1991年

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本当に久々の更新となりましたが、今回はこのブログでは滅多に紹介することのなかったエドバーグモデルのシューズの紹介です。1991年モデルの「TORSION EDBERG COMP(トルション エドバーグ コンペ)」です。シューズはどうしてもミッドソールに使われるPU等の経年変化による劣化の関係で、今までなかなか紹介できなかったのですが、今回のモデルは比較的保存状態も良く、写真撮影に耐えうるだけの外観を保持していますので紹介しました。

 このモデルのカラーは1991年前半モデルのカラーで、蛍光ピンクなどの彩り鮮やかなデザインとなっています。当時のアディダスシューズによく見られた3ストライプの多色化も、このモデルではちゃんとなされています。当時の写真を見るに、このカラーを模したモデルをエドバーグは使用していた期間もあったようですが、一世代前のモデルのコスメ変えであり、どういう訳か、実際にはこのモデルを使用することはなかったようです。

 さて実際の履き心地はと言いますと、天然皮革独特の柔らかな足を包み込むようなフィット感は、この時代のシューズ独特のもので、さすがは、当時のアディダスの最高峰に位置するモデルであると言えます。惜しむらくは、写真でも少し分かるように、ミッドソールが多少破損しており、現在は専ら部屋履き専用となっていることです。一応、近日中に補修予定です。

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 今回から新しい試みとして、私の所有するエドバーグの試合の映像の中から、思い出の試合を画像とともに紹介していきます。

 第1回目は、1991年サントリー・ジャパンオープン決勝のイワン・レンドル戦です。前年夏にレンドルから悲願のナンバー1を奪取して、ランキング的には立場の入れ替わった2人でしたが、レンドルも前年のセイコースーパーでは、エドバーグ、ベッカーを連破して優勝、この年のオーストラリアンオープンにおいても準決勝でエドバーグを再び破り準優勝と当時ランキング3位ながら、まだまだ健在ぶりを見せ付けていました。

 この時点で2人の対戦成績は12勝9敗でレンドルがリードし、決勝までの勝ち上がりも準決勝でクーリエを一蹴するなど、往時の強さを彷彿とさせるもので戦前の予想は互角であったように思われます。立ち上がり、期待通りの内容で両者サービスキープしましたが、直後に大きく展開が変わります。この日のエドバーグは、同年のUSオープン決勝クーリエ戦を彷彿とさせるような出来で、第1セットを何と6−1であっさり奪うと、第2セットこそレンドルの踏ん張りで7−5までもつれたものの、第3セットは何と6−0のベーグルであっさりとジャパンオープン3連覇を達成します。試合終盤には、普段は、圧倒的なエドバーグ人気のスタンドから、レンドル頑張れといった声援が送られるくらいの圧勝劇でした。

 さて、画像は、まさに全盛期を迎えた頃のエドバーグのサービスフォーム中心に紹介しています。この写真を見るだけでも、膝の曲がり具合など、鍛えられているなという印象を受けますね。1993年以降の写真では、この辺りの膝の曲がりがやや浅くなり、サービスの衰えにつながっていったのではないでしょうか?

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 多忙を極めていたため、久々の更新です。今回のパターンのポロシャツは以前にも紹介しているのですが、今回は生産国がユーゴスラビアの最もポピュラーと思われるモデルを紹介します。

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 今回は、以前紹介していますが、更新していなかった1991年前期モデルのウォームアップジャケットを紹介します。

 1991年前期モデルは、今回の蛍光ピンク、オレンジ、紫を基調としたカラーと4枚目の写真にある黄と黄緑、緑を基調としたカラーの2色のバリエーションで展開され、アイテムの数も非常に多いのが特徴です。ポロシャツだけでも2種類の柄×2色の計4着が存在しました。同一柄の別カラーを同時期に変わる変わる着用していたのは、丁度1989年や1990年モデルと同じような展開ですが、この1991年モデルは同年の夏までと着用期間が短いものでした。これ以後エドバーグモデルは、基本的に半年毎にモデルチェンジを行うようになりました。これとは対照的に1987、1988年モデルについてはそれぞれが色違いのモデルでしたが、おおよそ1年を通じて同一カラーを着用するという息の長いモデルでした。アディダスでは、エドバーグ以前のレンドルモデルについても同じような展開を行っていました。有名なところでは、アーガイルチェックのモデルは数色のバリエーションがあり、相当長い期間続いたモデルでした。

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 久々の更新です。今回は最近入手した1991年後期モデルのベストを紹介します。

 このモデルで思い出されるのは何といっても決勝でジム・クーリエを一蹴したUSオープン初優勝ですが、その後の秋のインドアシーズンでも快進撃を続け、出場したトーナメント3大会連続優勝、マッチ21連勝と、前年のウィンブルドンから夏のハードコートシーズンまでを席巻した時同様の快進撃を見せます。恐らくエドバーグのキャリアの中で最も強かった時期と言っても良いでしょう。そして、その連勝を21で止めたのは、やはり因縁のライバル、ボリス・ベッカーでした。この2人の対戦は生涯ではベッカーが25勝10敗とエドバーグを大きくリードしたのですが、面白いことに1990年を境にエドバーグがベッカーに勝てなくなったということです。エドバーグがベッカーに勝った最後の試合は1990年11月のパリ・インドア決勝、しかも第1セット3−3でベッカーが棄権したことによるものでした。最後まで戦い抜いてエドバーグが勝利したのは何と1990年ウィンブルドン決勝が最後だったのです。1990年以降も2人の対戦は数多く見られることが期待されたのですが、意外にその数は少なく、どちらかがランキングを下げていた時期もあったことからか、トーナメント決勝での対戦は1991年以降では、1996年クイーンズが唯一のものでした。
 
 この2人の対戦で特徴的なのは、ベッカーが勝つ時はストレートの圧勝で、エドバーグが勝つ時はフルセットの熱戦の末でというもので、全般的にはフルセットになった試合もベッカーがサービスを含めたパワープレーでエドバーグを押し切るというパターンが主でした。

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