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一見して1995年モデルにも似ていますが、エキップメントロゴが1995年モデルはみぞおち部分に1996年モデルは左胸部分にあるのが最大の相違点です。実際手にしてみると、生地の風合いは、メッシュ調で鹿の子調の1995年モデルとは、全くの別物です。1995年モデルも数種類のカラーバリエーションが確認されていますので、こちらもまだまだカラーバリエーションが存在するかも知れません。
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1996年
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体調を崩していて、本当に久々の更新となります。その間にもまだ紹介していないアイテムを幾つか入手していますので、またぼちぼち紹介していこうと思います。今回は、エドバーグ現役最後の年、1996年前半に着用したadidasOPENポロシャツです。
この期のモデルは、ポロシャツが3点と今までの2点よりも1点増え、ボーダー柄が印象的なモデルです。今回紹介した他に同様のボーダーを縦にあしらったモデルが2点発売されていました。(1996年の書庫で以前紹介済みです http://blogs.yahoo.co.jp/sed491208/22600833.html http://blogs.yahoo.co.jp/sed491208/5620337.html )この2点はいずれも左右非対称のデザインで、1つは全体にボーダー柄が入り胸ポケットが付いたもの、もう1点は、白部分が増え胸ポケットの無いもの(ローランギャロスでマイケル・チャンを破った際着ていたもの)です。
ただし、今回紹介するこの横縞のモデルは、ボーダーから紺色や緑色が抜かれてブルーグレーのみのシンプルな配色に改められています。確かに3点のポロの中でも最も落ち着いた感じで、当時30代を迎えたエドバーグにとても似合っています。
当初の予定では、おそらく通例であった前年末(1995年)のATPマスターズ、グランドスラムカップ(グランドスラム上位進出者16名で競うトーナメント〜ランキングポイント対象外)で初お披露目になっていたであろう、このウェアですが、1995年にエドバーグは10年来守り続けたトップ10から遂に陥落し、グランドスラムでも早期敗退が続いたため、両大会への出場権が得られず、1996年初頭のカタールオープンでのお披露目となりました。
ここでの初戦はランキングを下げていたこともあり、いきなり宿敵ベッカーと当たりストレートで敗れてしまいます。直後のオーストラリアンオープンを制し、復調気配であったベッカーと急激に下降線をたどるエドバーグでは確かに勢いの差があったのでしょう。
その後一時は50位代までランクを下げるエドバーグでしたが、春先のリプトン選手権頃から徐々に復調し、優勝争いには絡めませんが、ベスト8をコンスタントにマークして、最終的に引退時は年初の23位から13位まで盛り返して引退しました。おそらく翌年も現役続行していれば、年初にトップ10復帰の可能性も十分あったと思いますが、本人曰く「2位でも100位でもグランドスラムを勝てなくなれば引退する。(要約)」とあったように、グランドスラムではビッグネームに歯が立たなくなってきていたことは事実であり、大きな怪我等で晩節を汚すよりは、エドバーグらしい清々しい幕の引き方だったように思います。
さて、ポロシャツの話に戻りますが、前年の後期モデルから「adidasOPEN」のロゴがウェアから消え、シンプルな「adidas」のロゴと横3本線のみがブランドを示すものとなっており、製品タグにも「adiOPEN」と書かれていたことから、この頃のエドバーグモデルは、海外のオークション等でも相当目を光らせていなければ見逃すようなレアな一品です。
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先日紹介した1996年パリ・インドアの別の試合の動画がYouTubeにアップされていますので紹介します。1回戦のシュティッヒ戦を勝ち抜き、2回戦の相手も難敵ムスターでしたが、対戦成績でカモにしていることもあり、何とムスターの途中棄権で勝ち、3回戦も勝ち上がったことで順調に準々決勝までコマを進めたエドバーグ、準々決勝の相手は同胞のエンクミではなく、エンクヴィストです。エドバーグがキャリア後年に苦しめられたソリッドなリターン、パッシングを身上とするエンクヴィストのパスに予想通りエドバーグは苦しみます。第1セットを先取され、第2セットも何とかタイブレークに持込み先にセットポイントを迎えますが…。続きは以下のアドレスをクリックして御覧下さい。写真のミニトロフィーを掲げた試合後のセレモニーの模様も収録されています。 |
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今回紹介する映像は、エドバーグの引退直前の試合、1996年秋にフランスのパリで行われたパリ・インドアの1回戦、シュティッヒ戦です。このカード、数年前では決勝戦でもおかしくないカードであり、思わずもったいないと叫んでしまいそうですが、当時はシュティッヒの方がランキングを落としており、1回戦から豪華な対戦が見られました。以下のアドレスをクリックすると御覧になれますが、エドバーグがキレの良いボレーでシュティッヒを一蹴します。前年のローランギャロス2回戦で苦杯を舐め、引退説が囁かれ始めた頃とは大違いです。恐らく当時シュティッヒも肩や腰の故障を抱えており、本調子ではなかったのか、エドバーグの引退から約半年後の1997年ウィンブルドンベスト4を最後に引退します。 |
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エドバーグの現役最後の年となった1996年の思い出のシーンをハイライトにした映像を見つけました。以下のアドレスをクリックすると御覧になれます。 |



