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大日本帝国民主主義?

もともと政党政治。西欧に習った立憲君主制。明治憲法下の日本はそれなりにリベラルな国家であった。戦前も、戦後も天皇は「象徴」。内閣が決めたことを承認するだけ。天皇機関説が堂々と大学の授業でも教えられていた。天皇機関説とは、天皇は国家の1機関にしかすぎないという理屈。
さて、いったい戦争はだれが行うのか?戦争は昔も今も内閣がやる。具体的には、戦争は立法によって行われる。法案の提出はほとんど内閣が行う。決定したことを天皇は承認する。
開戦に先立ち、一応日本は冷静に考えた。たとえば、開戦8ヶ月前に「総力戦研究所」という模擬内閣を作って、綿密な総合分析を試みた。優秀な若い、軍、民、の人材と、あらゆるデーターを集めて。国民のカロリー摂取量まで。
もし、「日米開戦となったら」、と、シュミレーションを行った。その結果は「ノー」。資源、敵の反撃による船舶の消耗度合と補充能力の具足。年次を追って、国力は消耗し、開戦2年後から、守勢となり、敗北の分岐点を超える、と。年次別、数値によるしっかりした予測で、実際、ほぼ、そのとおりに情勢は推移することとなった。東条首相もオブザーアーで出席し、熱心にメモをとった。そうして、計算どおりの結果となることを、当時の国民は知らない。
つぎは、御前会議の様子はどうだったのか、次回をお楽しみに。


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