林誠司 俳句オデッセイ

11月から俳句の駅(西荻窪・第1木曜日)、1月から俳句の街(松戸市八柱・第3月曜日)始まります。ご参加ください!

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(旧東海道 小夜の中山)
 
芭蕉が提唱した「かるみ」は、芭蕉が晩年にようやくたどりついた「俳句の究極境地」なのだとばかり思っていた。
しかし、芭蕉も人間である。
そこからさらに発展していこうという考えがあったかもしれない。
 
角川源義さんが、こういうことを言っているそうだ。
 
芭蕉晩年の企てとして「軽み」で終わっていることは、俳人芭蕉として幸せだった。
 
これは息子の角川春樹さんから聞いた。
春樹さんと、歌人・永田和宏さんとの対談を企画し、その中で春樹さんが言っていたのである。
 
家に戻って、「角川源義読本」を調べてみたが、まだ、その箇所が見つからない。
正確な表記はわからない。
 ただ、このニュアンスでゆくと、源義も、芭蕉がもっと長生きしていれば、また違う俳句の境地を生み出していたはずだ、と言っているようでもある。
 
そういわれてみれば、そういう気もする。
芭蕉は、晩年には「ほそみ」「しおり」ということも言っている。
 
「かるみ」を説明しないといけない。
ただ、この「かるみ」を的確に説明するのは大変だ。
簡単に言えば「なにものにもとらわれない悠々とした境地」ということだが、そういう簡単なものではない。
今度あらためて論じてみたい。
 
それはともかく、その時、思い出したのが、現代俳句協会会長で、「岳」主宰の宮坂静生さんのことだ。
宮坂さんは、それは「あらび」ではないか、と以前に話されていたことがあった。
「おくのほそ道」の旅から5年後の元禄7年の浪化という弟子への書簡に芭蕉はこう書いている。
 
俳諧あらびと申すべく候は、
言葉あらく、道具下品の物取り出だし申し候ことにてや御座なく、
ただ心も言葉もねばりなく、さらりとあらびて仕る候ことにて御座候。
 
「あらび」とは、特別に言葉が粗野だったり、句材が下卑たものを使う、ということではなく、言葉がさらっと「あらびて」いることである、というのだ。
「言葉がさらっと「あらびて」いる」というのがいまいち、わからない。
要するに、少し破調だったり、ほんの少しの「俗」が入っていたり、そういうことではないか。
 
また、山形酒田の淵庵不玉が記した書物には、芭蕉が述べた言葉として、
 
ざんぐりと荒びて句作すべし
 
を紹介している。
宮坂さんは、
 
豆腐の肌のように柔和に艶艶と、巧くなりすぎてはダメだ、ということであろう。
 
と述べている。
 
この「あらび」が「かるみ」の果ての境地だったのかはともかく、考えてみれば、芭蕉は「旅の人」という意味とは別に「流転」の人だった。
貞門派を離れ、談林派を離れ、わびさびを基調とした蕉門俳諧を確立したと思ったら、「かるみ」を提唱し、「ほそみ」「しほり」などを言い出している。
そういう意味では、つねに「進化」し続けた俳人と言っていい。
「かるみ」にとどまったがどうかは、わかったものではない。
 
春樹さんは、芭蕉を超えるには、そこを考えるべきで、そこしかない、とも言っていた。
 
芭蕉が「かるみ」の次に目指した境地はなんだろう、と思ったが、今の私にはわからない。 
 

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閉じる コメント(4)

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天然自然というものは、常に動いて果てしもない境地ですね。
この素晴らしいエッセーに触れて、そんなことを感じます。
命というものの奥の深さを感じるばかりです。

2013/3/15(金) 午後 10:08 大介 返信する

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大介さん ありがとうございます。

2013/3/15(金) 午後 10:48 セセエト 返信する

今回の私の句集「氷塵」について、伊藤道明氏は<一読、サラサラと流れるのです。十三時書きもそうです。>と感想を寄せて来た。
私はそう願って作句してきたので頷けた。ここを通り抜けてから「かるみ」や「あらび」の道程を探らねばと思っている。

2013/3/16(土) 午前 10:45 sin*i*un 返信する

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信さん われわれもつねに進化を考えなければいけませんね。

2013/3/16(土) 午後 8:19 セセエト 返信する

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