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交通事故加害者を心からゆるした夫妻の物語

聖母の騎士修道院 小崎登明


パパ、天国からお手紙、書くからね

2006年の春のある日、聖コルベ記念館に、福岡から2人の珍客が、前触れもなく訪れた。黙想の家の鈴木忠一神父さんと、会社社長の柴田勲さんであった。久しぶりの出会いに、私たちは喜んだ。

 柴田勲さんと言えば、聖(ひじり=ひっちゃん)を直ちに思い浮かべる。もう十数年になるか。勲さんには4人の子供があり、ひっちゃんは末娘で、当時は小学2年生。目がくるっとした、小柄で、細身の女の子で、皆から愛されていた。しかも兄、姉たちとは、かなり歳が離れていたから、ひっちゃんは、両親だけでなく、お兄ちゃん、お姉ちゃんたちからも大切に可愛がられていた。

 その年の春、ひっちゃんは西新教会で初聖体を受けている。「あのころ聖は、イエスさまというご聖体を待ち望む、熱心なキリスト信者だった。」と勲さんは述懐する。

 一緒にお風呂に入ると、「パパ、聖のお目々もお口もお鼻も神さまがお創りになったのよ」と、父に宣教した。父は、「ひっちゃんは、パパとママがつくったのさ」と言い返すと、「ママー」と大声で呼び、「パパはひっちゃんにウソをついているわよ」。そして更に少女は言った。「パパ、ひっちゃんが死んだら、天国からパパに、お元気ですかと、お祈りのお手紙を書いてあげるからね」

 その言葉が現実になろうとは ――

春のある日、学校から帰ったひっちゃんは、家から出た道路で、突然、車の事故にあい、一瞬のうちに倒れた。

 知らせを受けた母親の須磨子さんは、動転しながら、現場に走ると、ひっちゃんは壊れた人形のように、あおむけに倒れていた。側には、事故を起こした会社員の青年が、呆然と立ちすくんでいる。

 須磨子さんは救急車の中で、「ひっちゃん!イエスさまと、マリアさまのことだけ、考えなさい」と体を撫でると、「う、うーん」と、うめき声で答えた。それがこの世での、ひっちゃんの最後の声になった。

 病院に、勲さんが駆けつける。西新教会の司祭も、鈴木忠一神父さんも姿をみせた。ひっちゃんは事故から50分後に、皆さんの祈りの中で、7歳5ヶ月の短い生涯を終えた。すべての時が止まった一瞬であった。

 「交通事故、決してゆるすことは出来ない」。当然のことながら父親の勲さんは事故を起こした相手を憎み、激怒し、悲嘆にくれた。だが、――勲さんは、教会のお通夜の席で、「パパ、ゆるしてあげてね。ゆるして、ね」と、ひっちゃんの声が耳元で聞こえたと言う。

 葬儀の終りに、勲さんは参列者に次の挨拶をした。「聖はやさしい子でした。人の悪口を言わない子でした。その聖が「パパ、ひっちゃんはゆるしているよ。だから、パパもゆるしてね」。聖がそう言っているのが聞こえます。心では、車も、人も、焼き殺してしまいたい。しかし…」と、父は絶句して泣いた。

 1ヶ月後、柴田勲さんは、鈴木忠一神父さんの立ち会いのもとで、西新教会の司祭から洗礼を受けた。霊名は「パウロ」。「馬から落ちて目覚めたサウロ改めパウロです」。この日、柴田家は全員がカトリックとなった。「パパ、おめでとうの手紙、書くわよ」。天国から聖の声が心に届いていた。

 福岡から訪ねてきた2人に、私は言った。「ひっちゃんの記事は、私の本「信仰の旅路」(聖母文庫)に載せました。鈴木神父さんの黙想の家には、「聖ちゃん文庫」もありましたね」

 柴田勲さんは、病院内の感染を防ぐ、殺菌装置の製造会社を経営している。2人は、「五島行きが強風のため欠航。長崎市内の巡礼と相成りました」。図らずも、この日は、ひっちゃんの命日4月19日の、次の日であった。

事故から、20年が経過した ― 心の傷は

 それから半年が過ぎたころ、ひっちゃんの母親の柴田須磨子さんが、福岡から聖コルベ記念館に参詣にきた。

 「きょう、11月11日は、聖の誕生日です。生きていたら満28歳になります。聖コルベのルルドにお参りにきました」

 お参りの後、私は問うた。
 「最近、何か、天国からの便り、ひっちゃんの話題がありましたか?」

 「今年の命日は20周年でした。自宅で、鈴木忠一神父さまに、ごミサをささげていただきました」

 事故の相手のNさんから、20年目の節目の年に当たり、「ぜひ今年は、柴田家で、聖ちゃんのために私にもお祈りさせてください」との願いがあった。4月19日、命日に、遺影が飾られたひっちゃんの部屋で、柴田さん夫妻と、Nさんも同席して、天国のカタリナ聖ちゃんのために祈った。

 だが、いかなる年月を重ねても、最愛の娘を失った悲しみは、癒えることはない。
 Nさんは事故の日から20年間、ひっちゃんの誕生日と命日には必ず冥福とお詫びの花束を送りつづけてきた。また、彼の田舎の両親からも、心のこもった旬の野菜などが柴田家に毎年のように届けられてくる。

 Nさんが婚約したときには、「1度、会ってください」と婚約者を連れて、柴田家を訪れた。柴田家への償いは、決して忘れなかった。結婚式には彼の願いで、柴田家に招待状が届いた。式には須磨子さんと長男が列席し、鈴木忠一神父さんが結婚式を司式した。

 その後、Nさんは、2人の子供に恵まれ、下の女の子は、ひっちゃんと同じ年齢になったという。

 それでも―と、須磨子さんは言う。「このような20年間の交流があっても、Nさんの心の負担を思うと、なかなか聖の名前を出しづらく、「あの子」とか、「あの日に」とか言っていました。ところが20年目のごミサに自宅で与ったとき、ふしぎに、そのこだわりが溶けていくのを覚えましたね。Nさんの顔をみて、初めて聖の名前をすんなり出すことができたのです。私自身の癒しの一歩でした。20年の歳月が必要だったのですね」

 その夜、4人は近くの割烹店に集い、夕食を共にし、お酒も入った。その席で、須磨子さんはNさんに語った。

 「あなたと何度かお会いしてきたなかで、涙を流しつづけてきたけれども、それはあなたへの恨みでなくて、私の聖への母心の涙だったことを、わかってほしい。私は聖の母だから…、ただ、それだけです」

 これまでNさんは、ご主人の勲さんと面と向かって話すことができなかったが、この夜、憂いは喜びに変わっていた。博多に1泊し、帰宅したNさんは、すぐに勲さん、須磨子さん宛てに手紙を書いた。

 「先日は、今後、生きている時代の中で、心に残り、一生忘れることのできない1日となると思います。今回、ご主人と、冗談も話すことができて、ほっとした気持ち、良かった、うれしくも感じた次第です。ご主人から、私の顔が良くなったと、何度となく話していただきましたが、私もそう思います。私がこの世の中で、最後に、聖ちゃんとかかわった運命をあらためて思い起こし、責任というか、使命というか、そういうものを感じました。私はほんとうに幸せ者です。どんなにお礼を言っても言い尽くせません」

 Nさんの手紙を手に、須磨子さんは、ひっちゃんの遺影を見つめながら思った。「Nさんは、聖が、命をかけて、私に与えた最後の隣人だった」

加害者に対する ゆるしの、むずかしさ

 ひっちゃんの事故の日、鈴木忠一神父さんは黙想の家で、カトリック幼稚園教師の研修会をおこなっていた。

 そこへ、ひっちゃんの事故の知らせが入る。神父さんは会を中断して、病院へ駆けつける。黙想の家に戻った鈴木神父さんは、研修会の皆さんに、事故の様子と、両親と、ひっちゃんのゆるしを語り聞かせた。

 研修会参加者のなかに、父親を交通事故で亡くした女性教師がいた。彼女は父の死によって、これまで心の底にはいつも神に対する疑問や反発、加害者をゆるせない心情が渦巻いていた。

 鈴木神父さんから突然、ひっちゃんのゆるしと、柴田さん家族のゆるしを聞いたとき、「何、それ…、 ゆるし?」と、強い衝撃を受けた。「私は、絶対に、ゆるせない。それなのに、柴田さん家族の心、聖ちゃんの心、十字架にかかっているイエスさまのゆるし、一体、何?」―と、そのとき心境に大きな変化をもたらしたという。

 「研修会最中に起こった出来事を通して、心の傷が癒され、頑な心が解かれていく心の体験、神秘的体験をしました。聖ちゃんの死を通して…」。女性教師はカトリックの洗礼の恵み、更にシスターの召命へと導かれたのであった。「柴田さんの信仰、聖ちゃんの信仰が、私の魂を救ってくださった」

 人生にとって、わが子を亡くす出来事は生涯癒されることのない慟哭だ。

 いま、須磨子さんは看護師として働くかたわら、子供を病気や事故、その他の理由で亡くした親の会「虹の会」のスタッフとしても活躍している。

 同じ子供を亡くした親の気持ちとして、虹の会の中で、加害者に対する複雑な感情と、深い悲しみに触れる度に、そのすべてを受け入れる難しさを、須磨子さんは心底感じている。

 「そのような親ごさんと共に、泣くことや、支え合えても救うことはできない。人間をはるかに越える力が働かないと、受け入れることは難しい。私も心の傷を担いながら、これからの人生に微笑みかけながら生きていきたい。それが、ひっちゃんの命を無駄にしないことです」

 柴田勲さんは言った。「聖は、神さまからお預かりした子、お返ししました。名前は「カタリナ聖」。柴田は付けません。「信仰」とは、残された者の心を慰めるものとして、その人が生き続けていることを実感致します」

 「パパ、天国は皆んなの心の中にあるんだよ」(ひじり語録より)


月刊「聖母の騎士」2007年1月号掲載記事より

聖母の騎士社
http://www.seibonokishi-sha.or.jp/

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