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廣木隆一監督の『雷桜』で、桜の巨木の前で、降りだした雨に飛び出したヒロインの「ゆう」が「殿」に、言う。
「どうして雨を避けるんだよ!」
たしかに降りしきる雨の中で、傘も差さずに濡れるに任せて、というのは気持ちいい。
ある種の解放感の中でも、(僕にとっては)一番上位に来そうなものだ。
少しばかり濡れるのは気持ち悪いが、いっそ、とことん濡れてしまえば、身に着けているものが邪魔なだけで、かえって爽快だ。
十代の終わり、悪がきどもの悪戯で隠れて酒を飲み(あのコークハイは旨かった)、
初めてのタバコを吸って、火照った体を冷まそうと、そぼ降る雨の中を歩き回った。
雨滴に洗われた夜の町の空気、陶然となるほどそれは美しかった。
そして-----翌日肺炎を起こして入院(アハハ----)。
ところで、バイクに乗るようになって、いまだに一番不快なのが、雨具の装着。
レイン・ジャケットという、あれ、どうにも居心地が悪い。
バイクで走る場合、雨に濡れてというわけには行かない理由は沢山ある。
ただ降ってるだけならいいが、走行中の雨粒は散弾のようなものだし、なんといっても体温が奪われる比率は、ただ濡れるのとはレベルが違う。
だから、今日のような日には、常備した合羽をイヤでも着込まなくてはならない。
耐水圧何kg/cmとかのバイク用レインジャケット。
途中までは着ないで走ったが、前方の黒い雲にせかされて、ショッピングセンターの駐車場に入って、着こむことにした。
だが、いつも思う。
ちょっとコンビニに寄って、とか、食事をしてなどと思うと、
これ、脱がなくてはいけない。
以前ファミレスで、脱いだ合羽をどこにおこうか困ったことがあった。
意外に伸縮性がなく、その上ムレ防止のために、ネット状のインナーがあるために、着脱が大変。
上着はいいとして、パンツをはくためにはまず靴を脱いでからでないと入らない。
さらに困ったことに、立っているだけなら問題ないのだが、
シートに跨ると、こうなる←。
ツーサイズも大きなのを選んだのに、それでも長さが足りなくて、ジーンズの裾が出てしまうのだ。
このまま走れば、当然こういう状態に←。
こうなると靴の中も濡れてしまう。
これを防ぐために、上がひざまであるブーツカバーも常備しているが、それをつけるためには
①靴を脱ぐ
②レインパンツを履く
③靴を履き、レインパンツをひざまで上げる
④ブーツカバーを装着
④レインパンツを下ろし、裾を止める
と、一行程作業が増える。
これなら完全防水になるが、ところがこのブーツカバーという代物、底がついているのだが、これが感触が悪い。
「隔靴掻痒」という言葉があるが、靴の下にスリッパを履いたみたいで、なんとも心もとないのだ。
さて、今度はグローブ。
皮製のグローブで、大丈夫だろうと高をくくって走って、縫い目からしたたかに沁みこませたことがあった。
それからは、発泡ゴム製のナントカ言うのを、こういうとき用に持っている。
たしかにこれなら濡れないし、何より保温効果は絶大だ。
ただ、スポンジ越しにグリップを握っているような違和感は、どうしようもない。
さらに、装着方法で悩む。
グローブの裾を、←こういう風に合羽の外に出す場合と、
こんな風に中に入れる場合とがある。→
上だとグローブの中に雨が伝ってくるし、
右だと速度によっては手首からの進入がある。
さて--------。
雨具が済んだら、車体だ。
先ず、防水仕様でないタンクバッグにカバーを装着。
ETCはほとんど大丈夫なので、
最近つけたばかりのナビを外す。
防水仕様のもあるけど、僕のはそうじゃない。
(スクリーンの濡れ方程度では、実際は全く濡れてなかったけど。)
------ああ、面倒だ!-------
雨の中で、スポーツレプリカとすれ違った。
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なるほど。-----
彼はツナギ姿だった。
あれなら、わざわざ雨具を着込まなくてもいい。
でも、だ。
あれだって、濡れたまま、例えばどこかのお店の椅子、座れるだろうか?
拭いてから座る?-----
(トイレなら、拭いてから立つ、んだけどねぇ。)
以前中央道のSAで、休憩後に再び雨支度をしていたときのこと。
重装備してゆく僕の様子ををしげしげと眺めていた中年男性が、声をかけてきた。
『バイクは、大変だねぇ。』
そうまでして乗りたいのか、と取れなくもない言い方だったが、
(多分、そっちが正解で、好奇心2分、憐憫8分だったかもしれない)、
『はい、そうなんですよ』と答えた僕のほうは、
誇り2分、自己満足8分で満ち足りていた。
『同じ言語を話しても、人は決して通じない』(猪瀬直樹氏)
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バイクライフ
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わずか一日で到着。
早速取り付けてみた。
重量230g。
これなら、フロント周りへの影響も少なそうだ。
今までのDVDナビは、kg単位の重量で、
当然バイクのハンドル周りには装着不能だった。
で、タンクバッグの『中』に収納して、必要なときに蓋を開けてみる、
と言う変則的な使い方。↓
これだと走りながら見るというわけには行かないが、
細かなところは位置関係を頭に入れて走ればいいのだから、
それなりに重宝した。
しかし、何といっても腹立たしいのは、リモコン。
いちいち、グローブをはめた手でリモコンをとって、操作しないといけない。
タンクバッグにナビ用ポケットがあるのだけれど、当然DVDナビは入らない。
↓ポータブル用の大きさだ。
こういう風になるのが正しいのだろう。
でもこうだと、盗難と防水が心配になる。
思いついたのがこれだった。↓
吸着マウントなら、スクリーンに吸着できるし、
センターに鎮座するETCもそのままでイケそうだ。
ウィンカーランプは完全に見えなくなったが、
ETCの位置を下げて、シフトランプだけは何とか見えるようになった。
スピードメーターは130km/h以上、タコメーターは5000〜10000rpm領域が見えないが、ま、とりあえず問題にはならなさそう。
信号停止時なんかに「見ながら」ができるし、
雨もここならほとんど濡れない。
いざと言う場合は、吸着マウントから外すのも簡単。
夜、スクリーンへの映り込みが心配だったけれど、これもナビの「夜モード(青画面)」で、実際問題なしだった。
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実はこのナビが出た頃、欲しくて仕方なかったモデル。
○フオクでついポチッてしまったのは、安かったのと、出品者がバイクで使っていたから(ハンドルマウント、タンク用ポーチ、サンシェードまである)なのだけど、バッテリーが死にかかっていて、動作が安定しなかった。
その上3〜4年前のものだから、地図情報が古いし、表示も最新のものに比べれば『原始的』。拡大も建物レベルまではできない、---と、やはり能力が低い。
GPSの追従性はまぁまぁで、この点は使える。
本当は災害時用に、ワンセグ搭載だとよかったが、この点も残念。
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MODEの選択の中に、「徒歩モード」「自転車モード」「自動車モード」「現在位置モード」というのがある。
「バイクモード」が無いのはご愛嬌だとして、僕に必要なのは「現在位置モード」。
最新機種のように、目的地まで脇道まで含めて丁寧に『ご案内』してくれるのはいいが、機械の指示通りに動くなんてのは、まるで使役されてるようで、僕には甚だ不愉快だ。
「リルート」機能がその際たるものだけれど、
道を外れるのも、行き止まりにはまるのもこっちの自由。
最近の車でマジメに検討されているという、衝突防止装置とか、ナビと連動したオートクルーズ機能は確かに面白いけど、
衝突する自由(!?)だって、あるぞ、---と言う僕はやはり外れ者かもしれない。
効率で計ることができないモノを沢山抱えて、だからこそ効率を考えるのが人間。
それでもありがたいのは「現在位置情報」だ。
自分がどこに居るのか、それがわかるというのは凄いことだ、と思う。
(つまり、ナビよりGPS情報だ。)
どっちへ行くかは、俺に任せておくれ。
迷いついで、さ----(大汗;------。
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遊んだ後、お連れを見送った帰りに
豊川堤防を走った。
信号一つも無いのをいいことに、ぬぬわkm/hで突っ走るセリカ。
並ぶのが大嫌いなくせに、そういう先行車があると
つい追いかけたくなる習性のバカ・モグラ。
しばらく走って、きゃつが居なくなると
急に気が抜けた。
夜中だと言うのにひっきりなしに走る東名高速の車列。
アクセルを戻し、停まった。
街路灯も無い深夜の堤防道路。
なんだかんと難癖が浮かぶくせに、
この相棒が死んだら、と考えると
いろいろ後妻候補が浮かぶけれど、帯に短したすきに長し。
意味もなく、意味もないときに
意味もないところで停まって、
一服しながら
はんなり。
これ、バイクの最高の楽しみの一つ
と言っても、乗らない人には通じない。
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帰ったら、お連れが画像を送ってきていた。
トリップメーターのお遊び。
確か年式は優に20年以上前なのに
購入時は4000km前後という
希少車だった。
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なにが、
面白いんだか----
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で、
人もするなむと言ひけるを
吾もせむとて思ひたちつるに
ただ加齢をば表さんばかりにて
いと哀しうになりぬるを
紛らわさんとて
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どうじゃい、ほんのり赤色。
美しさでは、SRにだって負けてなかろ〜が-----
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で、
ついに、やっちまいました。
○フオクで、つい落札---。
見てるだけぇ〜
の、つもりだったのに。
ムムムムム---。
F32のコクピットみたいにしてやる----。
でも、
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どこへ付ける?
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駅には、まず行かないんだけどねぇ--。
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でしこ(「な」が抜けてるけど、間違いではありません)たちの、情けない試合を見て、
苛立ちと言うより怒りに近い状態。
澤さん一人がモチヴェイションを保っているのが、かえって悲哀を感じさせる。
Wカップの、「あの」素晴らしい彼女たちは、アメリカ戦以降、どの試合でも、90分中わずか数分しか見られなかったし、北朝鮮戦では、数分どころか見る影も無かった。
あのね、北朝鮮は当然のこと、世界は文字通り「命がけ」でくるんだぞ、と言っても判らない、「のんきで軽薄な日本人」(ある作家の戦後日記より)がここにも居る---。
まるで形ばかりは新しくなったこの国の内閣の、大臣たちのようだ---。
オイル交換するというSのSR400。
いざ始めようとしたら、オイルは買ってきてあるのに、エレメントがない。
(在庫の管理ぐらい自分でしろ!)
買いに走って、さあ始めようとしたら、手順は以前やって見せてわかってるはずなのに、チンタラチンタラ----。
エレメントを外して、掃除するように言うと、おっかなびっくりの手つきで---。
あのな、前にやって見せただろ!?
なに見てたんだ?
仕事には意味と目的がある。
それは取り説やマニュアルなんかじゃなくて、先人の「背中を見て」(澤穂希)知る物だぞ〜。(怒、怒、怒----
金をかけてやってもらうのも悪くはないが、命を預ける機械、
自分でメンテしてこそ愛着も沸くんだぞぉ〜〜〜〜〜(怒、怒、怒----
そうしてると、力任せに外そうとしたドレンボルトの山がつぶれ、二進も三進もいかなくなった。
メガネレンチの限界だというのに、ぼ〜とするだけのS。
(苛、苛、苛---苛、苛、苛---苛、苛、苛---
黙って、エリミに飛び乗って、閉店間際のホームセンターへラチェットを買いに走った。
なんとか外れて、交換完了。
「交換ボルト、買ってきておけよ」(苛、苛、苛---
営業中の店の駐輪場で聞こえるモグラの大声に、
おっかなびっくりだったのはお客様---(申し訳ごじゃいません)。
−−−−−−
−−−−−−
−−−−−−
ご機嫌だったのは、新しいオイルになったSRと、
もう一つはこっち。
休眠中のAprilia Classic50
長い間、バッテリーキーパーに繋ぎっぱなしで安心してたら、
ある日、充電サインはグリーンなのにセルが回らなくなっていた。
バッテリーを見ると熱くなっていて、液が無い(!)。
過充電だ----。
押しがけ数度、難なく動くが、でも
結局あきらめて交換を決心。
ネットで注文。翌日には届いた。
今までついていたのは、GSユアサの指定品。
ホームセンターで7800円だった。
今回注文したのは、メーカー不明の単価1430円。
送料・代引き込みで2560円也。
と言うことは、チュウゴク製?
MFを頼んだのではないのに、箱はMF。
おいおい、と思ったら
中身はOKでした。→
ただし、電極の取り付けボルト、
一方がどうやってもナットと噛まない。
なんとかねじ込んだけれど、
これは、-----と思ってもう一度箱を見る。
↑の黄線の部分、シールが張ってある。
貼ってあるものは、
なぜか剥がしたくなるのが人情。
剥がしてみると、ありました、
「MADE IN CHINA」の文字。
親しみ深い、世界の工場、
チュウゴクの文字。
ま、判っているんだし、何も隠すことないんじゃありませんか---。
さて、新品バッテリー、電解液充填後に、①ある程度時間を置いて(発電させて)から装着するか、②数時間充電してから装着するか、の問題がある。
お気に入りのバイク屋さんの福田先生によると、②が正しいとのことだった。
が、理論的には①でいいはず。
ま、メインのバイクでもないし、①で、30分おいてから取り付けた。
結果は、----電圧OKで、セル一発起動。
夜、ためしに豊川まで往復30Km走った。
名車RS50譲りのエンジン、発進トルクの無さは如何ともし難いが、
しかし楽ちんなポジションと、快適なシートによく回るエンジン。
原付なのに、90km/hは無理なくでる走り。(出しませんが--)
アイドリングでは電圧が下がってしまいヘッドライトが消えてるようになってしまうので(これは最初から)夜は走りにくいが、飛ばしさえしなければ、ホントに気持ちいバイクだ。
単気筒特有のギアチェンジは、原点に帰った気分で、
自由度こそすくないけど、面白い。
プラスチックだらけで軽い(ウェットで100kg弱)が、見た目はエリミと変わらぬ車格。
欠点は沢山あるけど、結局手放す気になれないのは、
こういうモノを作ってしまう遥かなイタリアへの思いと、
(自主)規制ばかりで、作れないわが国への苛立ちからだ、とおもう。
やれば、できるのに。
幼い頃繰り返し親から聞かされた言葉。
『為せば成る、成らぬは人の為さぬ也けり』
「一人の上杉鷹山伯が欲しい」、別のところで「澤さん、総理大臣にならないか」、
と言ったのは東京都知事だった。
彼は、少なくとも自分のことは、
勘定に入っていないようだ。
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朝10時。
台風接近に、ようやく重い腰を上げて、系列店の視察に出かけることにした。
休みのお連れ、Sを引っ張り出して、だから半分プチツーも兼ねて。
豊川→名古屋→上飯田→岐阜・笠松→上飯田→豊橋
このあと、台風に備えて事務所まで帰ったので、走行距離は一日で270km。
砥鹿神社(とがじんじゃ)横の、
7=11で待ち合わせ。
樹の枝の揺れ方が、台風の風を予告してるようだ。
と、思っていたら、すこしパラパラときた。
同じ距離なのに。Sは15分遅れてきた。
その間に、ETCとナビの準備。
外付けのETCの不便なところは、
カードの盗難防止のために、長時間離れる時にはいちいちカードを抜かなくてはならない点だ。
もっとも、取り付けた2週間後には、ETC本体そのものの取り付け金具が、2時間ほどの駐車で、緩められていたこともあった。
単一の工具では無理な装具のおかげで、盗まれなかったが、そういう事態は2〜3度あった。
最近なくなったのは、例の「高速無料化」策の行ったりきたりのせいだろう。
困るのは、こいつのせいでナビがフロント視野に取り付けられないことだ。
←タンクバッグの中に収めた古いDVDナビ。
それでも今回、これが大活躍した。
久しぶりの高速と長距離。
お連れSは、もっと久しぶりのはず。
100km/h超で8000回転は、さすがに長時間だとつらい。高回転ニイハンの宿命だけれど、こういうときだけは中〜大型が羨ましくなる。
単気筒のSRはもっとそうだろう。
上郷PAで休憩。
エンジンの熱気と振動で、やはりSRがつらい、とこぼす。
しかし、どこのSAでもそうだが、同じ軽車両の通行料金を取るのに、バイク駐車場は、いつも端っこ。
喫煙スペースとほぼ同じ扱いなのには、毎度ちょっとひっかかる。
名古屋・上飯田到着。
ちょと前まで東名から東名阪道に入る、と思っていたのが、同じ道が「名古屋第二」になっていた。
それも含めて、
住所しか知らない系列店に行くのに、
ナビは大活躍してくれた。
これ、先日、なんと日本の発明だと聞いて驚いたばかり。
安い中国製を買おうと思っていた馬鹿モグラを思いとどませる一撃でした。
それにしても、都市部ではバイクの駐車ですら難儀する。
救ってくれたのは、絶滅危惧種の喫茶店のなかで、一人気を吐く、
中部の王様「コメダ珈琲」だ。
小一時間で、岐阜・笠松へ。
木曽川橋で渋滞中に、お連れの雄姿をパシャリ。
性能にはいろいろ言いたい所があるけれど、このSRというバイク、
軽快でありながら、重厚感もあり、レトロなのにモダン、
非力なのにいざと言うときの底力に不足はなく、
嫌いな言い方だけれど、不思議な「味」があって、
無視できない魅力があるバイクだと思う。
YAMAHAの国内向け新車開発中止のNEWSはつらいところだけど、SRを製造中止にしないところに、単に人気だけでない何かがあるのだろう。
その「何か」に、メーカーと消費者の双方が相互作用で醸成する、一種文化と言ったようなものが育つのかもしれない。
仮に、だけど、世界の製造工場と嘯く中国が、同じ状況で、同じことをするか想像してみれば、答えは明らかだと思う。
ベトナムでバイクをさす言葉は「ホンダ」だそうだ。
日本で一般的にバイク全般をさす「単車」と言う言葉、
勿論「単気筒車」から来ているのだけれど、その最大にして代表的なBIG-SINGLEが、SRであることは誰も異論がないところだろう。
------と、褒めたところで、
でも乗り手にもよるぞ---と、茶々を入れたくなるのは、モグラの悪癖。
旧美濃の県庁所在地でもあった、笠松。
木曽川の堤防から見ると、見事に田畑・市街が低いのがわかる。
関が原以降、この地に大大名が育つことを畏れた徳川幕府は、美濃を再分轄し、
少数の小城主を除いて、幕府直轄の代官署領地にした。
多発する水害への村落ごとの防備(「輪中」や「水屋」)の必要性や、統治の由来から、この地に根強い「お上」意識と排他的な保守性が説明されることがある。
(岐阜は四国と並んで根強い保守王国で有名。)
直角に交差する道がほとんどない、笠松の旧市街。
−−−−−−−−−−−−
国民を守るはずの軍隊は、つまるところ国民ではなく軍自身を守る。
官僚は納税者でなく官僚組織を守り、
警察も市民より警察自身を守るし、
企業は顧客より会社を、社員より資本を守り、
国家は国民よりも国家自身を守ろうとする。
それは、僕らや僕らの親たちが生きてきたこの国だけでなく、
世界中の地誌と歴史を見て、わずかな良心をのぞけば、例外はほとんどない。
組織と個人。
その交差は、どんな角度を描くのだろう。
組織が本質的に持つ求心性と自己目的性の前で、
有効で新たな、そして屈強な、個人の自立の思想は、あるのだろうか。
息を押し殺したような笠松の町並み。
見方によっては地中海の古い町並みのように、バイクでさえ通れなさそうな
狭く複雑で、曲がりくねった裏道を通りながら、
誰に(何に)飯を食わせてもらうか、というテーマが、
如何に不可避で、強靭な支配力を人間に保ち続けているか、
そんなことばかり、あまり明るい気分でなく、僕は思い続けた。
時代は既に、21世紀なのに---。
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