林誠司 俳句オデッセイ

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♪俳句について語る!

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芭蕉忌のこと

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今日は13時から、池袋で俳句講座、16時に終了し、そのあと千葉県柏市で句集の打ち合わせ。
なんと、今回、句集を出してくださるのは30代の男性である。

打ち合わせがてら、食事やお酒をご馳走してあげようと、柏駅の高島屋へ二人で行った。
打ち合わせを軽く済ませて、お酒をすすめた。
最初は遠慮していたが、飲み始めると実に強い。
いくらでも飲めるんです、と笑っていた。
私もつられて、ビールを一杯、ワインをニ杯。
私にしてはずいぶん飲んだ。
フラフラして帰って来た。

それにしても、評判は聞いていたが、柏駅周辺は結構な賑わいである。
横須賀の長沢という、海辺で3日も過ごしていたので、繁華な賑わいにちょっと面食らってしまった。

池袋の俳句講座では、私の大好きな、

野村喜舟(のむら・きしゅう)

を紹介した。
久保田万太郎と並んで、近代以降、随一の「俳句の名人」と思っている人だから、自然と熱が入った。
その、喜舟の句で、

芭蕉忌や遅れ生まれし二百年

という句がある。
この句は以前にブログで取り上げている。

芭蕉忌  野村喜舟

この句を解説した時、

いや〜〜、ホント、そうですよね〜。
私もあと二百年、いや、もう三百年か…、早く生まれて、芭蕉の弟子になりたかった〜〜。

と思わず、鑑賞でもなんでもない話になってしまった。

ふと、

そろそろ芭蕉忌だな〜。

と思った。
芭蕉の忌日は、

(陰暦)10月12日

調べてみると、なんと! 今年は11月8日で、もうとっくに過ぎていた。
うかつだった。
私はこんなにも芭蕉が好きなのに、芭蕉忌を詠んだ句で納得いく句を一つも持っていない。
今からでも作ってみようかと思った。

湖の寒さを知りぬ翁の忌        高浜虚子
道のべに時雨るる菊も翁の日     富安風生
むさしのの寺の一ト間の桃青忌    久保田万太郎
時雨忌や薄くなりたる膝さすり     後藤夜半
芭蕉忌の選して御堂筋が見ゆ     山口誓子
時雨忌や林に入れば旅ごころ     石田波郷
時雨忌やつかの間の星海に見て   岡本 眸
しぐれ忌を山にあそべば鷹の翳    上田五千石

近現代俳句の錚々たる俳人たちだが、「芭蕉忌」の句に関しては、さほどの秀句はない。
喜舟の句がダントツに優れている。
こういう句を詠みたいものだ。


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季語、言葉いろいろ

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句集の校正をしていると、まだまだ、

へ〜、こんな季語あるんだ〜。

こんな言葉があるのか〜。

と思うことがある。

いくつか紹介したい。
まず、

継子の尻拭(ままこのしりぬぐい)

最初、この季語を見た時、

なんじゃ、これは?

と思った。
季語だということさえわからなかった。
調べてみると、これは「植物」で「秋」の季語。

タデ科イヌタデ属

であるから、

犬蓼(いぬたで)

つまり、

あかまんま

の一種であろう。
さらに調べてみると、この名前の由来が凄い。
葉も茎も棘だらけであることから、

継子の尻をこの棘だらけの草で拭く

という意味なのだそうだ。
ようするに大便の際、この草で尻を拭かせた、ということである。
とんでもない「虐待」である。
ただ、これは実際にそういう風に使ったわけではなく、単なる「想像」から、こういう風な名になった。
ちなみに韓国では、

嫁の尻拭き草

というのだそうだ。
しかし、ちょっと脱線するが、昔は「荒縄」でお尻を拭いていた、ということを聞いたこともあるから、今のわれわれからすると、たいして変わらないような気もする。

次に、

霰魚(あられうお)

これは「魚」の一種なのはわかったが、なんの魚かまったくわからなかった。
実は、

(かじか)…秋の季語

のことである。
ただ、もうひとつある。

カクブツ…冬の季語

この「カクブツ」自体も知らなかったが、これも鰍の一種。
福井県九頭竜川にいる鰍の一種である。
しかし、なぜか「秋」ではなく「冬の季語」になっている。
おそらく、こちらが、もともとの「霰魚」であろう。
なぜ、霰魚(あられうお)という別称があるのかというと、

霰が降ると、腹を上にして泳ぎ、腹を霰に打たせる

からなのだそうだ。
(本当かどうかはわからない。)

最後に、季語ではないが、

納采(のうさい)

という言葉に出会った。
調べてみたら、これは「結納」のこと。
もともとは皇室儀式。
こちらの言葉のほうが先で、これが民間に広まり「結納」になったらしい。

まあ、それがどうしたと言われそうだが、知らない言葉ってまだまだ多い。
新しいことを覚えるのは実に楽しいことだが、数年後も覚えているかはわからない(苦笑)。

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(神奈川県三浦市松輪)

せまり寄る雲もなかりし十三夜       誠司


昨夜が十三夜(後の月)であったか。
昨日…、正確に言うと、今日は朝5時に寝て、11時に起き、そのあとは暗くなるまで事務所に籠って、仕事をした。
なんとか、最低限の仕事はこなせた。
このあとは、組版さんとか、印刷さんとか、デザイナーさんとかに頑張ってもらう(笑)。

ついさっき、食事をしに、今日初めて外出した。
月が実に美しい。
少し欠けていた。
明日が満月であろう。

昨日は本当に秋晴の一日。
青丹会の人に、

こんなに天気のいい日は年に数日でしょうね。

と話したら、テレビで、気象予報士も同じことを言っていたそうだ。
ただ、「月見」という観点では、あまりにいい天気なのはさほどいいことではない。
あまりにいい天気だと、水蒸気が湧いて月が澄んで見えないのだ。
「月見」(星もそうだが…)はやはり寒い方がいい。

「十三夜」というと、角川源義先生の、

後の月雨に終るや足まくら

(のちのつき あめにおわるや あしまくら)

をしきりに思う。
この句については過去に何度も書いているので、ここでは触れない。

後の月 角川源義

この数日後に、源義先生は亡くなったのだな〜。

と毎年、「後の月」を仰ぐと思う。
そして、源義先生も「月に執した人」だったのだな、と思う。
つまり、「日本伝統の詩歌人」だったのだ。

「花に執する」という日本詩歌の伝統は、私なりにだが、理解出来ていた。
詩歌人だけでなく、日本人そのものが「花に執する」からだ。

「月に執する」というのは、私の中ではこれまで実感がなかったが、松尾芭蕉を通して、「月に執する」ということを考えるようになった。
芭蕉は、名月の晩は、(本当に…)寝ずに月を見ていた、ということは以前に書いた。

名月、無月、雨月〜松尾芭蕉「鹿島紀行」より

私も「月に執してみたい」(?)と思うようになった。
「花鳥風月」ということ、そのわずかの端緒をようやく理解し始めた気がした。

しかし、それにしても、ここ数日、ほとんどを事務所に籠って仕事をした。
肩などは凝らないほうだが、さすがに、肩や首回りがコチコチである。
温泉にでも入って、のんびりしたいものだ。



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俳句と季節のこと

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(神奈川県横須賀市長沢)

発句(ほっく)も四季のみあらず、
恋・旅・名所・離別等、無季の句ありたきものなり。    松尾芭蕉


『去来抄』より。
山下一海さんの『芭蕉百名言』の訳を引用する。

発句も、四季の句ばかりでなく、恋・旅・名所、あるいは別離の句など、無季の句があっていいものである。

この言葉をもって、

芭蕉も無季を肯定した

と言う人もいる。
しかし、芭蕉の「真意」はそうではない。

これは、卯七(うしち)というものが、芭蕉門の重鎮で、『去来抄』著者の、向井去来に、

芭蕉門下において、「無季」の句を「発句」(一番最初の句)にして連句を作ったことがあるか?

と尋ねた。
去来は、

連句の中で、無季の句はときどきあるが、それを「発句」として連句を作ったことは聞いたことがない。

と答えた。
そして、

ただ、芭蕉先生は…、

と言い、上記のように答えた、という。

この場合、「確認」しておきたいのは、「俳句」ではなく、「連句」の場合を言っている。
必ずしも「俳句」に当てはまるかどうかはわからない。

しかし…、

と、去来は、

芭蕉先生はこうも言った、

と話を続けた。

されど、如何なる故ありて四季のみとは定め置かれけん、その事を知らざれば、暫く黙止侍る。

こういう意味だろう。

しかし、どういう事情で、発句は「季節」のみと決まったのだろう。
そのことがわからなければ、無季でもいいとか、他の題目でもいい、とかいうべきではない。

山下一海さんは、こう、まとめている。

芭蕉は慎重であり、謙虚である。
大胆に無季の発句の可能性を示唆しながらも、ただちにその方向へは進めとはいわない。
季を必要とする発句のきまりには、何かの理由があるのではないかと考え、それを自分はよく知らないから、しばらくそのことについては発言をさしひかえるという。
それは文学の慣習を尊重することである。
芭蕉は俳諧の新しみを重んじながらも、決して先を急いだりはしない。

俳句になぜ「季節」が入るのかは、わかっている。
芭蕉の生きた時代には、わかっていなかったのかもしれない。

俳句の「四季」「季節」に疑問を持つのはいい。
果敢に攻めるのもいい。
しかし、あの芭蕉でさえ、伝統を尊重し、その中で戦っていた、ことがわかる。

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塚も動けわが泣く声は秋の風     松尾芭蕉

(つかもうごけ わがなくこえは あきのかぜ)


この句については以前に書いた。

盆のこと

この句は、元禄2年の「おくのほそ道」の旅の(旧暦)7月15日、つまり、お盆の日の作。
芭蕉は今の石川県金沢市に着いた。
「一笑」という俳諧師に会うのを楽しみにしていたが、この冬に亡くなっていた。
つまり、芭蕉が訪れた時、「一笑」の「新盆」だった。

一笑の兄が追善俳諧を開催し、芭蕉はこの句を詠んだ。
さすが、挨拶の句の名手…、いや、というより、

俳句とは「挨拶」

ということをしみじみ考える。

まあ、どうでもいいことだが、ふと思ったことを書く。

塚も動け

の「塚」はなんだろうと考える。
やはり、

一笑の墓

ではないか、と思う。
そう思った時、

墓も動けわが泣く声は秋の風

としたら、この句はどうだろう、と思った。
半分冗談だが、

ホラー俳句

ではないか。
この句は、やはり、


だからいいのだ。
前回、

わが泣き声

ではなく、

わが泣く声

だからいいのだ、と言ったが、この句はそう考えるとかなり磨き上げられた句のように思う。
俳句の一字の大切さと芭蕉の凄みを感じざるを得ない。

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