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いよいよ記事の書き込みができなくなる期限が来ました。
寂しいですね。
Yah00ブログにアップした記事は他に移せるそうですし、ブログや無料ホームページはかなりの数存在するようです。
12月の期限までには記事の移動や今後の対応をはっきりさせて、Yahooブログのように自分に合った何でも物申せる場が見つかればまた始めることも検討しようかなと考えています。
それまではフェースブックやツイッター、ユーチューブにアカウントがありますのでそちらで対応していきます。
白洞をはじめ、HAKUDOUや京のみっちゃん、伏見のみっちゃん、宙広で投句や書き込みなどをしていますので、名前を見かけたらご覧ください。
開設日: 2005/7/6(水)のホームページ開設で始まったブログですが、実に長い間ご愛読・お付き合いいただきありがとうございました。皆様からは温かいご声援をいただいたり、貴重な情報の提供を受けて、楽しく過ごさせていただきました。
これからも時間を見つけては皆さまのところへはお伺いは致しますが、当方の記事のアップは今回で終了になります。
最後は原発事故川柳を書き並べてお別れです。
10日程知己のメールも消えたまま
原発事故が起こった時から親戚・知人や友とのメールは途絶えた。
情報化社会の中であの混乱は何とも驚き。
周りに人の姿はあるのだが、意識的には無人島に居るような感じだった。
この先大地震が予想されている。
またこんなことが起こることが想定できる。
常にそうした状況にうろたえないように生きたいものだ。
リュック背にひがな食料・水求め
自然災害+原発事故ということで、食料や水が断たれた。
放射能を恐れて輸送機関が動かなくなったのだ。
しかも狭い地域に避難者が集中すると、物資がすぐに欠乏する。
食べ物と水を求めて、毎日リュックを背負い歩きまわる日課が始まった。
食うものは少なくして我慢できたが、水が不足する。
そんなとき井戸水を無料で提供してくれる人に出会い助けられた。
あのときほど掘り抜き井戸の大切さを痛感したことはない。
煮炊きする水以外には水も無し
農家から米を分けておらっても水がないと困るものだ。
幸い井戸水が手に入って解決したが、風呂水はダメ。
毎日風呂に入れるなんて贅沢だと思ったことはなかった。
顔を洗うんだて歯を磨くんだって水がいる。
水の大切さを忘れていたことを悔やんだものだ。
事故を機に老いの速度をとくと知る
この原発事故で自分の体力のなさを痛感した。
一日一万歩を日課にし菜園を経営していたとはいえ、踏ん張りがきかない。
事故に負けたのか、投げやりになったのか。
そんな時軽く受け流す川柳の発想が助けになった。
避難先から投句を開始したころから気分が転換した。
川柳という趣味に助けられたのだ。
趣味の重要性を痛感した。
川柳仲間がメールをくれるようになり、若返りまで図れた。
しかし、一時は本当に拉げてしまって老け込んでしまった。
人間の愚かさじっと手を見つめ
便利さを追求し過ぎた余りに自然を見くびった。
それが原発事故だと思っている。
核のごみの処理も定まらない中の稼働をした結果がこれだったのだ。
知っているようで何も知らないのではないかとさえ思えてくる。
人類は、核のごみをどう処分するというのだろうか。
もう少し人間は自然の法則に謙虚にならなければならないのに…。
便利さを求め人命軽視され
もうここでグダグダ言うこともないだろう。
あの事故で人命軽視がはっきりした。
それは便利さを求める人の多さが、誰かを犠牲にして成し遂げられるということ。
そんな簡単なルールがはっきりしたのである。
こんなルールは知恵ある人間には必要ないと私は思うのだが。
僕だけのこの世の最後のスケジュール
さあここで、私だけのこの世の最後のスケジュールを考えてみよう。
楽しく過ごさせていただいた、この地球に感謝して何かせねばならない。
もう答えはっきりしている。
これ以上地球を傷つけることをしてはならない。
そのための行動こそが最後のスケジュールのはずだ。
この世に残す一句はそうした語り継がれる一句を残したい。
それを産み出すことに最後の力を尽くしたいと思う。
この地球を救うために、この地球をきちんとした姿で伝えるために。
原発をベースロードにして凌ぐ
少なくとも原発をベースロードにして凌ぐような生き方をしてはいけない。
その危険性を知らしめる一句を求めたい。
捻り出したい。
何としても捻り出して逝きたい。
被災地に転がり込んだ理想論
今、原発事故被災地にはわずかながら住民が戻った。
そこでは明るい展望を持ちながら必死になって頑張っている人がいる。
頭が下がる思いである。
帰町した仲間と連絡を取っても応援の声援だけしか発せられない。
老いの速度には勝てない現実があった。
こんな現実の中で、政府は本気で彼らを援助してほしい。
夢に描いた理想論ではなくて、一歩ずつ進めるしっかりした援助を。
核もって絶滅危惧種まっしぐら
核がすべて悪いわけではない。
医療用の核だってあるんだから。
でも実用で危ぶまれる原発核はダメ。
軍事用の核なんてもってのほか。
今のままでは人類は絶滅危惧種のままである。
砂時計の落ちる速さは速まっているぞ!
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転載「原発」
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【必見です】
ブログ「風の谷」 再エネは原発体制を補完する新利権構造さまより
(管理人より)三田先生の提唱の中に、化学物質過敏症などについても言及されている部分があります。三田先生ありがとうございます。
☎ 086-272-7770 2018年5月までの予約を受付けます
日程は被曝対応ページをご覧ください
![]() ![]() ![]() 『新ヒバクシャ』 に 『能力減退症』 が始まっている 三田医院 三田茂
2011 年 3 月 11 日の東日本大震災に引き続く東京電力福島第一原子力発電所の爆発により、福島はもちろん東日本は広範囲に放射能汚染された。 東京都で開業医をしていた私は、当院患者さんたちの体調の変化に気付き、首都圏住民を中心に約 4000 人の検査、診療を行ってきた。 2011 年から 2016 年 私の患者さんたちは、放射能回避の意識の強い人たちなので現在まで重症の疾病の発生は目立たない。
しかし、異常な鼻血、皮下出血(アザ)、リンパ節の腫れ、下痢、喘息副鼻腔炎などの呼吸器疾患の多発、難治化、ケガ、キズ、皮膚炎の治りの悪さ等が気になった。 本来小児特有の病気である手足口病やヘルパンギーナが成人にも多く見られたり、主に高齢者の病気である帯状疱疹が小児にも多く見られたり、他の性病は減少傾向なのに梅毒 のみが激増したりしていることは統計からも明らかで、注目すべき変化である。 私は国の定める電離放射線検診に準じた血液検査を、乳幼児から老人、約 4000 人の受診者に施行してきた。 小児、特に乳幼児に顕著だった白血球減少は、2012 年までの 1 年間はホットスポットとして知られる東京東部から東葛エリアで目立ったが、その後は西部の武蔵野エリアにも広 がり、今や首都圏はどこでも同じとなってしまった。 巷では、主に福島の甲状腺癌の話題ばかりが取りざたされるが、そのことのみを論じていては全く不足である。 白血球の減少、白血球像の変化、諸々の自覚症状、感染症のプロフィールの変化、疾病の進行の様子の変化、診断がつきにくく治療の反応が悪くなってきていることなどを分析、議論 すべきである。 私の観察によれば、東京首都圏居住者の健康被害は明らかであり、福島県の汚染の少ない地域や北関東の住民のそれよりもむしろ深刻である。 『新ヒバクシャ』とは? 各症状の程度は個人差が大きいが、差はあっても、東日本居住者は全てが影響を被った当事者であると認識し直すべきであり、今回私は『新ヒバクシャ』という概念を提唱する。
2011 年福島原発爆発事故により放射能被曝させられた私たちは、ヒロシマ・ナガサキの、ビキニの、チェルノブイリの、湾岸戦争の、そして軍事や核産業に従事するヒバクシャたち
に引き続く 21 世紀の『新ヒバクシャ』として自身を再認識し、自ら健康を保持しなくてはならない。
また医療者は診療にあたり、今までの医学常識が今後通用しなくなる可能性を忘れてはならない。
福島原発事故は未だ収束の見通しもなく、2017 年の時点で首都圏においても降下物、水道水とも放射性物質が検出(原子力規制委員会による)され続けている。 『新ヒバクシャ』は長期にわたる低線量被曝を受け続けている点で、過去のヒバクシャとは異なる特徴がある。 チェルノブイリ等の先人の研究は当然尊重し参考にしつつ、しかし全く新たな健康被害が発生する可能性を忘れてはならない。 『能力減退症』とは?
それまでも訴えはあったが、『新ヒバクシャ』たちの生活に影響を及ぼす症状が 2016 年頃から急に増加しその程度が強くなってきた。
記憶力の低下 ものおぼえの悪さ 約束の時間を間違える メモを取らないと仕事にならない 疲れやすさ 仲間についていけない 長く働けない 頑張りがきかない だるい 疲れると 3~4 日動けない
昔できていたことができない 怒りっぽく機嫌が悪い 寝不足が続くと発熱する(小児に多い) 集中力、判断力、理解力の低下
話の飲み込みが悪く噛み合わない ミスが多い 面倒くさい 新聞や本が読めない 段取りが悪い 不注意 やる気が出ない 学力低下 能力低下
頭の回転が落ちた 宿題が終わらない コントロールできない眠気 倒れるように寝てしまう 学校から帰り玄関で寝てしまう 昼寝をして気付くと夜になっている 居眠り運転 仕事中に寝てしまうので仕事をやめた
第 2 次大戦後、ヒロシマ・ナガサキのヒバクシャにも同様の症状は非常に多く見られ、都築正男東大名誉教授は「慢性原子爆彈症の後障碍」と、肥田舜太郎医師は「原爆ぶらぶら病」と記載した。これらの症状はビキニのヒバクシャ、チェルノブイリのヒバクシャ、核産業のヒバクシャの多くをも悩ませ続けている。
今回私はこの現象を新たに『新ヒバクシャ』の『能力減退症』と呼びたいと思う。 さらに臨床医として日々の診療、治療で感じているのは、疾病が典型的な経過を取らないので診断が困難な症例、病状の悪化に伴うはずの身体所見(炎症所見など)や血液検査デー タの変化が乏しく判断を誤りやすい症例、治療に対する反応が悪い症例を少なからず経験することである。 病原菌に対する防御力の低下 ちょっとした病気にかかりやすい
身体の免疫力の低下、あるいは時間的な遅れ 感染に際して期待される白血球増多がみられず、あるいは遅れるために治療が効果を表すのに時間がかかる
生体の反応が間に合わなければ深部感染症に進行し予想外に急速に敗血症から死に至ることもあり得るのではないか
傷害組織の治癒力の低下 小さなキズの治りが悪い 皮膚炎が治りにくい 蜂窩織炎が多い
これらを含めた、多面的「能力」の「減退」=『能力減退症』が事故後 3〜4 年を経て急速 に増えていることを感じ、危惧するのである。
『能力減退症』の原因
これらの困った症状が、東日本から西日本への移住、保養ではっきり改善することは多く、また東日本に戻ると悪化する体験を多くの『新ヒバクシャ』が持っている。
『能力減退症』の原因が放射能被曝単独であるとの証明まではできないが、旧来のヒバクシャたちの経験した症状との強い類似性から考えると原因の中心に放射能被曝があること は間違いないであろう。 また、1980 年台から強く認識されるようになった化学物質過敏症の症状の中にはこれらと非常に類似した記載があることから、『能力減退症』とは、一部化学物質過敏症的である とも言えるし、放射能被曝によって身体の感受性が変化して化学物質過敏症の発症をも誘発したという可能性もあるだろう。 例数は少ないが、MRI などの脳の画像診断を行った結果では、中枢神経にはっきりと認識できる病的変化は起きていないし、認知機能検査も正常範囲である。 話題となりやすい甲状腺ホルモンレベルは、健常人の値とかわりなく変化は全く見られない。 私は 2017 年 3 月頃より『能力減退症』を訴える患者さん約 100 名を中心に、脳下垂体−副腎皮質ホルモン検査を行った。 具合は悪いが寝込むほどではなく、不便ながらも生活できているくらいの人たちの上記ホルモンレベルは、正常の下限周辺から低値であり、元気な人たち(正常中央値に近い)と比 較して分布が明らかに低く偏ることが示された。 この相対的脳下垂体−副腎皮質機能低下症というべきホルモン異常の状態が『能力減退症』の原因の大きな一つであるのは、後述の治療によって生活能力が実用的に大きく回復する ことからも確実である。 『能力減退症』の治療 今まで医学的にはっきりした病名のつかなかったこれらの症候は、したがってその治療に今までは積極的なものはなく、「ヒビの入った容器として大切に取扱う外ない(都築)」「無理な生活を避けしめるように指導する(都築)」というに留まっていた。
「無理をせず、休息を十分取り、早寝する」といった指導は確かにある程度は有効であった。
しかし『能力減退症』の症状は、2016 年頃(被曝後 5 年)から症例数は多く、程度は強くなっており、生活指導のみでは不充分で、就学、就労に差し支えるほどになってきた。 相対的に不足している副腎皮質ホルモンは、経口的に補充投与して正常レベルに近づけることが可能なので、2017 年 4 月よりそのような治療を開始したところ、その約 70~80% が「能力」の回復を実感した。 眠気が取れた 霧が晴れた感じ 昔のように働ける 元のように明るくなったと言われる
若くなったと言われた 気分が上向きになった スムーズに理解できる 頭の回転が 30%から 80%に上がった できなかった宿題がすぐ終わる イライラしなくなった 不安なく運転できる 目のかすみが取れる 等々 相対的脳下垂体−副腎皮質機能低下症に対しては、注意深く不足ホルモンの補充をすることで『能力減退症』症状の改善が得られたが、しばらくの治療の後、減薬、休薬すると再
び症状が悪化する例が多いことも事実で、副作用を起こさないように個々に内服量を調整しながら治療を継続している。 『能力減退症』と明確に区別できない強い自律神経症状に悩まされている人もまた多いが、このような人は化学物質過敏症を併発している可能性(もともとあった過敏症が悪化し ていることも)も高く、化学物質を回避する指導が有効であることも多く経験している。 ある種の漢方薬治療も症状改善に結びつくことが多く、ホルモン低下症例に対しても効果を示すことが多いようである。 『新ヒバクシャ』の皆さんに
2011 年以降東日本に住んでいた、あるいは今も住んでいる人たちは、自分自身を『新ヒバクシャ』としてしっかり認識し、体調の変化、疾病に対応していただきたい。
「歳をとったから」などと安易に納得せず、前述の諸症状にあてはまる点はないか考えて欲しい。 チェルノブイリでは、ヒバク=老化と考える人も多い。 私が最も心配するのは、感染に対する反応性の低下である。 医療機関で行った検査では大きな異常がなく、医師に「軽症あるいは異常なし」と言われたとしても、自覚的に体調が 悪ければ、しつこくそれを訴えて欲しい。 『能力減退症』では身体の防衛反応が低下するため、検査データが異常を示しにくくなるので、本当は意外に重症かもしれないからである。 医療者、とくに開業医の先生方に
症状と診察所見と検査データが乖離している、診断がつかない、治療効果が思うように上がらないときには、『能力減退症』の可能性をも考えていただきたい。
白血球数は、増多(抵抗力大)より減少(抵抗力小)が、むしろ病勢の悪化、重症化を示しているかもしれない。 コルチゾール低下傾向の人が多いので、その補充が功を奏する可能性もある。 当然のことと考えている自然治癒力が低下すると治療にも工夫が必要となる。 チェルノブイリ原発事故前に 50 ヶ月ほどであった胃癌・肺癌患者の余命が、事故後 10 年で 2 ヶ月まで短縮したというウクライナの論文(京大原子炉実験所 今中助教編)がある ことも知ってほしい。 再び『新ヒバクシャ』について
この 2~3 年、眠気が強い 病気にかかりやすい 急に老けた 仕事が辛い 物忘れが激しい といった『能力減退症』症状の訴えが、西日本在住の人たちにも散見されるようにな
った。 化学物質過敏症、電磁波過敏症の悪化も無視できない。 アメリカからの旅行者が、子どもの症状を当院で訴えたこともある。 低線量被曝は広く考えれば、全日本、全地球規模のものであり、もともと虚弱体質の人や障がい者、難病患者さんたちは、2011 年以降その影響を強く受けた印象がある。 『新ヒバクシャ』には『能力減退症』以外にも注意すべき症状が起きることがある。 免疫力は低下するのみでなく暴走することもあるが、自己免疫疾患の増加、アレルギーの悪化、更にはアナフィラキシー様発作の増加は気になる。 むすび ヒロシマ・ナガサキのヒバクシャ、ビキニのヒバクシャの医療に当たった都築正男東大名誉教授は、昭和 29 年「慢性原子爆彈症について」のおわりに
「臨床醫學の立場からするならば(中略)慢性原子爆彈症の人々に何かの異狀を認めたならば、それが自覺的で苦惱であろうと、他覺的の症狀であろうと、對症的だけの處置だけでも
之を施して善處するのが臨床醫學の責務ではあるまいか。學問的に未解決であるとの理由で拱手傍観することは避けたいものである。」とし 「病者と共に苦しみ共に樂しむことを日常の仕事としていられる臨床醫家は、私の微意のあるところを充分に汲みとって下さると思う。」とむすんでいる。
この論文に私は強く同意し、60 余年を経て新しい概念を提唱する。
2018 年 2 月 28 日 2014・3・22 三田茂医師講演会in品川1/5
2014・3・22 三田茂医師講演会in品川2/5https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=c-knZ_OImw0
2014・3・22 三田茂医師講演会in品川 3/5https://www.youtube.com/watch?v=NMi95BajXsc
2014・3・22 三田茂医師講演会in品川 4/5https://www.youtube.com/watch?v=iTT6e0LleP0
2014・3・22 三田茂医師講演会in品川 5/5https://www.youtube.com/watch?v=ICyvcRoIrqE
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吉原毅さん講演会「原発ゼロで日本経済は再生する」もはや、原発輸出の時代は終わり。原発に頼らず、クリーンな小規模発電を組み合わせ、エネルギーの地産地消こそ世界の主流であり、経済再生につながる・・
財界でいち早く脱原発を呼びかけた吉原さんの講演。
初めに「経済は人が幸せになるためにあるべき。」ときっぱり。
世の中はグローバリゼーションが進み、世界中の富を独占しようという動きであるが
一部の人間だけが支配する世界、お金中心の世界はよくない。
お金は魔物であり、これが原発にもつながった。
お金で人間はエゴイストになる。
目先の利益を上げるため、不祥事や公害、欠陥商品を出しても平気、客のための会社でなく、金儲けだけを考える会社になっている
一方、地元の人たちがお金を出し合って経営する協同組合は、お金だけでく、人間も成長しながら、経済も成長するようにと作られた。
明治時代、「城南信用金庫」もこのような考え方で作られた。
自分も「人を大切にする経営を・・」と考えている。
上場株式会社の仕組みによってできた巨大企業は、金儲けしか考えない。
企業は経産省や政治家、マスコミや学者にお金を与え・・企業を守らせ、
結局、お金で電力会社が日本を支配するようになった。
原発が減らないのもお金が行き渡っているためである。
これだけの事故を起こしても原発は止められないと平然と言う。
城南信用金庫では、原発のない社会を作り、自然エネルギーを使うことを目標にして節電。自家発電もした。その結果、原発ゼロでもやっていけることが証明された。
太陽光、風力など、地域でエネルギーを作って供給をコントロールしていけばよい。
また、お金を持つ企業に支配されている政治家、官僚、財界、マスコミは潰さなければならない。
「会社は金もうけのためではなく、みんなに喜んでもらうためにある。」
<自然エネルギーで地域を活性化>
地元で作った電気を使えば地元の収入になる。
大企業に依存すればすべて吸い上げられるだけ。
原発を止めれば年間1兆円節約できる。
自然エネルギーはコストも安く、若い人たちも安心して働ける。
放射性廃棄物の処理費用も負債として計上すべき
組合は市民とともにあるべきで、電力会社に依存すべきではない
*******************
生駒市民パワーの紹介
生駒市民パワーはすごい会社で、生駒市が半分お金を出している。
環境にやさしい電気を作り、その収益を地域に還元し、地域の活性化をめざすために
6年前、市民有志10名で立ち上げた市民団体。
生駒市の協力を得て、公共施設の屋根など20年間借用し、その趣旨に賛同する多くの市民の出資により、太陽光生駒市民共同発電所を4基完成。順調に発電している。
この活動は①市民力の結集(全額市民が出資)②地域のセカンドキャリア人材の躍動(スキルやノウハウを地域に貢献してもらう)③環境啓発運動の実施④収益の地域還元にて大きな評価を得て、■環境大臣優秀賞、■新エネルギー大賞新エネルギー財団会長賞、■全国自治体協働街づくり表彰準グランプリと数多くの賞を受賞することができた。
原発に頼らずに、再生可能エネルギーであふれた安心安全な美しい地球を子供たちの未来に残していくことが今生きている私たちの使命と考えている
生駒市民パワーのHP
(しかし、大手関西電力などは地域の電力会社から顧客を奪い返そうと電気料金を大幅に値下げ、地域電力は苦境に追い込まれている・・)
吉原さんの講演、市民側にたった発言でした。
金儲けしか考えない電力会社は政治家、マスゴミ、官僚、御用学者をお金で囲い込み、お金ですべてを支配しているという事実。
それに抗うためにも、地域で電力を起こし、地域の電力を買って、
大手電力会社の電気を買わないようにしたい。
吉原さんのお話の中で、「経済は人が幸せになるためにあるべき。」
「人を大切にする経営を」、「会社は金もうけのためではなく、みんなに喜んでもらうためにある。」と言う言葉が特に印象に残った。
原発に頼らない社会や、住みよい安心安全な暮らしを夢想しつつも、
私たちは何ができるのだろう??
生駒市民パワーのように市民が考えて未来を見据えての行動もその一つ。
藤原直哉さんの「未来を拓く思考法」の「第4章・21世紀のリーダーシップ」には・・・。
・企業のリーダーシップの基本は「愛」
・人は考えると同時に行動しないと本当の幸せを手に入れることは難しい。
誰か人を待っていても、ダメで自分たちで動いて再建していくしかない。
今の我々は未来を作るために行動する勇気をもたなければならない。
とあった。
私たちも誰かにお任せ・・は止めて、
市民の横のつながりから未来を語り、学びながら理想に近づけるような工夫や努力が必要だと思う。
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みなさま 西英子です。
たいへんごぶさたしております。
やっとみなさんに読んでいただきたいと思うようになりました。
それは、嶋崎美智子さんのことです。
私は20年ほど前に一度だけお会いしていますがすごい女性ですよ。
2016年10月20日に静岡市で開催された「嶋崎美智子さんを囲む会」
の記事をネットでみてなつかしくなり、涙が出てきました。
講演会の最後に「私の息子を奪った浜岡原発をうごかしてはいけない」
![]() と訴えておられたことに力づけられました。
少し長くなりますが、読んでいただけるとうれしいです。
<嶋崎美智子さんと伸之さんのこと>
(1)白血病で死亡
伸之さんは高校卒業後、中部電力の孫請会社である協立プラント
に就職しました。そこで設備のメンテナンスの仕事をしていました。
そのようななかで伸之さんは、放射性被曝による「慢性骨髄性白血病」
にかかり1991年10月に29才の若さで命を落としました。
伸之さんは、浜岡原発1号機・2号機の圧力容器の下部にもぐり込んで中性子計
測管などの補修・点検に従事していて被曝したのです。
伸之さんのお母さん美智子さんの悲しみはいかばかりだったでしょうか。
(2)3000万円の弔慰金
2000年3月25日の中国新聞は「ある原発作業員の死」に次ぎのように書きました。
「会社は『労災補償』に見合う金額として、弔慰金3000万円を支払うことで、
伸之さんの死に関して異議を述べず、一切の請求はしない」という念書でした。
![]() つまり、労災の申請はしないこと。もし申請をして認められたら、3000万円は返還
することという条件付です。
中電は原発の放射線被曝が原因で作業員が死亡したことを世間に知られたくなか
ったのです。
(3)労災認定に40万人が署名
しかし、お母さんは息子の死後やはり釈然としないので労災認定の申請書
を1993年5月に磐田労働基準監督署へ提出しました。
慶応大学の原発の専門家である藤田祐幸先生が一緒になって労災申請を手伝い、
お母さんと一緒に全国をまわって、労働者や市民に訴えられました。名古屋へも来ら
れました。原発作業での放射線被曝のことを、大きな社会問題にしようと必死でした。
地元の労働組合からはじまって、40万人の労災認定の署名を集めました。
慶応大学の藤田祐幸先生たちも美智子さんと一緒に全国をまわられました。
それらの運動が大きな力になって、1994年7月に労災認定がされました。
![]() (4)労災認定が新聞で報道
「元浜岡原発労働者 白血病死の労災認定 労働省」
〜2011年7月31日朝日新聞「昔から事故だらけの原発」より〜
![]() 炉心の下にもぐりこんで作業をしていた嶋橋さんは、87年頃から顔がむくみ始め、
88年の血液検査では、白血球数が1万3800と明らかな異常値を示したが、会社側
は精密検査を受けさせず、被爆労働に従事させていたという。
![]() 死ぬ間際の91年10月ごろは、歯肉から出血が止まらない状態だった。
嶋崎さんの放射線管理手帳によれば、現場作業を離れる89年12月まで
約8年10ヵ月間の累積被曝量は、50.93ミリシーベルト。
弁護団は、この間の被曝だけで労災の認定基準は満たしている、としていた。
<息子はなぜ白血病で死んだのか>
嶋崎美智子さんが書いた本の題名です。その本のなかから・・・・
1999年に(株)技術と人間 から出版されました。明石昇二郎著「敦賀湾原発銀座『悪性
リンパ腫』多発地帯の恐怖」などを出している出版社です。
嶋崎伸之さんの「生い立ち」「放射線被曝」「闘病」「弔慰金」「労災申請に挑戦」など
などがくわしく、語りかけるように書かれていて、涙がとまらないです。
書店でお求めください。
(1) 訂正印だらけの放射線管理手帳
管理手帳をはじめてみた、物理学専門の慶応大学の藤田佑幸先生は、
「大変です。たくさん被曝しています。数値以外にも体内被曝といって、口や皮膚から
放射能を体内に取り込むこともある。これは只事ではない。公開して社会問題化しな
ければならない」と、
その場で知り合いの海渡雄一弁護士に電話しました。 美智子さんはそのとき
「やっと息子の死因と原発との因果関係を認めてくれる人にめぐりあえた!」と
思ったそうです。
(2) データ改ざんの可能性
![]() 労災申請後の記者会見の会場で、これまでの経過の説明をした海渡弁護士は、
「放射線管理手帳を遺族が死亡直後から返してほしいと言っていたにもかかわらず
手渡されたのは死後半年の平成4年3月でした。
また、死亡の翌日平成3年10月21日付けで被爆データが訂正された箇所が多数あり、
データ改ざんの可能性を否定できない。」と指摘しました。
(3) 労災申請して中部電力の責任を公に問いたい!美智子さんの決意
藤田先生が言われたこと
「今までも、被爆労働の労災を出そうという話はいくらでもありました。
しかし、できませんでした。それは国の政策もありますが、
企業がお金を積みあげてもみ消そうとしたり、脅迫したり、アメとムチを
使いわけて妨害してきたからなのです。ですから「覚悟」がいります。
だからこそマスコミに出して公にしてしまった方がよいのです。」
![]() 「この申請が認定されれば、日本で最初の原発被曝労働者の労災になる。
それだけに準備は慎重に行なわなければならない。
![]() 私も懸命になって協力していきます」。
そして美智子さんは、
「息子を原発で失って知ったこと」を、藤田先生といっしょに全国を講演で
回られました。
その会場につめかけた市民たちが、署名を広めてくれたのです。
(4) 人間の命をうばう原発はいらない! お母さんの叫び
息子の作業現場は放射線管理区域でも高汚染区域に分類される所でした。
炉底の狭い場所で働く場合は、頭や足や背中などに局部的に強い放射能
を浴びる可能性があるといわれています。
胸につけた計測器では、その被曝を感知することはできません。放射線
管理手帳に記載された以上に被曝している可能性があります。
ボルト1本しめに行くにも、被爆線量が高いところでは5分間もいられません。
人海戦術で作業し、多くの人が被曝します。
「働けば働くほど命をすり減らす職場で、息子は使い捨てにされたのです。
被曝労働なしには原発は動かないのです。
多くの人が命を削らなければ動かせないような原発はいりません!」
原発に伸之さんの命を奪われたお母さんの悲痛なさけびです。
今日の夜は金曜行動で中電本店前へ行きます。美智子さんのこの
叫びをマイクで伝えます。
4月12日(金) 西英子
(参考) 原発の労働形態は下図のようになっている(樋口健二『原発崩壊』より)
このピラミッド構造が原子力発電を支えています。
電力会社(東電、関電、中電など)
↓
元請け(三井、三菱、日立など)
↓
下請け
↓
孫請け
↓
ひ孫請け
↓
人出し業(親方)
↓
労働者(都市労働者・寄せ場労働者・農漁民など)
上から下へと賃金のピンハネがある差別構造になっている。
![]()
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3.11震災後、我が家は解体した。当然原発事故で汚染された敷地は除染をしていただいた。
除染後の結果は定期的に届けられる。最近届いた上の結果を見てみてほしい。時間が経っていいはずなのに、場所によって放射線量が減るどころか逆に上がっているところがある。
これはどうしたことだろうか!?
我が家は福島東京電力原子力発電所が事故を起こした位置から、10km±の位置にあり、すぐ近くには帰宅困難地域が広がっている。そこはまだ除染すらされていない。当然風が吹けばそこから放射線量の高い埃が飛んでも来るだろう。
10km先では廃炉作業が行われており、そこから舞い上がる粉じんも飛んでくるかもしれない。…
何が原因なのかはわからないが、実態は数値が示すとおりだ。
そんな浪江町には今900人ほどが帰還して住んでいる。その人たちの身のまわりも似たような状況なのだろうか? もしそうだとしたら問題である。問題であるが、誰も口にはしない。すればつるし者にされるかもしれない。政府や行政には不都合かもしれない。…
だが、人命を大事にするならば、こうしたことに口をつぐんでいてはいけないのではないか。原因をはっきりさせて、しっかり対策をしていくことが人間としてやらなければならないことではないか。
皆たった1回しかいただいてこなかった命をこんなことのために短くしたり、傷めたり失うようなことにしてはいけないはずである。
金という紙きれ命軽くみる
…ような考えや政策が先行するような世の中であってはならないと思いアップしました。
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