1998年

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 久々にパトリック・ラフターモデルの紹介です。今回紹介するのは、1998年USオープン2連覇達成時の着用モデルである「ネットマスターDMX6」です。

 このシューズは、この年からリーボックが導入したDMXという新機軸が初めて搭載されたテニスシューズでもあります。DMXとは、ミッドソール内に独立したエアー室が数個存在し、着地時などの荷重移動に合わせて、エアー室のエアーが他のエアー室に移動することで、衝撃吸収と反発性を両立した画期的なシステムでした。ナイキのエアーを発展させたようなテクノロジーであり、踏み込み時にエアーの移動を実感できる独特のプニプニ感があります。このモデルでは、6つのエアー室を持つことからDMX6と名付けられています。写真のように当時の最新テクノロジーを搭載した初のモデルということもあり、外観は宇宙船を連想させるような未来的なイメージでデザインされていますが、アッパーには、天然皮革を使用しており、履くほどに足元に馴染む独特のフィット感が得られました。

 パットは、このシューズをウィンブルドン後の夏のハードコートシーズンから着用したのですが、この時期、パットは快進撃を続け、USオープンを含めたハードコートシーズンの5大会中4大会優勝を果たし、結果的にこの時期の大量ポイントが翌1999年のランキング1位奪取(わずか1週でしたが…)に繋がったのでした。

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 前年のUSオープンでグランドスラム初優勝を遂げて、その後の活躍で年末ランキングもサンプラスに次ぐナンバー2となり、一躍時の人となったパット、今回紹介するのは、世界のスーパースターとなったパットが翌1998年開幕からシーズン前半にかけて着用したモデルのポロシャツです。

 パットの1998年は、初凱旋となった1998年年頭のオーストラリアンオープンでは、プレッシャーからか今一つ調子が上がらず、3回戦止まりとなり、その後もようやく初優勝が4月の大会と前半は、やや期待外れの結果に終わります。直前の芝の大会を制し、意気上がったウィンブルドンでは4回戦で当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったティム・ヘンマンに敗れてしまいます。

 このモデルは、他にもリーボック契約プレーヤーが着用したもので、オーストラリアンオープン2回戦のトッド・マーティン戦では、同じウェアを着た2人の対戦が見られました。赤いボーダーが新鮮であり、パットには非常によく似合っていました。またこのオーストラリアンオープンでは、ツアー生活に疲れたとの近い将来の休養宣言とも取れる発言をして、ちょっとした話題になりました。一躍時の人となったパットにとって、地元の声援はかなりのプレッシャーだったようです。こうした弱気な面をちらつかせる人間臭い発言がパットにはしばしば見られました。結局その後の数多くのケガとの戦いもあり、約4年後の2001年末の休養をもってパットのキャリアは事実上終焉を迎えることとなり、図らずもこの時の発言が的中するのでした。
 

 

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今回紹介するのは、1998年、USオープン2連覇を達成した時にパットが着用していたヘンリーネックのシャツです。

 1998年夏は、パットにとって絶頂期とも言える時期でした。ウィンブルドン4回戦でティム・ヘンマンに敗れた後、夏は恒例のアメリカ大陸でのハードコートシーズンになる訳ですが、パットは、トロント、シンシナティのスーパー9を連勝し、ニューヘブンではギョーム・ラルーに敗れますが、ロングアイランドで再び優勝し、USオープンまでのハードコートシーズンをわずか1敗という驚異的な成績で席巻します。

 この中のシンシナティ決勝では、サンプラスとの対戦となりましたが、マッチポイントのラフターのサーブがアドコートのサイドラインぎりぎりに決まりエースとなりますが、ラインジャッジに納得しないサンプラスが試合終了後も握手に自発的に応じようとせず(無理矢理ラフターが握手します)、主審に食い下がります。結局この裁定は覆ることなく、そのままラフターが優勝したのですが、試合後のこの場面についての見解の相違から、2人の間にちょっとした因縁が生まれます。

 そして迎えたUSオープンでパットは、緒戦でヒシャム・アラジをフルセットで振り切る不安なスタートでしたが、徐々に調子を上げ、この夏最強であった評判通りの強さを見せつけていきます。そして、準決勝で因縁の相手サンプラスと対戦します。序盤からシンシナティの続編のような事実上の決勝とも言えるスリリングな高レベルのラリーが続きますが、途中サンプラスが足を故障して明らかに動きが悪くなります。それでもサンプラスは棄権せず試合を続けますが、さすがに分が悪く、セットカウント3−1でラフターが勝利します。

 そして迎えた決勝では、同郷の”スカッド”ことマーク・フィリポーシスと対戦しますが、現在の勢いの差を見せつけるように全く問題とせずに遂にUSオープン2連覇を達成します。前年優勝時にあのマッケンローから「ワンスラム・ワンダー(グランドスラム優勝1回で終わる1発屋というニュアンス)」と評されたことに発奮したのでしょうか?結局、この夏パットは、わずか1敗という驚異的な成績で夏のアメリカ大陸を完全制圧したのでした。

 この頃になると、ニューヨークでもパットはかなりの人気者で、ボールを追いかけるときの独特の声が出ると思わず観衆が沸くほど、パットのエネルギッシュなプレーはニューヨークっ子を魅了したのでした。私が当時購入した外国のテニス雑誌には、パットを評して、「テニス界のラスプーチン」と記されていました。もちろんロシアの快僧のことですが、不死身のラスプーチンをラフターとかけたのでしょうか? 

 さて、このヘンリーネックシャツについてパットは、夏のハードコートから秋のインドアシーズンにかけて、ほぼこの1種類のシャツを着用し続けました。野球のユニフォームを意識したようにも見えるストライプのデザインがこの時期の強いラフターのイメージにピッタリとマッチしていた思い出の1着です。

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