2000年

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 久々にラフターモデルの紹介です。今回は、2000年から2001年休養時までの約2年間、パットが愛用したシューズ、ボンザーMID DMXです。

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 近年のウィンブルドンにおいても屈指の名勝負として記憶に残る試合のDVDです。このブログではお馴染みのeBayで購入しました。価格は、送料込みで何と1700円(!)でした。日本に比べて海外のDVDはかなり安価なようです。画質も非常に良くオススメのDVDです。ヤフーオークションでもよく見かけますので、興味のある方は、一度覗いて見られてはどうでしょうか。

 さて、この試合ですが、この試合の前後3年間にあたる1999年から2001年までの3年間、パットとアガシは準決勝で対戦します。最初の1999年は、初のウィンブルドンベスト4で意気上がるパットを絶好調のアガシは全く問題にせずストレートで片付けてしまいます。そして迎えた2年目の2000年、パットのテニスは進化を遂げて、アガシのリターン、ストロークに対し、反射神経を活かした鉄壁のボレー(特にフォアのダイビングボレーは、パットの代名詞とも言えるショットでした)、バックの緩いスライスを多用し、粘り強くなったストローク、そしてチャンスと見るや一気に攻め込むバックハンドの強打を駆使して見事互角に渡り合います。勝負はフルセットに持ち込まれますが、最後は勢いに勝るパットがアガシを振り切り、初のウィンブルドン決勝進出を決めます。この試合を見た、かのマッケンローが「今まで見たラフターの試合の中で最高の試合」というように絶賛したラフターのベストマッチの一つです。

 この頃のパットは、技術的にはUSオープンで優勝した1997年当時よりも粘り強く、攻守のバランスが良くなったように見えました。この2000年は、中盤以降はパッとした成績こそ残せませんでしたが、年末のデビスカップに備えたトレーニングでパットは明らかに何かをつかんだ様子で、自ら「自分のテニスが1段上のレベルに上がった」と評するほどの絶好調で翌2001年、結果的に彼にとって最後となった地元オーストラリアンオープンを迎えたのでした。このオーストラリアンオープンでも同じく準決勝でアガシと熱戦を繰り広げるのですが、その模様については、後日紹介しようと思います。

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 久々にラフターモデルの更新します。今回紹介するのは、2000年後期に着用したモデルのポロシャツです。

 この年のパットは、前年の1999年終盤に肩の故障のため早めにシーズンを切り上げ、治療に専念しますが、2000年のツアーが開幕してもツアー復帰は遅れ、地元オーストラリアンオープンは欠場してしまいます。その後、ツアー復帰は、3月の大会からでしたが、復帰後も調子が上がらず、シーズン初優勝は、ウィンブルドン直前に行われたオランダでの芝の大会で、結局この年唯一の優勝でした。直後のウィンブルドンでは、準決勝アガシとのフルセットの激闘を制し、サンプラスとの決勝に臨みますが、セットオールで迎えた第3セットのタイブレークを落とし、惜しくも振り切られサンプラスのウィンブルドンでの最後の優勝を許してしまいます。

 このウィンブルドン準優勝がこの年の唯一のハイライトと言ってもよいほど、この年のパットは、故障の影響からか、プレーにも精彩を欠き、1997、1998年と連覇したUSオープンでも1回戦でガロ・ブランコに敗れてしまいます。(最後の写真参照)この敗戦により、USオープンでは、2連覇の後、2年連続の1回戦敗退という非常に不名誉な記録を作ってしまいます。

 その後地元シドニーで行われたオリンピックでは、聖火ランナーを務め、今やオーストラリアの国民的なスーパースターとして認知されたパットではありましたが、肝心のテニス競技の方は、ここでも2回戦敗退に終わります。なお、このオリンピックの試合では、オーストラリアチームのウェア契約の関係からでしょうか、何とナイキのウェアを着てプレーしていました。

 さて、今回紹介するウェアは、2000年8月のハードコートシーズンから年末にかけて着用したモデルですが、パットの成績自体が低迷し、テレビへの露出も少なかったことから、日本のファンにもあまり馴染みのないモデルかと思います。なお、手には、翌2001年初頭から使い始める「トリプルスレットTT(タングステン)ウォーリアー」のプロトタイプ(試作品)と思われる未塗装のラケットが握られています。先代の「プレシジョン・レスポンスTi」が登場する前にもパットは、試作品のラケットを数多く試しており、当時の写真を見ると、中にはフェイスが8角形のものも試していたようです。なお、写真の関係でこのウェアのカラーは判別が難しいのですが、実物はややグレーがかったグリーンです。
 
 

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