108日記

gallery108こと、108の日々のつれづれなる日記です。

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梅雨の晴れ間に

 
まだ梅雨は明けないけど、先週の木曜日と金曜日は、そう思わせるくらいの晴天だった。
 
 
 
 
 
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僕の住んでいる町からは北北西くらいの方角に霧島連山が見えます。大きな雲の屋根の下に、秀麗な高千穂峰の輪郭が見えました。
 
 
 
 
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田植えが終わった水田。この辺は一面に水田が広がっている。水田に映りこむ青空の色が綺麗だった。
 
 
 
 
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ずどーん。それにしても天気が良い。そして暑い。
 
 
 
 
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牧草はそのまま食べさせるより、↑のようなビニールに巻いて、発酵させてから食べさせると良いのだそうだ。まばらに転がる牧草ビニール樽(・・・なんて言わないのだろうが)と入道雲の組み合わせが面白かった。
 
 
 
 
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この場所が好きで、時々写真を撮ってみる。
 
 
 
 
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青い!この写真を撮っている時に、FMからはマイア・ヒラサワの『Boom!』が流れていた。
この曲、大好きだなぁ。
 
 
 
 
夏気分満天な一日だった。・・・で夏気分と言えば、土曜日にタワーレコードで
『Couleur Cafe “Brazil”』というCDを購入した。よく聞いているFMのパーソナリティさんが“妄想の旅、してみませんか?”ということで紹介した一枚。LD&Kというレーベルからリリースされている。
 
 
 
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タワーレコードで見つけてびっくり。
CD、っていうか、本。
本、っていうか、写真集!
 
聞き馴染みのある洋楽の名曲31曲を、ブラジルのボサノヴァミュージシャン達がカバー。極上リラキシンなアルバムになっています。
 
ブラジルで撮影した写真も、旅気分満載な感じで、ありえないボリューム感。休日の真昼間から、このCDをBGMに、ブラジリアンなお酒でも飲みながら、この本を読んだりしたら、気分はもう戦争!もとい・・・気分はもうブラジル。
 
 
というわけで、まだそれは実現しておりませんが、今夏の目標はそいつでいこうと思う108なのでした。とりあえず梅雨よ明けなさい。
 
 
 
 
 
 

錦江湾

鹿児島県民だと、錦江湾のことはほぼ100%『錦江湾』と呼ぶと思うのですが
一般的には鹿児島湾という名前なのだ、ということにわりと最近気が付きました。
 
 
 
 
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まぁでも名前ってのは大切なもので、鹿児島湾という名前よりも
錦江湾、という名前のほうが、はるかに色々な想像力を喚起させる力を持っている。
とくにこういう風景に出会ってしまうと。錦色に輝く海。なんて綺麗な光景だろう。
 
 
 
 
 
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台風一過の錦江湾。空の青色がとても澄んで見えた。ポツンと浮かぶ桜島フェリーと雲の形が面白かった。
 
 
 
奄美地方は梅雨明けしたみたい。昨日今日と天気が良いけれど、このまま梅雨明けせんかなぁ・・・と
思ってみたりするのでした。
 
 
 
本当に久しぶりにアートマーケットに参加しました☆
ブースに来てくださった皆さん、
作品をご購入してくださった皆さん、
激励のお言葉をくださった皆さん、
本当にありがとうございました〜!!!

これからも新しい作品作りに取り組んでいきたいと思います。
…っていうか、このブログの更新を、も少しマメにしていきたいと思います(汗)

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男心と秋の空

 
先日、霧島の白鳥温泉に向かう途中で見かけた空。
夕焼けがあまりにも綺麗で、思わず写真に収めた。
 
 
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光り輝く雲と、陰りゆく雲の清濁がとても綺麗だった。
 
 
 
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太陽の光輪。雲の清濁。まだらの青空。複雑な表情の空。
まるで宗教画のようだ。
 
 
 
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似たような写真ばかりになってしまうけど、何枚撮っても撮り足りない気がしてしまう。
 
 
 
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西のかなたに極楽浄土があるとしたら、その入り口はこんな風に輝いているに違いない。
完全な金色。本当に綺麗だった。
 
 
 
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秋特有の筋雲がみえる。でもここ最近は秋と言うより冬のような寒さを感じる。
そういえば7日には立冬だけど。
 
 
 
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そうして日は暮れていった。綺麗な空だった。
 
 
 
このあとは白鳥温泉に行って、湯につかる。
心に染みる夕暮れだった。
 
 
 
 

田中一村

もう5年ほどまえに奄美に遊びに行ったときに田中一村記念館で、田中一村の作品を目にしましたが、それ以来田中一村の作品が好きになりました。


んで、鹿児島市立美術館で田中一村展が開催中ということで是が非にでも行ってみらねば!と思いながら、昨日それが実現。平日に行ってみたのは、そのほうが人も少なそうだし時間をかけてじっくりと作品を鑑賞できそうだ、と思ったので。


特に印象に残った作品など



■『蛤図』

“枯淡の趣”という言葉が印象に残った。この絵を描いたのが、一村がまだ8歳の時だというので、その神童っぷりがうかがえる。蛤の配置が凄い。



■『花と軍鶏』

今回の作品展で、個人的に“軍鶏”は重要なテーマでした。
おそらく5年前の奄美でも目にしたのかもしれないが、改めて見返してみて、その迫力に圧倒された。

徹底的に観察し尽くされ描かれたであろう軍鶏の偉容と精緻さの極地を極めた花の可憐さが印象的だった。



■『秋色』

幾重にも重なる紅葉した木の葉の全てを、色の濃淡を使い分けて描き尽くすという画業の凄まじさに言葉を失った。



■『千葉寺杉並木』

わずかに描かれた青空だけど、杉並木の影と光に照らされた牛が、青空の印象を強くさせて、この絵が夏の絵なのだということを感じさせる。見入れば見入るほど、爽やかな気持ちになる一枚だった。

千葉の農村風景を描いた一連の作品には、必ずと言っていいほど、そこで暮らしている農民の姿が描かれている。そして、その農民がとても表情豊かに描かれている。
小さく細かく描かれ過ぎて、作品集などではほとんどその表情を確認できないが、こういう作品展だと絵の子細な部分まで確認することができる。


生き物の表情といい、人物の表情といい一村が対象を見る視座は、どこまでも優しい。“孤高の画家”と評されるその言葉からは、どこか世間との縁を断って、絵を描くことにのみ集中していたような印象を受ける画家だけど、こういう絵を見ていると、そこで暮らす人々との縁を大切にしながら、絵を描き続けていたのだろうと思える。



■『アダンの海辺』

作品展の最後に、奄美での作品群が展示されている。この作品にたどり着くまでに1時間半ほどを要した。

改めて一村の代表作といわれるこの絵を眺めて、あまりの画業の細やかさや濃密さに愕然となった。

さざ波の線の一本一本、海辺の砂礫の一つ一つを完全に描ききっているこの作品の凄まじさは、作品集でも理解しているつもりだったけど、その本物を目の前にして、この絵の圧倒的な迫力に、やはり言葉を失ってしまった。

そして一番印象的だったのは、この絵に付けられていたという一村の手記が
並べて展示されてあったことだ。
この手記は、昨年見つかったもののようで今回の企画展で初めて世にでたものだ。

今から観にいこうとする人にはネタバレになりますけど、あえてその全文を載せようと思います。


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このアダンの海辺の図は
昭和四十四年私が奄美大島有屋に於て
描いたものです この絵の主要目的は乱立する
夕雲と海濱の白黒の砂礫であってこれは
成功したと信じて居ります 何故無落款で
置いたのか それは絵に全精力を費し果して
わづか五秒とはかゝらぬサインをする氣力さえなく
やがて氣力の充実した時にと思いながら
今日になってしまった次第なのです

 付記
   アダンは亜熱帯の海濱植物実は
   熟すれば芳香あれど人間の食用となる
   部分はあまりにも僅少 野鳥の餌となるだけ

 昭和五十二年五月 千葉にて 田中一村


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この手記を読み終わって、改めて『アダンの海辺』を見たときには、思わず涙が出そうになりました。

一人の画家が、その人生の全てをかけて描きあげた一枚の絵。

本当に感動しました。








一村の作品群や下書きに書いたという絵などを見ながら、絵を描くという行為は、極めて理学的であり、そして肉体的で、どこまでも哲学的な作業なのだと痛感しました。

一村自身の言葉ではないけれど、作品展を紡ぐ言葉の中で、一村の画業について


“対象をとらえる飽くなき追求を続けた日々”


と表現されている部分があり、その言葉も非常に印象的でした。



およそ2時間をかけて、作品展を堪能しました。
見終わった時には、これまで経験したことが無い疲労感を感じました。でも、それはそれで心地よい疲労感であり今回の作品展を観にいって、本当に良かったと心から感じました。






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