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(栃木県日光市 裏見の滝)

【原文】
二十余町登りて、滝あり。
岩洞(がんとう)の頂より飛流(ひりゅう)して百尺(はくせき)、
千岩(せんがん)の碧譚(へきたん)に落ちたり。
岩窟に身をひそめ入りて滝の裏より見れば、
裏見の滝と申し伝へはべるなり。

しばらくは滝にこもるや夏(げ)の初め

【意訳】
二キロちょっと山を登って行くと滝がある。
岩の洞の頂から流れること百尺、千岩の深い淵へ落ちている。
岩窟に身をかがめて入り、滝の裏側から見るので、裏見の滝と言われている。

しばらくは滝にこもるや夏(げ)の初め
(僧たちの夏行もそろそろ始まる頃だ。
  私たちも旅と俳諧の精進を誓い、この滝の裏で、しばらく滝籠りをしようではないか。)


裏から見ることが出来る滝なので、「裏見の滝」と呼ばれている。
この裏見の滝は、

日光三名瀑

と言われている。
ちなみに他の二つは、

華厳の滝
霧降の滝

である。
規模は他の二つの滝と較べ小さいが、裏から見ることが出来る、という珍しさから、三名瀑の一つとなったのだろう。
上半分が輝石安山岩、下半分が流紋岩となっており、その間に約2メートルの赤褐色の集塊岩があり、この集塊岩が浸食され、「道」になった。
案内板によると、明治35年に滝上部の岩が崩落し、裏から見ることが出来なくなった。
芭蕉の時代には、気軽に、裏の坑道を歩けただろう。

ところが…、である。
私の記憶では、私はこの裏道を歩いて、滝を裏側から見た記憶がある。
小学生の頃、家族旅行で日光に行き、父に連れられ、兄と一緒に登った記憶がある。
あれは私の記憶違いなのだろうか。
ただ、私の父の性格から考えると、結構、スポーツ系だったから、子供を連れて「ムチャ」をしたのかもしれない。

写真のように、滝の裏道には、出羽三山から送られた不動明王像がある。
寛永元年(1624年)のものであるから、芭蕉も見たり、触れたりしたことだろう。


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