1999年

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 数多い1999年モデルの内、今回は、赤色のポロシャツを紹介します。このポロシャツは、写真の赤色基調のものの他に、白色基調と茶色基調のものとで全部で3種類のカラーバリエーションがありますが、今回は、その中でも赤色のものについて紹介します。同年のグランドスラム大会では着用することがなかったので、パットのウェアの中ではマイナーな部類に入るかも知れません。パットのウェアでは、しばしばこのような赤色のウェアがあり、個人的には、パットは最も赤いウェアが似合うテニスプレーヤーであったと思います。

 さて、この年パットは、5月に待望の世界ランキングナンバー1の座に就きます。ただしこの時期は、ランキング争いが混迷していて、毎週のようにナンバー1が入れ替わっていた状況で、例のごとくパットもわずか1週でその座を明け渡してしまいます。そしてこの1週間こそが、後にも先にもパットがナンバー1の座に就いた唯一の期間でした。実際のところは、例年この時期大量にポイントを稼いでいたサンプラスがポイントを落とし、2位以下の選手との差が縮まり、前年1998年後半にポイントを荒稼ぎしていたパットが逆に前年前半は振るわなかったことから、1999年に入ってもパットはほとんどポイントを失うことなく、5〜6月にかけてナンバー1争いを繰り広げたのでした。他にもこの時期は、モヤやカフェルニコフもナンバー1に就き、コルダもナンバー2まで上り詰め、前年はリオスもナンバー1に就くなど、ATPツアーはサンプラス独走が崩れて混迷の度合いを深めていました。しかしグランドスラム大会での強さは相変わらず健在であり、ウィンブルドンでは、2000年までタイトルを守り抜いています。

 パットは、この年、ウィンブルドンで初のベスト4に進出し、徐々に目標であるウィンブルドン優勝に近付いていきます。しかし、3連覇を狙ったUSオープン1回戦、ピオリーン戦で肩を負傷し、棄権した後は、手術・治療に専念するため、残りのシーズンをスキップし、年頭3位でスタートした世界ランキングは、10位以下にまで下げてしまいます。しかし、翌年さらにテニスの幅を広げてパットはカムバックします。

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 今回紹介するのは、大変珍しい1999年モデルのキャップです。パットが1999年シーズン序盤に被っていたものと同じカラーリングのものです。中盤以降は、写真のような白地のキャップを被っていたようです。綿生地の厚い非常にしっかりした造りのキャップです。おそらく国内未販売であったものと思われます。

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 数多い1999年のパトリック・ラフターモデルの中で今回紹介するのは、全体が赤色のショートパンツです。独特の花柄は、アップで写すと御覧のような柄で、コートで目立つことうけあいです!当時の写真を見る限り、パットが実際に着用していたのは、市販されたものよりも若干股下の丈が短いものであったようです。

 この赤バージョンのショートパンツは、1999年のシーズン前半で比較的多い頻度で着用されていたようで、中盤以降は、あの悪名高い白地に赤の花柄模様(残念ながらこのバージョンは持っていません!)などのタイプを多く着用するようになりました。
 シーズン当初、一連のラフターモデルを着たラフターを見て、かなり違和感を感じたものですが、見慣れた頃には、これはこれでラフターに似合っていいのではと思うようになっていったから不思議なものです。近年のリーボックの中でもかなり特殊なコレクションでした。後に紹介予定ですが、このモデルには、キャップやハット(もちろん花柄!)、全身花柄のボタンシャツ(!)もありました。しかし、売れそうにないのか、国内では販売されていなかったようです。この年のモデルは、まだまだ沢山コレクションしていますので、順次紹介していく予定です。

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 パトリック・ラフター編をスタートさせましたが、第2弾は、1999年モデルのポロシャツです。通常、各メーカーのプロ用モデルは、半年スパンで新しいウェアを発表するのですが、このモデルについて、パットは、1999年のほぼ1年を通じて着用していました。

 このラインのモデルは、ポロシャツが3種(ウィンブルドンで着用したものを含めると4種)、Tシャツが2種ありました。今回は、その中のポロシャツの一つを紹介します。このポロシャツは、背中の赤と花柄のプリントが印象的なモデルで、ウィンブルドンでは、大会のウェアの規定に沿ったと思われる背中が白無地のバージョンが登場しました。恐らくこのウィンブルドンのモデルは、未発売であったと思われます。

 前年のUSオープンで2連覇を達成し、世界ランクを再び2位に上げて、地元オーストラリアンオープンとウィンブルドンでの優勝、そして世界ランクナンバー1を目標に1999年シーズンを迎えたパットでしたが、オーストラリアンオープンでは、またしても3回戦で、当たりに当たったエンクヴィストの豪打の前に沈みます。その後も今ひとつ波に乗れないシーズンを送りますが、クレーコートシーズンでは、前年後半のハードコートシーズンでの連勝によるポイントの恩恵を受けて、わずか1週(!)ではありますが、遂に念願の世界ランキングナンバー1を達成します。しかしこの時期は、サンプラス独走が崩れて、ナンバー1が週毎に目まぐるしく変わっていた状況であり、結局キャリアを通じてパットがナンバー1に在位したのは、この年のわずか1週のみでした。

 さて、この度は、数多くの写真を掲載していますが、何か気付きませんか?そうです。この年のモデルの特徴は何と言っても、ショートパンツのバリエーションの多さなのです。花柄模様のものは、黒地と赤地のものの他に、全体がグレー地(未掲載)のものと赤地のもの、他に白地のショートパンツ、裾のみ花柄のもの(未掲載)と確認できただけでも6種類も存在します。中でも写真の中の赤地の花柄のものは、派手派出な柄ということもあり、某雑誌で酷評されていました。全体的にサーファーチックな柄で、彼の地元であるオーストラリアの海をイメージしたものなのでしょうか?当時リーボックの契約選手でパットと同じこのウェアを着た選手はいませんでした…。パットならではのウェアということでしょうか?確かにトッド・マーティンあたりが着ても全く似合わないウェアですね。

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