林誠司 俳句オデッセイ

新講座(松戸市八柱・第3月曜日)、(荒川区町屋・第2金曜)始まります。地元の方ご参加ください!

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(大阪府大阪市都島区毛馬  蕪村生誕の地)

昔、アップした「春風馬堤曲」が読みづらく、今でも時折、閲覧されるのだが、そのたびに申し訳なく思っていた。
今回、多少、手を加えて、再度アップする。

春風馬堤曲は、私が一番好きな詩である。
少しでも多くの人に知ってほしい、と思うのである。
下のほうに「読み」「意訳」「解説」があるので、原文が読めないからと言ってあきらめないでほしい(笑)。

この詩の何が素晴らしいのか、何が凄いのか、私には説明できない。
ただ、個人的にこう思う。
この詩には突飛な表現がまったくない。
斬新な表現もない。
しかし、いつまでも色褪せない。
ここに登場する主人公の女性は、まったく波乱万丈ではない。
幸せいっぱいかどうかはわからないが、それほど不幸な身の上ではない。
今で言えば、上京して来た女子大生やOLのような存在である。

このように、この詩の織りなすものは全てが「平凡」なのである。
しかし、この詩を読むと、不思議と涙がこぼれてくる。
それはやはり、この詩が、普遍的なもの、根源的なものに触れているからではないか。

この詩には「人の情」が根本にあり、その周りに豊かな春の風物がある。
それがこの詩を豊かに彩っている。

【意訳】で読み、そのあとは【読み】に沿って読んでほしい。
私は、

春又春(はる…、また、はる…)

というフレーズのところで、いつもじ〜〜んと来てしまう。
毎年、春になり桜を見たり、豊かな自然の情景に触れると、いくつかの名句とともに、このフレーズが自然と口をついて出てくる。

春又春(はる…、また、はる…)


春風馬堤曲(しゅんぷうばていきょく)   与謝蕪村・作

【原 文】
余一日問耆老於故園 渡澱水過馬堤 
偶逢女帰省郷者 先後行数里 
相顧語 容姿嬋娟 癡情可憐
因製歌曲十八首 代女述意 題曰春風馬堤曲 
やぶ入りや浪花を出て長柄川
春風や堤長うして家遠し    
   
堤ヨリ下テ摘芳草 荊与蕀塞路
荊蕀何妬情 裂裙且傷股       
渓流石転ゝ 踏石撮香芹       
一軒の茶見世の柳老にけり     
茶店の老婆子儂を見て慇懃に無恙を賀し
且儂が春衣を美む    
店中有二客 能解江南語      
酒銭擲三緡 迎我譲榻去      
古駅三両家猫児妻を呼妻来らず   
呼雛籬外鶏 籬外草満地       
雛飛欲越籬 籬高堕三四     
春艸路三叉中に捷径あり我を迎ふ   
たんぽゝ花咲けり三ゝ五ゝ五ゝは黄に
三ゝは白し記得す去年此の路よりす
憐みとる蒲公茎短して乳を浥        
むかしむかししきりにおもふ慈母の恩
慈母の懐袍別に春あり        
春あり成長して浪花にあり       
梅は白し浪花橋辺財主の家       
春情まなび得たり浪花風流       
郷を辞し弟に負く身三春        
本をわすれ末を取接木の梅       
故郷春深し行ゝて又行ゝ       
楊柳長堤道漸くくだれり
矯首はじめて見る故園の家黄昏
戸に倚る白髪の人弟を抱き我を待 
春又春  君不見古人太祇が句         
薮入の寝るやひとりの親の側

【読 み】
余、一日(いちじつ)、耆老(きらう)を故園(こえん)に問ふ。
澱水(でんすい)を渡り、馬堤(ばてい)を過ぐ。
偶(たまたま)女(じょ)の郷(きょう)に帰省する者に逢ふ。
先後(せんご)して行(ゆ)くこと数里、相(あひ)顧(かえり)みて語る。
容姿嬋娟(ようしせんけん)として、癡情(ちじょう)憐(あわれ)むべし。
因(よ)つて歌曲十八首を製し、女に代はりて意を述ぶ。
題して春風馬堤曲と曰(い)ふ。

やぶ入(いり)や浪花を出(いで)て長柄川(ながらがわ)
春風や堤長うして家遠し

堤より下りて芳草(ほうそう)を摘めば、荊(けい)と蕀(きょく)と路を塞(ふさ)ぐ。
荊蕀(けいきょく)何(なん)ぞ妬情(とじょう)なる。
裙(くん)を裂き且(か)つ股(こ)を傷つく。
溪流石点々。
石を踏んで香芹(こうきん)を撮(と)る。
多謝(たしゃ)す水上(すいじょう)の石。
儂(われ)をして裙(くん)を沾(ぬ)らさざらしむ。

一軒の茶見世の柳老(おい)にけり

茶店(ちゃみせ)の老婆子(ろうばす)、儂(われ)を見て慇懃(いんぎん)に無恙(ぶよう)を賀(が)し、且(かつ)儂(わ)が春衣(しゅんい)を美(ほ)む。
店中、二客有り。
能(よく)解す江南(こうなん)の語。
酒錢(しゅせん)三緡(さんびん)擲(なげう)ち、我を迎へ榻(とう)を讓つて去る。
古驛(こえき)三両家(さんりょうけ)、猫兒(びょうじ)妻を呼ぶ、妻来(きた)らず。
雛(ひな)を呼ぶ籬外(りがい)の鷄(とり)。
籬外、草(くさ)地に満つ。
雛飛びて籬(かき)を越えんと欲す。
籬高うして墮(おつること)三四(さんし)。
春艸(しゅんそう)路(みち)三叉(さんさ)。
中に捷徑(しょうけい)あり、我を迎ふ。
たんぽゝ花咲(さけ)り三々五々。
五々は黄に、三々は白し。
記得(きとく)す去年(こぞ)此路(このみち)よりす。
(あはれ)みとる蒲公(たんぽぽ)、茎短(みじこう)して乳(ち)を浥(あませり)。
かしむかししきりにおもふ慈母の恩。
慈母の懷袍(かいほう)別に春あり。
春あり。
成長して浪花(なにわ)にあり。
梅は白し浪花橋辺(なにはきょうへん)財主(ざいしゅ)の家。
情(しゅんじょう)まなび得たり浪花風流(なにわぶり)。
郷(きょう)を辞し、弟(てい)に負(そむ)く身(み)三春(さんしゅん)。
本(もと)をわすれ、末(すえ)を取(とる)接木(つぎき)の梅。
故郷春深し。
行々(ゆきゆき)て又行々(ゆきゆく)。
楊柳(ようりゅう)長堤(ちょうてい)、道(みち)漸(ようや)くくだれり。
嬌首(きょうしゅ)はじめて見る故園(こえん)の家(いえ)黄昏(こうこん)。
戸に倚(よ)る白髮(はくはつ)の人、弟を抱(いだ)き我を待(まつ)。
春又春。
君不見(みずや)古人(こじん)太祇(たいぎ)が句。

薮入(やぶいり)の寝るやひとりの親の側

【意 訳】
私はある日、古い友人に逢いにふるさとを訪ねた。
淀川を渡り、馬堤という所で、帰郷する娘と一緒になり、先になったり後になったりするうち話をするようになった。
とても美しい女性だが、どこか、あどけなさもある。
よって、私は十八首の歌を作り、彼女の心情を代わりに述べてみようと思う。
題して「春風馬堤曲」という。

やぶ入りや浪花を出て長柄川     
春風や堤長うして家遠し

「土堤を下り春草を摘みました。
行く手を塞ぐようにイバラの棘。
イバラはどうしていじわるするのでしょう。
着物の裾が痛み、腿に傷がついてしまいました。
渓流に石があり、その石を踏んで芹も摘みました。
ありがとう、川の石たち。
着物を濡らさずすみました。」

一軒の茶見世の柳老にけり
     
「子供の頃から知っている茶店のお婆さんが私を見つけ、無事を喜び、私の着物を誉めてくれました。
お店には河内弁の二人の客が話をしていましたが、私を見ると支払いを済ませ、私を呼んで、席を譲ってくれました。
古びた街道に三軒の家。
オス猫がメスを呼んでいます。
でも、メスは来ません。
垣根の外では親鶏が雛たちを呼んでいます。
垣の外は草が満ち、雛は羽ばたいて垣を越えようとするのですが、三羽四羽と落ちています。
春、はらっぱの三叉路。
その狭い道が故郷への道。
私を待ってくれていたかのようです。
タンポポの花が三々五々に咲いています。
五々は黄色、三々は白。
思い出しました。
去年もこの道を通って故郷へ帰ったのでした。
なつかしさがこみ上げてきます。
タンポポを摘むと、短く折れた茎から乳色の汁がにじみました。
昔、昔、しきりに思う、やさしかった母の恩。
母の懐は暖かく、もう一つの春のようでした。
春あり。
私は今、成人して大阪にいます。
白梅の咲く浪花橋の商家で奉公しています。
人並みに都会風のお洒落も身につけました。
故郷を出て、幼い弟達を残し三年が経ちました。
私は根本を忘れた、接木の梅の様です。
故郷の春は深く、その道を進んでゆくと、柳の続く長い堤があり、道が下ってゆきます。
ふと見上げると、黄昏に染まった懐かしい家が見えてきました。
そこには一人の白髪の人、母が弟を抱いて私を待っていてくれました。
春…、また春…。
あなたは知っているでしょうか。
炭太祗(たん・たいぎ)のこの句を…。」

薮入の寝るやひとりの親の側      

【解 説】○「春風馬堤曲」とは?
与謝蕪村作の俳詩。
『夜半楽』(1777年(安永6)刊)所収。藪入りで帰郷する少女に仮託して、毛馬堤(現、大阪市淀川)の春景色を叙した、抒情豊かな郷愁の詩。俳句と漢詩とが溶け合い、同じく蕪村作「北寿老仙をいたむ」とともに、和詩の最高峰と言われている。

「いわば一種の自由詩である。
しかも格調の高雅、風趣の優婉。
連句や漢詩とはおのづから別趣を出すものであって、人をして愛誦せしめるに足る。
その体は日本韻文史上にも独特の地位を占むべきもので、ひとり形式の特異という点のみでなく、ひとつの文芸作品として確かに高度の完成した美を示していると言ってよい。」
原退蔵(えばら・たいぞう 国文学者)

「これらは明治の新体詩の先駆である。
明治の新体詩というものも、島崎藤村時代の成果を結ぶまでに長い時日がかかっており、初期のものは全く幼稚で見るに耐えないものであった。
百数十年も昔に作った蕪村の詩が、明治の新体詩よりはるかに芸術的に高級で、かつ西欧詩に近くハイカラであったということは、日本の文化史上における一皮肉と言わねばならない。」
「蕪村は、その藪入りの娘に代って、彼の魂の哀切なノスタルジア、亡き母のふところに夢を結んだ、子守歌の古く悲しい、遠い追懐のオルゴールを聴いているのだ。
『昔々しきりに思ふ慈母の恩』、これが実に詩人蕪村のポエジイに本質している、侘しく悲しいオルゴールの郷愁だった。」
萩原朔太郎『郷愁の詩人 蕪村』


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小生にも「春風馬堤曲」は好きな詩です。文学史の知識などはありませんが、読んでいて春風の吹いてくるようなのどかで、それでいて緊張感のある運びはたまらない詩を読む歓びをもたらしてくれます。

2017/12/13(水) 午後 6:02 [ tur***** ] 返信する

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すばらしい詩ですね。改めて拝読して感動しています。ありがとうございます。
日本詩人選の「与謝蕪村」を取り出しました。アンツグ節です。

2017/12/13(水) 午後 9:25 [ tok*t* ] 返信する

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高尚、価千金、感動、感謝!
ありがとうございました。

2017/12/15(金) 午前 6:22 [ tany ] 返信する

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> tur*****さん そうなんです!この詩には春風と春の日差しが満ちているんですよね。

2017/12/27(水) 午後 0:48 セセエト 返信する

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> tok*t*さん 蕪村は俳人というより、詩人としてとらえたほうが実像が見えてくる気がします。

2017/12/27(水) 午後 0:48 セセエト 返信する

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> tanyさん ありがとうございます。

2017/12/27(水) 午後 0:49 セセエト 返信する

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