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私、『昔、松岡直也さんのコンサート、よく行ったよね。ラテンのリズム、アンダルシア~オレ,オレ!、好きだったな。』
妻、『あら、誰といったのかしら?』
私、『え.....、アンダルシアってところは、なかなか良いところなのよ。スペインの南、夏は雨があまり降らないんだって。太陽に抱かれて、最後の楽園よ。』
松岡直也さん(有名なところでは、中森明菜 さんの「ミ・アモーレ」を作曲した方ですね。)のアルバム、SONGS and DAYSの中の一曲ですが、
ついにスペインのアンダルシア州まではるばるやって来ました。Wikiによると、アンダルシア州は『気候は典型的な地中海性気候で、夏はまばゆい太陽が輝き暑い。雨はあまり降らない。』とのことで、事実、我々が滞在中、一度も雨に降られませんでした。
次の宿泊地のマラガ近郊は、コスタ・デル・ソル(Costa del Sol 太陽海岸という意味)と呼ばれるところで、Wikiによると、『コスタ・デル・ソルが国際的な観光地域として知られるようになったのは1950年代のことで、以来外国人、とくにイギリス、ドイツ、北欧、フランスの人々にとって人気のある旅行先となっており、このことはこの地域の経済発展と人口成長にとって欠くべからざるものとなっている。』とのことです。
8月29日の水曜日、ジブラルタルを夕方出発して、マラガ近郊の町、トレモリノス(Torremolinos)のホテルに夜に着きました。このホテル、ネットで予約した時はなかなか良さそうなリゾートホテルに見えたので、ここでゆっくり三泊することにしてました。て゜、前回の続きで、
失敗とは、
夜にチェックインした時は分からなかったのですが、次の日の朝、ホテルの食堂に朝食を食べに行くと、なんと、
このホテル、ゲイご用達でした。朝食を食べている人たち、おじさん二人カップルばかり、一組の女性同士カップル、普通のカップルは我々だけでした。ミスターハプニング、夕方プールに行くと、男二人で、プールサイドラブアフェア、おじさん二人抱き合ってました。屋上には、ヌーディストプールがあるとのことでしたが、そこには近寄れませんでした。妻からは、目のやり場に困ると不評が、私の面目はまるつぶれ、『彼らは君には興味ないから大丈夫』と妻をなだめるのが精一杯でした。ただし、妻からの不評が失敗であっただけで、ゲイの方に対して何ら差別の意図はないことをご理解願います。
8月30日の木曜日は、海沿いを散歩してから、
地下鉄に乗ってマラガの町に行きました。マドリードの地下鉄の切符の自動販売機は英語の表示を選べたので何とかなりましたが、マラガの町の地下鉄は英語の表示がなく、難儀しました。
マラガの町にもローマンシアターとアルカサバがあって見学しました。この日は洗濯もしました。
スペインも五日目で、毎晩レストランでたらふく飲んで食って、だいぶ分かってきたのですが、夜8時にレストランに行くとまだ早すぎるようで、夜9時くらいでちょうど良い気がしました。夜の10時くらいは一番賑やかで、夜の12時になっても、小さな子供たちが公園で遊んでいたり、いくら夏休みとは言え、びっくりでした。町は夜遅くまでにぎやかで、夜の十二時にアイスクリーム屋さんに行列ができていたり、シエスタの習慣があるスペインの方々にはとても付き合いきれません。
8月31日の金曜日は、ロンダと言う町に行きました。
断崖絶壁の上の町で、下まで階段で降りたのですが、登るのは疲れました。
次は、Olveraと言う町の近くです。アンダルシア州には白い町が多いです。
Olveraと言う町の遺跡。
Tebaと言う町にあった遺跡。ダートでしたが、こちらの遺跡のほうが面白かったです。
追突注意の看板。
山道を通ってトレモリノスに帰りました。途中、世界一危険な小道と言われる「王の小道」があるエルチョロと言うところを通ったのですが、道路がとてもくねくねと曲がっていてバイクで来たらぜひお勧めのワインディング道路でした。
9月1日の土曜日、トレモリノスを出発して、フリヒリアーナ(Frigiliana)によりました。白い家々が眩しい観光地でした。
アンダルシア州は海だけでなく、山も多いです。
アンダルシア州にあるシエラ・ネバダ山脈、最高峰は標高3,478mのムラセン山、3000m超えのピークが23箇所もあるので、日本アルプスにも匹敵するのではと思われます。アメリカのカリフォルニア州にも同名の山脈があるのですが、アンダルシア州にあるシエラ・ネバダ山脈が本家で、アメリカのほうはこちらに似ているから同じ名前が付けられたようです。
山があると言うことは、峠道があって、素晴らしいワインディングロードがありました。
標高2000mの峠、Puerto de La Raguaを通りました。
この日は、グラナダで一泊しました。アルハンブラを見学しに行きました。
アルバイシンのあたりをぶらぶらと散歩しました。男のバニーちゃんも歩いてました。
夕食はタパス盛り合わせ、コロッケがおいしかった。
9月2日の日曜日、高速道路でグラナダからマドリードまで帰りました。高速道路は120km/hの制限速度でしたが、メーター読み130km/hで走っていると追い抜いていく車がたくさん、アメリカ並みかそれ以上のスピードで流れてました。
高速道路脇のレストエリアの食堂でお昼。オーダーの仕方が分からず、見よう見まねで。
マドリードに到着して、オートバイを返却しました。レンタルバイク屋さんからは最寄の地下鉄の駅まで送っていただいて、電車でマドリードの町のホテルに行きました。ホテルの入り口が分かりづらく、何度が通り過ぎてしまいました。今回お世話になったレンタルバイク屋さんです。日本語可で、スペインツーリングの時はお勧めです。
ホテルの一部屋は三階分の作りになっていて、屋上のベランダから目の前に宮殿が見えてなかなか良かったです。次の日、飛行機に乗って帰りました。
今回のルートの地図。
総走行距離 2487 km (1545 mile)
平均燃費 25.167 km/L (59.196 MPG)
合計給油量 98.75 L (26.087 gallon)
平均ガソリン価格 1.375 ユーロ/L (6.279 ドル/ガロン, 182.45 円/L)
給油回数 10 回
ガソリン代 163.79米ドル (136.15ユーロ, 18017円)
機中一泊、ホテルで9泊の合計10泊11日の旅でした。
飛行機代 2152.06 米ドル (1788.91ユーロ, 236727円)
宿泊費 合計(9泊) 1316.18米ドル (1094.08ユーロ, 144780円)
Rental Bike(9日) 882.21米ドル (733.34ユーロ, 97043円)
お土産 181.47米ドル (150.85ユーロ, 19962円)
高速道路代 38.18米ドル (31.74ユーロ 4200円)
ガソリン代 163.79米ドル (136.15ユーロ, 18017円)
交通費 (バス、電車、タクシー) 144.85米ドル (120.41ユーロ, 15934円)
駐車場代 99.38米ドル (82.61ユーロ 10932円)
入場料 184.63米ドル (153.47ユーロ, 20309円)
通信費 238.24米ドル (198.04ユーロ, 26206円)
飲食費 514.35米ドル (427.56ユーロ, 56579円)
合計 5915.34米ドル (4917.16ユーロ, 650687円)
私たちのサマータイムラプソディはこれで終わりです。
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無題
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長くなってしまいました。すみません。
8月24日の金曜日から9月3日の月曜日まで、妻と二人でスペイン南部に観光旅行に行ってきました。機中一泊、ホテルで9泊の合計10泊11日の旅でした。集計に時間がかかってしまったのてすが、全て入れて一人三千ドルで収まりました。
飛行機代 2152.06 米ドル (1788.91ユーロ, 236727円)
宿泊費 合計(9泊) 1316.18米ドル (1094.08ユーロ, 144780円)
Rental Bike(9日) 882.21米ドル (733.34ユーロ, 97043円)
お土産 181.47米ドル (150.85ユーロ, 19962円)
高速道路代 38.18米ドル (31.74ユーロ 4200円)
ガソリン代 163.79米ドル (136.15ユーロ, 18017円)
交通費 (バス、電車、タクシー) 144.85米ドル (120.41ユーロ, 15934円)
駐車場代 99.38米ドル (82.61ユーロ 10932円)
入場料 184.63米ドル (153.47ユーロ, 20309円)
通信費 238.24米ドル (198.04ユーロ, 26206円)
飲食費 514.35米ドル (427.56ユーロ, 56579円)
合計 5915.34米ドル (4917.16ユーロ, 650687円)
会社に6日分の有給休暇をもらって、レイバーデーの休日をくっつけて、11日連休として、8月24日の金曜日に出発しました。デトロイト発でカナダのトロントで乗り換えでした。カナダには今年も三回は行っているので楽勝と思っていたら、いつもは陸路でカナダ入りするので不要な入国書類、空路ではそれが必要なことを知らなかったので、出発時間ぎりぎりにスマホで申請と支払い、メールで結果をもらって、焦りましたが間に合ってよかったです。
8月25日の土曜日の朝、スペインのマドリードに着陸しました。カスタムを通って荷物を受け取って、そこから、レンタルバイク屋さんまで電車とバスで移動、荷物はスーツケース一つに後は手荷物のバックパック、スーツケースの中はヘルメットとジャケット二セットに機内に持ち込めないものなど、バイクレンタル後の空のスーツケースはレンタルバイク屋さんで預かってもらえました。荷物を最小限にするように妻を説得する行程が、今回のツーリングでの最大の難関であったのかもしれません。下着は3セットのみ、シャワーと同時に毎日洗濯です。借用したバイクは、ホンダNC750X-DCT、クラッチのない楽チンバイクで燃費も良くて、トップケースとパニアケースつき、妻の荷物はトップケースとパニアケースの一個に、私の荷物をパニアケースの反対側の一個とタンク部分の荷物室に入れました。
総走行距離 2487 km (1545 mile)
平均燃費 25.167 km/L (59.196 MPG)
合計給油量 98.75 L (26.087 gallon)
平均ガソリン価格 1.375 ユーロ/L (6.279 ドル/ガロン, 182.45 円/L)
給油回数 10 回
ガソリン代 163.79米ドル (136.15ユーロ, 18017円)
昼くらいにマドリードを出発して、高速道路で南に向かいました。最初の宿泊地はマドリードの南一時間くらいで到着したトレドと言う町でした。時差もあるので、この日はトレドの町をぶらぶら歩きました。
マジパンとか言うものを買ってコーヒーで休憩。
大聖堂はホテルから歩いて一分くらいでした。
トレドの町の道路はとても狭いです。車が通る時は、人が軒先に避けないと通れないくらいでした。その点、オートバイは有利でした。
夕方はバイクで夜景を見に行ったり、ビールはその後でした。ホテルで指定された駐車場は無料でした。
8月26日の日曜日、トレドを出発してメリダと言う町に向かいました。途中でトルヒーリョ (Trujillo)と言う町に寄ってみました。
立派な城壁があったのですが、なかなかのダートで、二人乗りでは厳しかったです。
午後にはメリダの町に到着チェックイン後、町を歩きました。古代ローマの時代の遺跡がありました。
闘技場とシアターの遺跡は隣接していて、入場料を払って見学しました。
闘技場は古代ローマの時代、剣闘士が戦ったところです。当時はとても人気のショーだったようです。
説明は英語の併記もあって助かります。
『網闘士 Retiarius
網闘士は三叉槍とダガーで敵を攻撃する前に三メートルの網を投げて相手を動かなくします。必要なときには、手首に繋がれた網から彼ら自身を自由に放つためにダガーが使われました。彼らの左手は肩まで届く巻かれたベルトで保護され、ヨコからの攻撃から頭を守る金属片を着けていました。軽い装備は戦いにおいて俊敏性に優れていました。網闘士は重い装備に守られた追撃闘士と戦いました。』
『追撃闘士 Secutor
追撃闘士、又は追跡者は網闘士と戦うために、三叉槍の攻撃に耐えて、網が引っかかり難いように高度に小型で飾りや日除けのないヘルメットと大きな盾を装備してました。彼らはローマ軍団兵が持っているものと似た刀で攻撃しました。重い装甲は彼らの動きを困難にしました。彼らは盾で守りながら刀を振るい、接近戦を模索しました。反対に、軽装の網闘士は彼らの武器が有効となるように距離を保とうとしました。』
8月27日の月曜日は、メリダを出発してコルドバ(Córdoba)に向かいました。途中でアイリョネス(Ahillones)と言う小さな町で休憩しました。
現役のオートバイ。
小さな町にも遺跡がありました。アメリカではこの類の遺跡は見ることができないので、うれしいです。
二人乗りだと休憩が多くなります。次に止まったのが、フエンテ・オベフナ(Fuente Obejuna)と言う町でした。
岩山の上の要塞の遺跡のようです。
町の見所とマリヤ教会の紹介の看板でした。ツアーとかだと見ることができないような所も見られるのが、自由なオートバイ旅行の良いところです。
コルドバの町のホテルにチェックインしました。メスキータから歩いて一分くらいでした。町の中なので駐車場は別途有料でした。
ここのホテルは中に遺跡がありました。プールも中庭もあって豪華な雰囲気でした。造りが入れ込んでいて、嫁はホテル内で迷子になるところだったと言ってました。
コルドバにあるローマ橋、これが見たかったのでした。
8月28日の火曜日、メスキータ(コルドバの聖マリア大聖堂)を見学してから出発しました。なかなか壮大で素晴らしかったです。Wikiによると、『785年、イスラム教の寺院としてアブデラマン1世時代に建設された。その後、カトリック教徒が権力をにぎった1236年からは、内部に礼拝堂を設けたりカテドラルが新設されて、メスキータはイスラム教とキリスト教、2つの宗教が同居する世にも珍しい建築となった。』とのこと。
この日はセビリア(Seville)によって、スペイン広場などを歩きました。
その後、イギリスの海外領土ジブラルタルとの国境ののすぐ近くの町、ラ・リネアまで行きました。
8月29日の水曜日は、ホテルの駐車場にオートバイを置いたまま、歩いてジブラルタルに向かいました。国境はパスポートを見せるだけで簡単に通過できました。アメリカとカナダの国境よりも遥かに簡単でした。
ジブラルタルでは、ケーブルカーの入り口までバスに乗って行きました。ケーブルカーに乗る前に近くの植物園を見学しました。
ザ・ロックと呼ばれる岩山があって、見晴らし抜群でした。二つあるヘラクレスの柱の一つとのことです。
山の稜線を歩いたのですが、アップダウンがあり疲れました。
ケーブルカーで山を降りて、歩いていたら100万トン砲というものがあって見学しました。終了間際だったので、特別に入場料を免除してもらえました。
そこからバスを乗り継いで、ヨーロッパポイントに行きました。海の向こうにアフリカ大陸の山が見えます。
バスを乗り継いで、ホテルに戻り、オートバイで次の場所に移動しました。この日の移動は近くて楽勝でした。次の場所は、マラガ近郊の町、トレモリノス(Torremolinos)でした。
ここで、なんと、今回の旅の最大の失敗が発覚します。次回に続きます。お楽しみに。
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メリークリスマス!。前回からの続きです。11月18日の日曜日から11月26日の日曜日まで、サンクスギビングの休日を利用して、結婚25周年を記念し、妻と二人で旅行に行ってきました。コスタマヤを11月21日の火曜日の夕方に出港しました。
次の寄港地はメキシコのコズメルと言う島で、次の日の朝に着きました。
コズメルでは、午前中に二十分程度ですが、体験ダイブで海に潜って遊びました。潜った深さは29フィートと言ってました。新婚旅行の時以来、二度目でした。透明度が高くて、きれいな海でした。
一度船に戻って、午後から町に出て、再びレンタルスクーターを借りて島を回ることにしました。ここで借りたのはホンダディオ、110ccのスクーターでした。私が乗ったのは、オドメーターが12492kmのものでした。
前日に借りたITALIKAのスクーターに比べて、遥かに乗りやすく楽でした。110ccしかないにもかかわらず、シートの広さが二人が座るのに十分な面積があったし、ほとんど新車の150ccのITALIKAのスクーターと遜色ないパワーがあって、距離を走っているにもかかわらずアイドリングも安定、比べると、さすがホンダの名前を冠しているだけありました。
美しい砂浜が続いて、気分良くクルージングできました。
海の綺麗さは感動ものでした。
途中で、マヤの遺跡を見学しました。
円/米ドル 110 円/米ドル
総走行距離 76.4 km (47.5 Mile)
給油回数 1 回
合計給油量 不明 リットル (不明 Gallon)
合計ガス代 0 米ドル (0 円)
ガソリン価格 不明 米ドル/リットル (不明 円/リットル)
燃費 不明 km/リットル (不明 MPG)
レンタルスクーター料 40 米ドル (4400 円)
駐車場代 0 米ドル (0 円)
道路代 0 米ドル (0 円)
飲食費 0 米ドル (0 円)
入場料 19 ドル (2090 円)
お土産 0 米ドル (0 円)
合計費用 59 米ドル (6490 円)
夕方4時に船に戻って出港、次の日は1日船の中でした。
プールバーで飲んで、
カジノの現金クレーンゲーム、景品は取れるのだろうか?
イベントもありました。
ビュッフェスタイルのレストランは時間の制約がなくて、便利でした。
飲み放題食べ放題なので、少しは運動しないとということで、飲む前にジムで少し走りました。
飲んでジャグジーに浸かって、ゆっくりしました。
最終日の朝、港でイルカのお出迎えを受けました。
船旅を終えて、電車に乗ってホテルまで移動しました。
次の日は、別な汽車に乗って近くの町のフォートローダーデールに行って、街を散策しました。
マイアミよりも安全そうな町で、路上で寝ている人を見なかったです。
マナティに餌をあげると、マナティがボートに寄ってくるようになって怪我をしてしまうので、餌やりは禁止です。
ミシガンでは見たこともない鳥がいました。
オウムも歩道の木の上で鳴いてました。
円/米ドル 110 円/米ドル
船代 1814.38 ドル (199582 円)
船内飲み放題パッケージ 531.17 ドル (58429 円)
飛行機代 1654.8 ドル (182028 円)
他の交通費 30 ドル (3300 円)
ホテル代(三泊) 551.34 ドル (60647 円)
飲食費 339.91 ドル (37390 円)
お土産 121.81 ドル (13399 円)
レンタル自転車 23.76 ドル (2614 円)
レンタルスクーター2日分(ガソリン代含む) 83 ドル (9130 円)
体験ダイブ 238 ドル (26180 円)
マヤの遺跡入場料 19 ドル (2090 円)
合計 5407.17 ドル (594789 円)
11月26日の日曜日に氷点下のミシガンに帰ってきました。
帰ってすぐに現実に戻されて、庭の落ち葉拾いで、今年は33袋、半日しかなかったので拾いきれず去年よりも少なくなりました。
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11月18日の日曜日から11月26日の日曜日まで、サンクスギビングの休日を利用して、結婚25周年を記念し、妻と二人で旅行に行ってきました。子供たちも大きくなって各自勝手にやっているので、一週間くらい親がいなくてもまったく問題なし、氷点下のミシガンを飛び立っておよそ二時間ちょっと、マイアミは真夏でした。マイアミで三泊、船で五泊、合計八泊の旅行でした。
マイアミのダウンタウンで一泊、夜はヨットハーバーに面したレストランでした。
マイアミの町の電車の線路の下では、多くの人が寝てました。ミシガンで同じことをしたら、次の日冷たくなっちゃう。
日曜日の朝は、ホテルの隣にあったレンタル自転車を借りて、町を一回りしました。マイアミのレンタル自転車は、けっこう高かったです。
マイアミのダウンタウンから歩いて船乗り場に向かいました。歩いていったのは、私たち以外にはいなかったのではと思われました。
巨大な船ですが、今はもっと大きなものもあるようです。11月19日の日曜日の昼過ぎころに乗船しました。画像はメキシコのコスタマヤの桟橋です。
総トン数 :138,279トン
乗客定員 :3807人
乗組員数 :1213人
全長 :310m
全幅 :48m
喫水 :8.5m
巡航速度 :22.0ノット
就航年 :2002年12月
改装年 :2014年2月
クルーズの運行会社のウェブによると西カリブ海クルーズ5泊6日ということですが、どう考えても5日間しかなく、5泊5日が正解です。泊まったのはバルコニー付きの部屋、12階にあって下を覗くと恐いくらい、ちょっと高かったです。
乗り込んで後、午後4時に全員強制参加の避難訓練がありました。みんな、だらけて、渋々集まっていたようでした。
出航前のダンスパーティのほうは盛況でした。
船の内部です。
船のコックピット、けっこうかっここいいなと思いました。
5日間、食い飲み放題、7つあるジャグジーも入り放題、陽の当たらないジャグジーを選んで、飲みながらゆっくり浸かりました。
月曜日の夕方はフォーマルディナーということで、正装でコース料理、食い飲み放題の一部でした。
ショウを見て楽しみました。
丸一日船で過ごした後、11月21日の火曜日の朝に、メキシコのコスタマヤというところで停泊しました。
オートバイ好きなので、たとえ船旅をしていても忘れられず、レンタルスクーターを借りて、二人で走って見ることにしました。ナンバープレートは借りた時からありませんでした。
ITALIKA XW150
4バルブ単気筒
排気量: 149.6cc
最高速度: 90km/h
最高出力: 9.38 Hp@8000rpm
燃費: 28.0 km/L
燃料容量: 6L
タイヤサイズ フロント: 120/90-R10
タイヤサイズ リヤ: 130/90-R10
全長: 1895mm
全幅: 665mm
軸間距離: 1115mm
シート高さ: 820mm
重量: 104kg
クルーズ船の客からだけで町の経済が成り立っているのではと疑われるような小さな町でした。看板がよく語ってます。近くのお土産物屋さんでサンダルを買ったら20米ドルと言われ、さらに一ドルをチップによこせと言われて、ぼられているのは分かっていたのですが、かわいそうになって支払ってしまいました。
町を出て少し走って見ました。二人乗りではスピードがでないので、隣の町まで行くと船の出港時間に間に合わなくなりそうだったので途中で引き返しました。スクーターはオドメーターが走行距離56km程度のほとんど新車でしたが、エンジンの調子があまり良くなく、また、後ろの席が異常に狭くて、後ろから押されてシートの前のほうに座らせられたので姿勢がきつくて、乗りにくかったです。
仕事をしているのか不明の白バイ。
イグアナのお出迎えを受けました。
ビーチはさすがにカリブ海、美しいです。
ダートの先に別な町があるはずだったのですが、嫁はダートは嫌と言って下りてしまって、あまり待たせておくのはまずいので、別な町を見る前に引き返しました。
円/米ドル 110 円/米ドル
総走行距離 50.6 km (31.4 Mile)
給油回数 1 回
合計給油量 不明 リットル (不明 Gallon)
合計ガス代 3 米ドル (330 円)
ガソリン価格 不明 米ドル/リットル (不明 円/リットル)
燃費 不明 km/リットル (不明 MPG)
レンタルスクーター料 40 米ドル (4400 円)
駐車場代 0 米ドル (0 円)
道路代 0 米ドル (0 円)
飲食費 0 米ドル (0 円)
お土産 21 米ドル (2310 円)
合計費用 64 米ドル (7040 円)
続きます。
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二年ぶりの中国だったのですが、仕事も順調に終わり、今回は平日のみだったこともあり、あまり町を歩けませんでした。二年前に比べて、町は少し静かになった印象で、景気がそれほど良くないのではないかと思いました。でも、車やバイクからのクラクションの音は相変らずでした。
中国に来ると行くのは、床屋です。今回は雨で夜しか行けなかったため、店のある床屋でした。15元($2.34,258円)でした。三年前は10元だったので、50%の値上がりでした。
中国では3/22から3/25まで、仕事があるだけありがたいです。
3月25日の金曜日の夕方に、中国から香港に向かいました。帰りはバスで国境を越えました。ここで右側通行から左側通行に変わります。香港の人は中国に行く人もいて、右側通行と左側通行をうまく使い分けているようです。
香港の女人街、金曜日の夜は賑わってました。
香港の旺角(モンコック)で吉野家の牛丼をいただきました。すごく混んでいて、30分くらい並んで、味は日本と同じでした。
香港の自動車は香港と中国と二つのライセンスプレートを持つことができるそうですが、香港の住民が中国のプレートを取るのはかなり高くて、余裕がないと二つは持てないそうです。
香港では旺角の近くの安ホテルに一泊しました。
土曜日の朝早く起きて、散歩してきました。
香港のオートバイは、日本のオートバイが多いように思います。
中国とは走っているオートバイの種類が異なります。
香港にワインディングロードがあるのかは分かりません。
二階建てのバスに乗って、空港に向かいました。
見晴らしがよくて、いいです。
3月26日の土曜日のうちに、日本に到着するはずでした。香港から上海乗換えで、羽田に降りるはずでした。
中国東方航空の飛行機は遅れにより、乗り換え便に接続できず、上海空港近くで泊まることになってしまいました。中国入国で一時間並んで、代わりのチケットを取るのに一時間並んで、再度セキュリティーを通ってから荷物を受け取るのにまた一時間並んだ上に、ホテル代を出してもらうのにまた並んで、ホテルに着いたら夜でした。
上海空港近くにあったスクーターにはハンドルカバーとエプロンが一体になったような防寒具が装備されていました。他にも見たので流行っているのではと思います。上海もけっこう寒かったです。
3月27日の日曜日の朝、上海空港を出発して昼くらいに、東京の実家に着くはずでした。また、飛行機が遅れて、成田に着陸したのが午後4時くらい、実家に到着は6時過ぎで、日本での一日はほとんどがなくなってしまいました。
3月28日の月曜日は、仕事でした。東京の桜はほんの僅かでした。
浜松のうなぎ屋さんは、定休日でがっかりでした。
鷲津駅の周りは、ちょっと寂しい感じ。
3月29日の火曜日に、東京駅からバスで成田空港まで帰りました。
デトロイト空港のオートバイ置き場には四台のバイクが停めてありました。
出張前に家にあったのは、Washburnのピアノ。
帰ってきたら、ベイビィグランドピアノ(Rohler Campbell)にアップデートされてました。
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