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葛の花 水原秋櫻子

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葛咲くや濁流わたる熊野犬       水原秋櫻子(みずはら・しゅうおうし)

(くずさくや  だくりゅうわたる    くまのいぬ)


熊野犬とは猟犬で、紀州犬の一種。
秋櫻子は東京神田生まれ、生粋の江戸っ子だが、関西地方をこよなく愛した俳人である。
作品を見ると、旅が好きだったようで、日本全国あらゆるところを旅している。
その中でも、関西をこよなく愛した。
それも大阪、京都、兵庫よりは、奈良、和歌山あたりが好きだったようだ。

松尾芭蕉や森澄雄と言えば近江、飯田蛇笏・龍太と言えば山梨県笛吹、与謝蕪村と言えば京都、小林一茶と言えば信州…、など、一流の俳人には、概して、土地を愛する心があるようだ。
秋櫻子はとりわけ奈良、和歌山を愛し、生涯を通して訪問したようである。

奈良
なく雲雀松風立ちて落ちにけむ
蟇鳴いて唐招提寺春いづこ
春惜むおんすがたこそとこしなへ
山焼けば鬼形の雲の天に在り

和歌山
雲ふかく十津川春を濁るなり
眼張寿司熊野の春を惜しめやと
滝落ちて群青世界とどろけり

掲句も和歌山の一景であろう。
私は以前、秋櫻子は、俳句を「墨絵」の世界から解き放った人で、秋櫻子の素晴らしさはこの一点にある、と書いたが、

滝  水原秋桜子

この絵も墨絵、大和絵よりも油絵が似合う。

テクニックの話になるが、

熊野犬

を例えば、

山の犬
猟の犬

などと置き換えることも出来る。
しかし、熊野犬と書けば、それだけで熊野の風土や景色が見えてくる。
秋田犬、土佐犬、紀州犬では、少し洗練されすぎてしまう。
熊野犬には、もっと人間の営みと密着したものが感じられるのだ。
だからこの句も、猟の一風景ではないか、と私は想像する。
「濁流」も、十津川や熊野川のような、山間部を縫う、急流の濁流が見えてくるのである。

また、掲句はとりわけ「葛咲くや」がいい。
「濁流わたる熊野犬」には、厳しい風土を感じる。
しかし、「葛の花」の、その旺盛な生命力で、荒れた地にも花を咲かせる明るい力強さが、中七下五へと伝わってくる。
つまり、葛の花によって、濁流をわたる熊野犬が、喜々として濁流に飛び込んでいるように見え、はつらつとした生命力の躍動が生まれてくるのだ。
それは熊野そのものの生命力であろうし、その地に生きる熊野の人々の生命力へと広がっている。



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