました。
隣のライダーは、ラリー中の食料品の整理に没入してました。それを見て、これなら私のほうがマシなものが食えるとか思ったことは内緒です。
ラリーのスタートは6月26日の月曜日の朝10時でした。1台づつ指示に従って出発しました。地元のポリスカーが出動して、ホテルから近くの高速道路の入り口までを封鎖して、安全を確保してました。
最初のボーナスポイントは、ミネアポリスから北西に3時間くらい走ったところで、集合写真でした。ラリー本部から派遣された方が、指定の時間に集合写真を撮るというもので、1203ポイントとポイントが大きいので行くことにしました。
その後は、ノースダコタの真っ直ぐな高速道路を西に向かいました。強い逆風が吹いてました。
二つ目のボーナスポイントはノースダコタ州の南西部にあり、高速道路から降りて南に向かったところでした。普通のボーナスポイントは、画像のようにラリー本部より配布されたラリーフラッグといっしょに対象のものを登録したメモリーに撮るだけです。
そこから一般道を南に向かいました。一般道とはいえ町の中以外は70mile/hの制限速度で、ミシガンの高速道路と同じです。二つ目のボーナスポイントのすぐ南に小さな町があって、ガソリンスタンドがあったのですが、まだ100マイルくらい走れるし、いくらノースダコタとは言え高速道路脇にはけっこうガソリンスタンドはあったので大丈夫だろうということで、そのまま通り過ぎたのですが、その後まったく町もガソリンスタンドもありませんでした。逆風が吹いていて、燃費と航続距離は想像以上に風の影響がでかいです。50マイルくらい走って心配になり、止まってスマホで検索しましたが、一番近いのが通り過ぎた小さな町のガソリンスタンド、残り50マイルくらいしか走れないのでUターンして引き返すことにしました。約一時間半ほど損しました。
その後はほとんど一般道、サウスダコタ州を通り、時々短い区間だけ高速道路を使って、南西に進みました。途中の高速道路にのってワイオミング州に入ってすぐのレストエリア(パーキングエリアみたいなもの)のベンチで一眠りして、そのまま南下、一般道を通ってコロラド州に入りました。
コロラド州に入ってすぐに道路工事、長かったです。バーグマン400は砂利道が苦手です。
高速道路(I-70)に乗って、西に向かいました。
グランドジャンクションで高速道路を降りて南下、だんだんと山が見えてきました。このあたりで、コールインボーナスをゲットするために、電話をしました。指定の時間にラリー本部の留守番電話に録音するとボーナスポイントがもらえるというものです。名前、ライダーナンバー、現在地、一つ前のボーナスポイント、次のボーナスポイントを留守電に録音するのですが、普段留守電など使わないので慣れてないこともあり、十回くらいやり直しました。
山が見えてくると、わくわくうれしいです。山が大きく見えるようになったら、三番目のボーナスポイントがあります。
ミリオンダラー・ハイウェイと言われるU.S. Route 550を少しだけ通りました。いつか全線制覇したい道路です。鷲のモニュメントが三番目のボーナスポイント、二倍されるのでポイントが大きいのです。
ここから少し戻って、US−50を東に向かいました。最高速度は55mile/hと速くないです。
いい感じのワインディングロードになってきました。バーグマン400、非力で登りはフルスロットルで55mile/hくらいしかでないです。
登るにつれてコーナーがタイトになってきて、楽しくなってきたとたんに、道路工事が始まりました。がっかり。
寒い上に風が強いです。モナーチ峠(Monarch Pass)という峠を越えました。標高3,448 m (11,312 feet),寒いわけです。日本ではこれほど高いところはオートバイでは走れないでしょう。バーグマン400、標高は高くても非力なりに法廷最高速度まではでるし、一発始動、問題なしでした。
モナーチ峠からの景色。Wikiによるとモナーチ峠は突風が吹くことがあるらしく、軽飛行機はここを通らないように勧められているとのことです。過去に148mph(238km/h)の突風が記録されたことがあるとのことでした。
デンバーにボーナスポイントがあって、モナーチ峠からデンバーに向かうつもりであったのですが、峠を越えたあたりでだんだんと夕闇が迫ってきてました。実はデンバーのボーナスポイントはデイライトオンリーとなっていて夜になったら一ポイントにもならず無駄になるのでした。ガソリンを入れに引き返したり、道路工事での遅れが効いてきました。予定ではデンバー、コロラドスプリングス、トリニダードと高速道路近くにあるボーナスポイントを三つ取って、三つ目は二倍とか考えていたのですが、日が暮れてしまってコロラドスプリングスにも間に合わなかったのでした。デンバーで次の朝を待っていると、その日の8時のテキサス州ダラスのチェックポイントに間に合わなくなると、さらに悲惨なので進むことにしました。
今晩の宿も高速道路のレストエリアのベンチでした。レストエリアはトイレで歯磨きもできるし、便利が良いです。昔、中国で夜行列車に乗ったときに硬臥と軟臥があって、硬臥を選んだのですが、とても柔らかいベッドだったことを思い出しながら、今晩のベッドは本当に硬かったのでした。レストボーナスと言うものがあって、近くのコンビニで寝る前と後に水や食料品を仕入れてレシートをもらい、そのレシートを提出するとボーナスポイントがもらえます。
続きます。
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