林誠司 俳句オデッセイ

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♪俳句について語る!

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詩歌の永遠性


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(神奈川県横須賀市長沢)


罪なくも流されたしや佐渡の月    ドナルド・キーン


今日は東京・池袋の第一谷端川句会。
講義は「種田山頭火」の話をした。
「山頭火」は大好きである。
自然と話に熱も入った。

家に戻ってから、録画しておいた、NHKのドナルド・キーンさんのインタビュー番組を見た。
さまざまなことを語っておられたが、松尾芭蕉の「おくのほそ道」について語りつつ、

言葉は永遠に残る。

と語られ、

文学こそもっとも人間に力を与えるものだ

と語っておられた。

この言葉は、キーン氏の本を読んで以前から知っていた。
私がもっとも感動した言葉の一つであり、松尾芭蕉や「おくのほそ道」を理解する「指標」となった言葉である。
よく講座で引用させていただいているキーン氏の言葉を以下に紹介したい。

『国破レテ山河ハ在リ』と吟じた杜甫(とほ)は間違っていた。
山河もまた国とともに滅びる宿命を担ったものである。
……それが芭蕉の言いたいことであった。
だが、山が崩れ、川の流れが改まっても、詩歌だけは変わらない。
詩歌に詠まれた歌枕は、その土地の自然よりも長生きをする。

―ドナルド・キーン『日本文学史 近世1』−

私はこれこそ、芭蕉が晩年、考えた「不易流行」の思想ではないか、と考える。
このキーン氏の文章を受けて書いている司馬遼太郎さんの文章も紹介したい。

山河も変るのである。
自然こそ不変だというのは一つの迷信で、これにつき、芭蕉が『おくのほそ道』のなかでむしろ自然こそ変化する、と書いていることを、ドナルド・キーン氏が感動的に指摘している。
 
山(やま)崩(くずれ)川流れて道あらたまり石は埋(うもれ)て土にかくれ
木は老いて若木にかはれば 時移りて代(よ)変(へん)じて
其跡(そのあと)たしかならぬ事のみを……
(「おくのほそ道〜壺の碑」)

 私はこのくだりを芭蕉の文飾ぐらいにおもって読み流していたのだが、キーン氏は芭蕉の思想である、ととらえている。
まことに山河は変る。

―司馬遼太郎『街道をゆく』23―

この思想は現代でも生きている。
昨日は「3・11」の8年目であった。
あの大地震、そして津波、原発事故…、「自然」は変わったのである。

しかし、芭蕉が詠んだもろもろの俳句は今も色褪せない。
むしろ、かつての山河の「豊かさ」を語るものとして、燦然と輝いている。
眼を閉じれば、芭蕉が歩いた山河が、みちのくが「3・11」で失ってしまった山河がありありと浮かんでくる。

詩歌は永遠である。

これは芭蕉が発見し、キーン氏が広めた、日本文学の至宝の言葉である、と思う。
この言葉があるからこそ、私は多くの人に、

俳句は素晴らしい。

と言えるのである。


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飯田龍太の選句姿勢

仕事よりいのち思へと春の山     飯田龍太(いいだ・りゅうた)


先日、山梨県笛吹市の飯田蛇笏・龍太住居「山廬」(さんろ)へ行った時、蛇笏の孫、龍太の息子であり、山廬文化振興会会長の飯田秀實さんからお聞きした話を、ぜひ、書き残しておきたい。

龍太の選句とその姿勢

についてである。

蛇笏が創刊し、龍太が継承した俳誌「雲母」は当時4000人近くの会員の規模を誇った。
これは当時、おそらくは「ホトトギス」に次ぐ大結社であった。
その会員から毎月5句の投句が送られてくる。
で、あるから合計「2万句」である。

龍太はその句を「三日三晩」かけて「選句」をしたそうである。
その際には、家人は余計なことを話しかけることは出来なかったし、物音さえも立てないように注意して過ごしたのだ、という。
もちろん、全くの「不眠不休」ではないが、食事もほとんど取らなかったそうである。

で、あるから。
「選句」が終わり書斎から出てくると、龍太の頬はいつもげっそりと痩せこけ、精魂尽き果てた様子だったそうである。

他の人のことはよく知らないが、今、これほどまでの精魂を込め「選句」をしている人はいるのだろうか?
私も数十人ほどの俳句愛好誌「海光」の代表を務め、選をしている。
その人の良さを少しでも伸ばせるよう、丁寧に読み、自分なりに真剣に選をしてきたつもりだったが、秀實さんからこの話を聞いた時は、正直、打ちのめされた思いだった。

龍太は、主宰誌「雲母」から多くの逸材を育てたのはもちろんだが、広く俳壇の、新しい才能を見つけ、顕彰した。
ある時期、特に若手俳人にとっては、龍太に認められることが俳壇への登竜門だった。
これは、龍太の選句眼が素晴らしいのではなく、(もちろん、それもあるが…)それほどまでに選句に真剣であった、ということである。

龍太は、1992年、突然「雲母」を終刊し、俳壇から引退した。
そのことは当時、俳壇で大きな話題を呼んだ。
多くの人が、

雲母終刊の謎

などと書き立てた。
龍太は、「雲母」終刊理由の一つに、高齢により、選句が体力的にきつく、納得のいく選が出来ない、ということを挙げていた。
そのことは多くの人が首をかしげた。
龍太はまだ70代であった、と思う。
今の結社はもちろん、当時でも70代の主宰はざらである。
それに、大新聞の俳壇の選者などは、龍太以上の選句量をこなしていたからである。
正直に言えば、みな、大結社の選者、大新聞の選者などは、ある意味「軽やかに」選句をこなしているもの、と思いこんでいたのだ。

しかし、龍太は違ったのである。
「命を削って」選句をしていた。
この情熱を多くの人、いや、一部の人でいいから、継承することを心がけておかなければならない、と思う。

掲句は、決して大げさなものではなく、龍太の実感、本心の一句なのである。

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芭蕉忌のこと

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今日は13時から、池袋で俳句講座、16時に終了し、そのあと千葉県柏市で句集の打ち合わせ。
なんと、今回、句集を出してくださるのは30代の男性である。

打ち合わせがてら、食事やお酒をご馳走してあげようと、柏駅の高島屋へ二人で行った。
打ち合わせを軽く済ませて、お酒をすすめた。
最初は遠慮していたが、飲み始めると実に強い。
いくらでも飲めるんです、と笑っていた。
私もつられて、ビールを一杯、ワインをニ杯。
私にしてはずいぶん飲んだ。
フラフラして帰って来た。

それにしても、評判は聞いていたが、柏駅周辺は結構な賑わいである。
横須賀の長沢という、海辺で3日も過ごしていたので、繁華な賑わいにちょっと面食らってしまった。

池袋の俳句講座では、私の大好きな、

野村喜舟(のむら・きしゅう)

を紹介した。
久保田万太郎と並んで、近代以降、随一の「俳句の名人」と思っている人だから、自然と熱が入った。
その、喜舟の句で、

芭蕉忌や遅れ生まれし二百年

という句がある。
この句は以前にブログで取り上げている。

芭蕉忌  野村喜舟

この句を解説した時、

いや〜〜、ホント、そうですよね〜。
私もあと二百年、いや、もう三百年か…、早く生まれて、芭蕉の弟子になりたかった〜〜。

と思わず、鑑賞でもなんでもない話になってしまった。

ふと、

そろそろ芭蕉忌だな〜。

と思った。
芭蕉の忌日は、

(陰暦)10月12日

調べてみると、なんと! 今年は11月8日で、もうとっくに過ぎていた。
うかつだった。
私はこんなにも芭蕉が好きなのに、芭蕉忌を詠んだ句で納得いく句を一つも持っていない。
今からでも作ってみようかと思った。

湖の寒さを知りぬ翁の忌        高浜虚子
道のべに時雨るる菊も翁の日     富安風生
むさしのの寺の一ト間の桃青忌    久保田万太郎
時雨忌や薄くなりたる膝さすり     後藤夜半
芭蕉忌の選して御堂筋が見ゆ     山口誓子
時雨忌や林に入れば旅ごころ     石田波郷
時雨忌やつかの間の星海に見て   岡本 眸
しぐれ忌を山にあそべば鷹の翳    上田五千石

近現代俳句の錚々たる俳人たちだが、「芭蕉忌」の句に関しては、さほどの秀句はない。
喜舟の句がダントツに優れている。
こういう句を詠みたいものだ。


【訂正】今年の芭蕉忌は11月19日でした。

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季語、言葉いろいろ

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句集の校正をしていると、まだまだ、

へ〜、こんな季語あるんだ〜。

こんな言葉があるのか〜。

と思うことがある。

いくつか紹介したい。
まず、

継子の尻拭(ままこのしりぬぐい)

最初、この季語を見た時、

なんじゃ、これは?

と思った。
季語だということさえわからなかった。
調べてみると、これは「植物」で「秋」の季語。

タデ科イヌタデ属

であるから、

犬蓼(いぬたで)

つまり、

あかまんま

の一種であろう。
さらに調べてみると、この名前の由来が凄い。
葉も茎も棘だらけであることから、

継子の尻をこの棘だらけの草で拭く

という意味なのだそうだ。
ようするに大便の際、この草で尻を拭かせた、ということである。
とんでもない「虐待」である。
ただ、これは実際にそういう風に使ったわけではなく、単なる「想像」から、こういう風な名になった。
ちなみに韓国では、

嫁の尻拭き草

というのだそうだ。
しかし、ちょっと脱線するが、昔は「荒縄」でお尻を拭いていた、ということを聞いたこともあるから、今のわれわれからすると、たいして変わらないような気もする。

次に、

霰魚(あられうお)

これは「魚」の一種なのはわかったが、なんの魚かまったくわからなかった。
実は、

(かじか)…秋の季語

のことである。
ただ、もうひとつある。

カクブツ…冬の季語

この「カクブツ」自体も知らなかったが、これも鰍の一種。
福井県九頭竜川にいる鰍の一種である。
しかし、なぜか「秋」ではなく「冬の季語」になっている。
おそらく、こちらが、もともとの「霰魚」であろう。
なぜ、霰魚(あられうお)という別称があるのかというと、

霰が降ると、腹を上にして泳ぎ、腹を霰に打たせる

からなのだそうだ。
(本当かどうかはわからない。)

最後に、季語ではないが、

納采(のうさい)

という言葉に出会った。
調べてみたら、これは「結納」のこと。
もともとは皇室儀式。
こちらの言葉のほうが先で、これが民間に広まり「結納」になったらしい。

まあ、それがどうしたと言われそうだが、知らない言葉ってまだまだ多い。
新しいことを覚えるのは実に楽しいことだが、数年後も覚えているかはわからない(苦笑)。

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(神奈川県三浦市松輪)

せまり寄る雲もなかりし十三夜       誠司


昨夜が十三夜(後の月)であったか。
昨日…、正確に言うと、今日は朝5時に寝て、11時に起き、そのあとは暗くなるまで事務所に籠って、仕事をした。
なんとか、最低限の仕事はこなせた。
このあとは、組版さんとか、印刷さんとか、デザイナーさんとかに頑張ってもらう(笑)。

ついさっき、食事をしに、今日初めて外出した。
月が実に美しい。
少し欠けていた。
明日が満月であろう。

昨日は本当に秋晴の一日。
青丹会の人に、

こんなに天気のいい日は年に数日でしょうね。

と話したら、テレビで、気象予報士も同じことを言っていたそうだ。
ただ、「月見」という観点では、あまりにいい天気なのはさほどいいことではない。
あまりにいい天気だと、水蒸気が湧いて月が澄んで見えないのだ。
「月見」(星もそうだが…)はやはり寒い方がいい。

「十三夜」というと、角川源義先生の、

後の月雨に終るや足まくら

(のちのつき あめにおわるや あしまくら)

をしきりに思う。
この句については過去に何度も書いているので、ここでは触れない。

後の月 角川源義

この数日後に、源義先生は亡くなったのだな〜。

と毎年、「後の月」を仰ぐと思う。
そして、源義先生も「月に執した人」だったのだな、と思う。
つまり、「日本伝統の詩歌人」だったのだ。

「花に執する」という日本詩歌の伝統は、私なりにだが、理解出来ていた。
詩歌人だけでなく、日本人そのものが「花に執する」からだ。

「月に執する」というのは、私の中ではこれまで実感がなかったが、松尾芭蕉を通して、「月に執する」ということを考えるようになった。
芭蕉は、名月の晩は、(本当に…)寝ずに月を見ていた、ということは以前に書いた。

名月、無月、雨月〜松尾芭蕉「鹿島紀行」より

私も「月に執してみたい」(?)と思うようになった。
「花鳥風月」ということ、そのわずかの端緒をようやく理解し始めた気がした。

しかし、それにしても、ここ数日、ほとんどを事務所に籠って仕事をした。
肩などは凝らないほうだが、さすがに、肩や首回りがコチコチである。
温泉にでも入って、のんびりしたいものだ。



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