八ヶ岳にある薬草・樹木 と 男の腕まくり

園内の四季折々を紹介+男料理にまつわること+思い出の木

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ネズミサシ

ネズミサシ Juniperus rigida                   ヒノキ科
  松茸のもと?

愛宕山へ行く途中の旧林業試験場の裏山の尾根沿いには、このネズミサシが自生していた。アカマツ林内で細々と生きている、たくましさが感じられない、暗すぎるせいだろか?
葉の先端は鋭くとがって触ると痛く、裏に気孔列が白い筋となって見える。ネズミの通り道に置くとネズミが痛くて通れないというところから付けられた名前だ。盆栽の世界では「杜松(としょう)」と呼ぶようである。加工性が悪く産出量も少ないので、用材には使われないが、脂(やに)が多くて水に強く、腐り難いので、農業用の杭やハザなどに使った記録もある。モロノキという呼び名もある。成長は遅く、材は緻密で年輪幅が小さく、針葉樹の中では最も重い幹比重(〇.五四)。
 ネズミサシの分布は立地的に土壌タイプではBB、Bc、の乾燥型土壌、乾燥地形尾根や土壌の痩せた、土壌の薄い岩場の日向に見られる。
陽生の植物であり、生育には強い日照を必要とする。 成長は実に遅い。
 禿山などに生育する場合には、主幹が不明瞭となり、株立ち状となってたくさんの果実を稔らせる。周辺のアカマツなどが成長してくると、急激に伸長成長するが、アカマツなどの伸びにはかなわない。本来であれば、森林の生長に伴って少なくなっていくはずの樹種であるが、現在ではマツ枯れ跡地に点々と尖った樹形を見せている
松茸は、マツ林のどんなところに生育するのか、岩手の松茸研究で知られる吉村文彦先生は、ネズミサシの木と松茸について調べている。アカマツ林でネズミサシの木が生えるアカマツで林松茸は採れるらしい。その裏付けとしてズネズミサシの木にマツタケ菌が感染している事実を確かめている。ネズミサシの木に松茸発生はしていないようであるが、ネズミサシの木にマツタケ菌は感染することが確かめられた。アカマツ〜ネズミサシの木〜アカマツとマツタケ菌が移っていく事が無いとは言えない。地面の中ではアカマツの根と、ネズミサシの根と、絡み合って松茸の菌根が増えていることも考えられる。どなたか、アカマツ・ネズミサシ・松タケ菌の関係を調べて見てはいかがであろう?

花言葉は「用心深さ」。

ヤマシャクヤク

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ヤマシャクヤク(きんぽうげ科)

シャクヤクは漢方では根を乾燥し鎮痛,浄血、下痢などに効果があるとしてよく用いられます。

こちら日本自生のヤマシャクヤク、芽が伸びだした様はシャクヤクと同じです。この調子でいくと3月末

には茎の先に白色の美しい花を一個上向きにつけるでしょう。その時はまた紹介いたしましょう。

ヤマブドウ

ヤマブドウ   Vitis coignetiae                  ブドウ科
早川の“恋紫”

美味いピザを作りたい一心から、石焼きピザが絶対うまいというので石釜を作った。娘に言わせると「これって、ただの消却炉じゃない。」といわれる代物であるが、それでも結構、近隣、知り合いに配ったり、人を集めてピザパーティーで楽しんだりもした。それだけでは物足りなくなって、ピザとパスタ料理で人も招いた。何かものたりない、食事には少しアルコールとなるとワイン、そうなると酒の肴もピザとパスタだけ、ともいかなくなる。ほかにイタリア料理を作るようにもなった。アンティパスト、プリモピアット、セコンドピアット・・・フルコースも出来るまでになった。当然飲み物ということになると「ワイン」となる。私は元来日本酒が好きなのだが、ピザ作りをはじめてからワインを良く飲むようになった。
南アルプスの山に抱かれ森の中に歴史を刻んできた人口二〇〇〇人たらずの山梨県早川町には、白鳳の山葡萄ワイン、“恋紫”がある。香りのあるコクのある味で、これは美味いと思った。山葡萄ワイン「恋紫」の美味しい秘密、それは原料のブドウにある。「恋紫」の原料は、早川町に育ったヤマブドウと、フランスはボルドー地方を代表するブドウの品種、カベルネ・ソービニヨンを交配させて出来たヤマ・ソービニヨン。山梨大学ワイン科学研究センター山川祥秀先生が、地域に合ったブドウ品種の開発の一環として育成した品種である。醸造は、日本を代表するワイン産地・山梨のこだわりのワイナリー、「原茂ワイン」が手がけたもの。山葡萄の密造酒を飲んだことはあるが、それほど美味い記憶はない。 しかし、値段が高いのがたまにきず?量産して庶民の口に気軽に入るようになってもらいたのだが。
 さて、ヤマブドウの学名は、明治初期箱根の山で強健な本種を見かけたフランスのコアニエ夫人が、フィロキセラ(ブドウ根アブラムシ)の猛威に悩む故国の葡萄畑を救えるのではないかと持ち帰ったのでコアニティエと命名された。
葡萄の語源はぺルシア語のBudawからきたものだという。葡萄はイラン、アフガニスタン等の原産で、食用ならびに酒造りの材料とされたのは古く、エジプトでは紀元前3000年には栽培され、地中海沿岸地方でも紀元前に栽培されていた。
日本には中国経由で渡来した。葡萄の中国音はプータオに近く、この呼び名はペルシア語のBudawの古代中国における当て字から来たとされている。
 日本原産のブドウの仲間には、ヤマブドウ、アマヅル、エビヅルなどがあり、アマヅルはその小枝から採れる液を煮詰めて甘味料に、エビヅルはその実を食用としたり、それから酒をつくったりした。
 ヤマブドウは、それらに対しヤマエビとか、エビカズラなどと呼ばれたらしく、これらはブドウ伝来以前の呼び名ということになる。
 ヤマブドウは、北海道、本州、四国、南千島、サハリンに分布し、山地の日当りのよい場所に多くはえる。他の木によじ登り一〇数mにも達する。
 ヤマブドウは茎の変形した「巻きひげ」でからんで登ってゆくが、次のような習性をもつ。茎から枝は対生する。その一節目は葉のみ、二,三節目は巻きひげと葉が対生する。四節目はまた葉のみ、その先の五,六節は巻きひげと葉が対生する、というくり返しである。ひげの先が二つに枝分れして、何にでもからみつく。 ヤマブドウの実はブドウ酒の原料とするほか、果汁、ジャムなどに加工する。実ばかりでなくつるや皮も利用価値が高く、強じんなつるは、いろいろな綱に、皮は細くはいで履物、編にする。
山梨大学の山川先生らが醸造用ぶどうとして開発した品種ヤマソウビニヨンにふれたが、糖度、酸度ともに高く耐寒性があり、強健で栽培は容易とのこと。醸造用品種として有望であり、苗の希望は年々増加している。山中湖村が大々的にこのヤマソウビニヨンを栽培しはじめており、その内山中湖村の特産ワインとしてお目にかかるであろう。
 古くから勝沼の代表的なぶどうといえる甲州種は、コーカサス地方、カスピ海沿岸が原産地とされ、シルクロードを経て中国を経由、仏教と共に日本に伝わり、日本の各地に移植されたが、気候風土の合った山梨県勝沼に定着したと思われる。しかし甲州ぶどうの由来は以下の二つの伝説がある。
ぶどう畑が一面に広がる勝沼町の東端に位置する大善寺がある。この寺は僧の行基によって開かれた山梨で最も古い歴史を持つ真言宗の寺院である。流れるような美しいシルエットの檜皮葺(ひわだぶき)の大屋根が鎌倉時代の風格を漂わせる名刹である。
本堂は中に薬師三尊像を安置しているため「薬師堂」とも呼ばれており、国宝にも指定されている。薬師三尊像は秘仏だが、本尊の代わりに右手にぶどうの房を持った「ぶどう薬師」を御前立(おまえだち)として拝むことができる。養老二年(七一八年)、行基が甲斐の国を訪れた際、勝沼の近くにある日川渓谷の大石の上で修行中、夢の中にぶどうを持った薬師如来が現れため、それと同じ姿の薬師如来像を刻んで安置したのが大善寺の始まりとされている。さらに、行基はぶどうの薬効を称え、薬の代わりにぶどうのつくり方を村民に教えたため、この地から甲州ぶどうの栽培が始まった。 
二つ目の伝説は一一八六年にこの土地の雨宮勘解由(かげゆ)という人物が近くの「城の平」という山でヤマブドウにかわるブドウの変性種を見つけ、良いブドウだと見抜き家に持ち帰った。これを苦心して栽培、改良し五年目に素晴らしいブドウの房を収穫することができ、これを村人に分けこのぶどうの栽培が広まったという。また、勘解由には善光寺参詣の帰路の源頼朝に甲州ぶどうを献上したという伝説もある。
 ワインの生産については、明治初期に、既にぶどう栽培が定着していた山梨県をはじめ、各地でぶどう栽培とワインの醸造が手がけられた。
明治一〇年(一八七七年)には山梨県の県立葡萄酒醸造所が甲府舞鶴城跡に完成し、同じ年に、祝村下岩崎(現勝沼町)の有志が発起人になり大日本山梨葡萄酒会社(通 称祝村葡萄酒会社)を設立、村から青年(高野正誠、土屋助次郎(竜憲))をフランスに派遣して、良質なぶどう酒醸造技術とぶどう栽培を徹底的に修得させた。二人は派遣されてから一年七ケ月の苦難に満ちた研修の後帰国、日本のワイン醸造の向上に尽くしたのでした。
勝沼に入ると帽子にコートを着た二人の男がブドウの苗木を見ている図柄の標識を目にする。 レトロで風情のあるすばらしい標識である。この二人が高野正誠、高野助次郎両氏である。
 一方食用ぶどうは、明治一九年(一八八六年)に奥野田村(現塩山市)へ、デラウエアの苗が移植され、これがデ ラウエア種を山梨に導入した最初である。最初明治二七年(一八九四年)には、祝村下岩崎(現勝沼町)で県内初の観光ぶどう園(宮光園)が開業された。
白ワインはぶどうを絞り、皮を捨ててその汁のみを発酵させるのに対し、赤ワインは絞った汁と皮を同時に発酵させる。したがって赤ワインは皮のところにある渋みの成分が発酵し赤ワイン独特の渋みになってくる。赤ワインは樽で熟成させるが、白ワインは主にビンで熟成させる。これにより樽の香りがワインにつき独特の風味、風合いを出す。赤ワインは重たいものになっていく。白ワインは寝かせることによりフルーティーな軽さがなく落ち着いた風格のあるものになる。その他おもなものとしてロゼがある。造り方は赤ワインと良く似ていて、そして使うぶどうは赤いぶどう。ぶどうを潰すところまでは赤ワインと同じであるが、この後、赤ワインが葡萄の皮と長い間接触させて十分に色をつけるのに対し、ロゼワインでは短時間で終了させ、プレスして葡萄の皮を分離してしまう。この短時間でついた薄い赤がロゼワインの色である。こちらは赤ワインよりも軽くて女性向き。
ワインにヴィンテージ物という表現がある。ヴィンテージ(Vintage)とはぶどうの収穫年という意味の英語で、フランス語では「Millesime」という。ぶどうは温度や降水量、日照時間などによって質や収穫量などに大きな影響を及ぼすために、収穫年によってワインの味わいも違うと考えられている。
 一般的に天候が順調な年は、ぶどうが良く熟し、糖度が上がって、濃厚な味わいのワインが出来、反対に天候が不順で不作の年は酸が多すぎワインは軽く仕上がる。 気象条件に恵まれた年を「ヴィンテージ・イヤー」と呼ぶ。良いブドウができた年にビンテージワインを造るのである。
勝沼ブドウの丘にワインカーブ(ワイン試飲場所)がある。一一〇〇円払っていろいろな種類のワインを楽しむことができる。赤白分かれて入り口から奥に進むほど甘口になる。私は仲間と電車で行き、一日ワインを楽しんできた。是非訪ねて好みのワインを見つけてはいかがであろう?
ところで、ちょっとしゃれた店でワインをオーダーすると、まずテイスティング(試飲)で「いかがでしょうか」ときかれて、とまどった経験のお持ちの方もおいでであろう。もともとはその主人が先ず味見するのである。主人がワインの味見をするのは、もともとその日のお客様に「今日のところは、毒殺する気はありませんから」と、意思表示するためのものだったという説がある。
 もしテイスティングをすすめられたら、頼んだものと同じかどうか、ラベルをチェック。次に香りをかぐ。グラスをクルクル回してからかぐと,香りが良く分かる。これは空気に触れ酸が増すからであろう。だいたい果物や植物の香りがすると思う?熟成された最高級品はキャラメルの香りがするとか。ひと口飲む。よっぽど妙な味がしない限りは、「結構です」の一言をいうこと。ちなみに赤ワインでも軽い口当たりのものは、冷やした方がおいしいと感じるので、「冷やしてください」くらい言っても良いと思う。
通ぶっていろいろ書いたが、たちなみに料理酒としては一〇〇〇円以下の安いワインを使い、食事にはやや渋みがあり濃くのある二〇〇〇円以下の国産の赤ワインを好んで飲んでいる。私の好きなワインは、矢作ワインの「甲斐浅間」。カベルネソービニオンとベリーAが原料で、ミディアムボディの飲みやすい味、それでいて壮健で力強い芳香は、高貴な夢心地に誘い、料理を引き立ててくれる。まだ矢作ワインを飲んだことがないなら我が家においで下さい。シェフ清藤のイタリヤ料理で一杯やりましょう!
ブドウの花言葉は、「陶酔、信頼」。

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ギョウジャニンニク

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ギョウジャニンニク(ユリ科)

 つい一週間前には気がつかなかったのですが、園内の一番南東の沢地形にいつも出てくるギョウジャニ

ンニクがこんなにも伸びだしておりました。

名前のとおり行者ニンニク、山岳信仰の行者さんがその荒行に耐える体力をこれを食べて耐えたことから

この名前がつきました。

主な成分はベターカロチン(キャベツの10倍)ビタミンB6,C,Kを含みアニシン、アリルフィド類を含み、

高血圧予防、抗菌作用、不眠症、冷え症、血行をよくする滋養強壮植物です。

てんぷら、油いため、酢の物、おひたし、肉料理によいでしょう。

ホオノキ

ホオノキ Magnolia obovata           モクレンカ科
バンカラを支えた木?

 ホオノキは子供の頃はどんな木か知らなかったが、下駄の歯は朴と聞かされていたのでホオノキという名前だけは良く聞いていた。
尾崎紅葉の名作で熱海を舞台にしている「金色夜叉」の熱海海岸での別れの名場面、寛一が高下駄にマント姿でお宮を蹴る、それを思い出す。昔、若者の履物として盛んだった頃、特に高下駄の歯はこのホオノキで作られたものが「ホオ歯の下駄」として書生さんや学生さんに人気があったようだ。小学生の頃、近くの伝統ある高校の学生さんが良く高下駄で通学していたことも思い出す。私の高校の頃はさすが靴に変わり、下駄を掃くのは着物姿のお年寄りくらいだったが、時には高下駄を掃いて得意げに歩いたものだった。今で言えば若い女性に一時人気のあった厚底靴を掃くようなものであろう。
 ホオノキの由来は、万葉集にホホガシワのなで登場する。「ほほ」は「おおば・大葉」が転訛し、「かしわ」は「かしき・炊葉=食べ物を盛る器」から転じたといわれている。
 どんな木か?どこにでもあり、ホオノキの葉はとっても大きく、日本の自生の木では最も大きなものの一である。大きなものでは40〜50センチくらいもあり、一度覚えてあの大きな葉っぱをみれば、ホオノキとわかるであろう。
集団林を形成することはない。秋の果実の時期にはその真っ赤な色で気がつく。森の中では樹の高さもたかいので、花や実を見た人は少ないかもしれない。
花も上につくので見ることは少ない。同じ仲間のモクレンやコブシの冬芽は密毛で覆われているが、ホオノキは筆型をして毛のないのっぺり型である。春にこの冬芽がほころび皮が裂けると中から白色の軟毛の光った幼葉と淡紅色の大きな托葉の蓮華状の花弁次々の開き、遠くからは花のように見えて美しい。秋には多数の袋果をつけた楕円形の果体が出来き、赤く色つき、熟すと裂けて赤い種子が白い糸でぶら下がる。落ちた袋果をみると、ちとグロテスクな気もする。
飛騨高山に行くと、味噌とこの大きな葉っぱを乾かしてセットで売っているし、小さな七輪付きのものもあり、旅先で味噌を焼いて食べる朴葉焼きもよかった。 

材質のデータを調べてみると、緻密で均質、軽軟材で、切削などの工作は極めて容易。狂いは少ない、気乾比重 は〇.四八とある。用途は下駄だけではなく建築の内装材にも使われているし、家具、建具、彫刻などに用いられている。子供の頃の年賀状の版画板はホオノキだった。
ホオノキの名前の由来は、古く万葉のころには、ホオガシワと呼ばれていて、「本草和名(ほんぞうわみょう・九一八)」には、保々加之波乃岐(ほほがしわのき)としての記述がある。
ホホとは、冬芽の、ほほむ(含む)形から呼ばれたといわれている。
インドネシアなど東南アジアにおいて屋台でお弁当を買うと、大体大きなバナナの葉で包んでくれるが、ホオノキの葉も大きく、殺菌効果や香りがあることから、葉に食べ物を乗せる、炊ぐ葉(かしぐは)・カシワとして用いられていて、ご飯や餅などを、ホオノキの青い葉で包んで用いた。
ホオノキの木炭の朴炭(ほおずみ)は、昔はあかすりにも用いたり、鍋の焦げを落とすのに用いたといわれている。

花言葉は「誠実な友情」。


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